第2話

「おかえり。タツ今日も試合で点数いれたんだってね。私も見にいけばよかったな」

 前期末テストも終わって土曜日。


 Bチームではあるが今日もスターティングメンバーで出場する事ができた。

 左サイドバックをやっていたんだが、ライン側を駆け上がりちょうど中にドンピシャのタイミングでパスが通ったのだが、その選手がシュートを外してしまう。

 駆け上がった勢いのまま、中に入り込んでゴール前に詰めていた俺がたまたま振り抜いたらそのままシュートが決まり得点する事が出来た。

 それにしても何でねぇねが知ってんだろ。

 今もガッツリ腕を組んで離してくれない佐藤愛子が隣にいるのだが、ねぇねにLINEした?って聞くも首を振っているので彼女が姉に教えたわけではないらしい。そうなると…


「試合終わってからどこより道してたんだ?愛子も一緒に帰宅ってことは何かしてただろお前ら。一時も離れたくないってやつなのか?もう押しかけ女房だな」

 大笑いしている長富杏香。最近の先生の方がよっぽど家に入り浸ってると思うけどね。

 そんな入り浸りの長富杏香に試合の事を聞かれた時に、試合結果を報告したらしく、ねぇねも知ることとなったようだ。


 着替えも終わり、チームの公式に上がっている今日の試合動画をリビングで見ていた女子三人、

 シュートシーンでは、佐藤愛子が、ちょーかっこいい。ちょーヤバイって何回もリピートしてて、茅ヶ崎彩音化していた。

 長富杏香は適切に分析してて、まだリハビリ的な感じでBチームにいる仲川亮輔のプレーを絶賛している。


 佐藤愛子は何故かそれが気に食わないのか、あなたの教え子より見ず知らずのこの人を褒め称えるのはどうかと思うとか言ってるし、龍臣の嫁が絡んで来てるから何とかしろって言ってくるし、それに気を良くしたのかねぇねに不束者ですがとか言ってるし、ねぇねは本当に今すぐ嫁にきちゃいなよ、わたしが哺うよ。もうこんな可愛い妹出来たらとか言ってるし、もうなんかぐちゃぐちゃで途中から全く話しなんて聞いてなかった。


 夕飯どうする?ってねぇね。

 長富杏香は明日は休みでうちに泊まって飲む気満々。なんならこのマンションに引っ越してこようかなって言ってるし、佐藤愛子は親に連絡してるみたいなのだが、長富杏香と電話を変わってオッケーもらってたみたいで、俺に何も言わずにお泊まりが決定。

 泊まって行きなよなんて言ってもいないのに…

 そのまま佐藤愛子に電話を返すのかと思ったらそれを俺に渡してきて、これからも愛子の事末長くよろしくお願い致しますとか言われたんだけど、佐藤愛子は自分の母親に俺の事をどういう風に説明しているのか詳細に聞かせて欲しい。

 まさか佐藤愛子が勝手に脳内変換しているプロポーズのこと話したんじゃないだろうな。

 なんか色々といっぱいいっぱいになったのか、脳が疲れてるって感じがして、さっきから眠気が凄い。

 一眠りしてくるって部屋に戻り、そのままベットに倒れ込んだ。


 どれくらい寝ていたのだろうか。

 全然分からないけど、開けっ放しのカーテンから見える空はもう暗くて、夜なのが分かると、腹減ったなって余計に思える人間の不思議。


 起きあがろうとしたら、佐藤愛子がベットに倒れ込むように寝ていて、タオルケットがかかっていたからきっと誰かがかけてあげてたんだろうけど、それをかけたねぇねだか長富杏香だかは部屋で男女が二人きりなこの状況を心配して見にきたに違いないとか思ったら、嫌だ恥ずかしい!愛子ちゃん、僕が寝てる時に勝手に部屋に入って来ないで!


 ベットに自分で腕枕しながら寝ている佐藤愛子の寝顔は、本当化粧もしていないのに毛穴なんか全然ないし、肌もツルツルだし、まつ毛は長いしどのパーツも凄いなって感想しか出てこない。

 頭をそっと撫でてあげるとそのサラサラの髪はすごく気持ちよくて、なんか動物を撫でてるような感覚になって、無性に癒されていく。


「可愛いな…」

 って呟きながら頭を撫でてたら、耳が真っ赤になって、あれ?こいつ起きてるなって気づいた。

 それでもそれに気づかないフリして、頭を撫で続けて


「寝てるし、このままベットに寝かせて添い寝してみようかな。あ!なんならそのあとキスとかしちゃおうかな」

 身体がピクッと跳ねる。それでも寝てるフリしてるから笑っちゃったら


「私が起きてるの気づいていたのね」

 って拗ねてた。それがおかしかったから頭ぐりぐりして腹減ったってベットから起き上がって行こうって伸ばしたその手を、おずおずと握る佐藤愛子の機嫌は悪くなってはいなくて一安心。


 リビングに戻ると


「お、二人とも起きたか?小春が鍋作ってくれてるから準備しちゃえよ」


「まだこんなに暑いのに鍋なの?」


「あら、タツ文句あるならあんたは一人霞で食べて暮らしていけば?仙人の修行にもなってちょうどいいんじゃない?」

 かすみってなんだよ。空気ってこと?せめて食感があるようなものが食べたいんだけど。

 俺仙人の授業してるなんて言ったことないし、本当ゴメンなさい。甲羅背負っての山駆け回りたくないんです。鍋でもおでんでも喜んで食べるので見捨てないでください。


「愛ちゃんゴメンね。あなたの担任の先生がお鍋で日本酒飲みたいってうるさいからこうなっちゃって。なんか他に食べたいものあれば言ってね。お姉さんなんでも作っちゃう」

 力瘤見せてニッコリ笑っている小春。

 実の弟と対応の仕方がぜんぜん違くないですか?

 長富杏香の顔を見ると、ちょうど彼女も俺の顔を見てて、そう言えば長富杏香もなんか軽くディスられてて、この家での佐藤愛子の序列が俺たちより上なんだって二人気づいて、もう泣くしかなくないですか?って先生と二人落ち込んでいた。


 夕飯も食べ終わり改めて一人試合のビデオを見ていた。自分一人映されているわけではないので、この時俺は何をしていた?ここでの俺の動きは?この場面で俺は誰を見ていた?

 この瞬間は…

 そんな事を思い出しながらノートに記入したいく。

 とは言っても落書きみたいなものなので、他の人が俺の説明を受けながらでも記入されている内容を離開できる人は殆どいないとは思う。


 長富杏香は日本酒で酔いが早かったのか、自分の立ち位置に嘆いていたのかは分からないが、比較的いつもよりはやく潰れてしまい、そうそうに寝室に引っ込んでいった。


 ちなみに話の内容はと言うと、小春は私と親友ではないのか?私より愛子の方が大事なのかとか痴話喧嘩かよって思う内容。それに対しての小春の意見は無二の親友だよ。タツのお嫁さんと親友じゃ小姑としてはお嫁さん大事にしないとSNSに書かれちゃうって。

 そんな事しません!小春さん大好きなのに絶対しません!きゃー嬉しい私も愛ちゃん大好き!それ見て長富杏香がまた拗ねるみたいなどうでもいい内容だったので、さして面白くないテレビ番組を見ながら鍋を食べていた。


 ノートを取る俺を隣で何も言わずに見ていた佐藤愛子はうとうとしているのに、まだ眠りたくないとかで今は風呂に入ってる。


「コーヒー飲む?」

 小春の問いかけに頷きながら、映像を見ていてどうしても分からない場面が一つだけある事に気が付いた。

 持っていたペンで顳顬をぐりぐりしながら考えていると、目の前にコーヒーが置かれる。

 一旦ペンを置き、思考からサッカーを切り離してコーヒーに口をつけた。

 長富杏香と同じ様に飲んでいるのに酔った様子は全然無く普通にしている姉の小春に


「ねぇねは酔わないの?」

 小春はこちらを、伺う様に見て、コーヒーをくぴりと飲みながら、酔うよって応えてくれた。


「ただ、酔いたくて飲んでるわけじゃないからかな。杏香ちゃんは酔いたくて飲んでるお酒だからね。弱さを見せてくれるのは親友としては嬉しいですけどね」


「俺の中ではサッチャーかヒラリークリントンレベルの強い女ってイメージなんだけどな」


「弱くない人間なんていないんだよ。そしてそれを見せることも悪いことじゃないの。見せる相手を選ばないといけないけどね」

 微笑んでいる小春の目は、とても優しい目だった。

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