第31話
たぶん私は失恋したんだと思う。
「ご飯出来たって。食べないの?」
姉が部屋に入ってきて、夕飯ができた事を教えにきてくれた。
夏休みに入ってもほぼ毎日学校に行っている。
暑くて、熱くて、唾が飲み込めないくらい苦しくて。それでも失恋したって事実の方がもっと苦しい。
だからそれを忘れる為にもっとたくさん走っていた。大好きな陸上なのに、なんかゴメンって思いながら走ってた。
家に帰ってきて、シャワーを浴びて、ベットに横になると、こんなに疲れてるのになんか色々と考えちゃって、気がつくと涙が出ていたってことに後から気づく。
日焼け止め塗るのも面倒で変な風に後が残っちゃって、プールに恥ずかしくて行けないなって思うけど、私なんかと行ってくれる人いないよねって思っちゃってどんどんダメになっていく気がする。
お姉ちゃんが部屋に勝手に入ってくるのは良くある事。
いつもその度に、ノックして!勝手に入ってこないで、外から声かけてくれれば聞こえるとか憎まれ口ばかり。
その日もご飯が出来たことを伝える為だけに入ってきたのだが、何も言えなくて。
お姉ちゃんはドアの前でしばらく立ってたけど、私が何も言わなかったからなのか、部屋に入ってきてドアを閉めて、ベットのとこまできて、そっと涙を拭ってくれて、頭を撫でてくれた。
本当はケンシに頭撫でて欲しかったなって浮かんできちゃったけど、お姉ちゃんの優しいその手が嬉しくて、でも涙が止まらなくて、お姉ちゃんって泣いちゃったんだけど、それでも何も言わず頭を撫でてくれてた。
「ご飯は食べれる?」
頷くと、一度下に降りていって、二人分の食事を部屋まで運んできてくれて、一緒に食べた。
たくさん話した。
好きな人が出来たこと。
その人が凄い綺麗に走ること。
でもその人には多分好きな人がいること。
その人の好きな人もその人のことが好きだと思うこと。
その人はものすごく美人で完璧なこと。
その人に多分振られたこと。
それでも美人なクラスメイトを嫌いになれないこと。
もう夏なんて嫌いなこと。
佐藤さんの写真を見せたら凄く驚いていて、こんな子一般人でいるの?ってもう笑っちゃってた。
それからも優しく頭を撫でてくれてた。
なんだかたくさん泣いて慰めてもらって少しスッキリした。
現金なものだ。
お姉ちゃんには本当感謝。
夏休み始まって最初の大会の日、会場に着くと佐藤さんがいた。
遠足の時よりも、もうすごく艶やかな格好で、佐藤さんが着るとなんでも輝いて見えるんだって思える。
やっぱりものすごく綺麗で、佐藤さんって駆け寄ったらとろけるような笑顔で
「茅ヶ崎さん今日は頑張ってください」
そう言ってグッて拳を握ってくれて、女なのにキュンってした。
応援に来てくれたの?って言ったらちょっと困った顔をしてる。この子は嘘はつけない。すぐ顔にでる。私の応援じゃないって事は、陸部の誰かを見に来たのかな?
ケンシと付き合ってるわけじゃないの?
どういう事だ?ってちょっと心が騒ついたけど、自分の中ではお姉ちゃんのおかげでケジメがついている。
気にしない事にした。
スタンドにいる佐藤さんの効果は凄まじくて、みんなちょーいい成績。
長富先生も陸部顧問の高橋先生が来れないとかで来てくれてて、ゲキのとばし方とかぴょんぴょん跳ねて応援してくれるとことか、長富先生可愛いし、高橋辞めて長富先生が顧問になって欲しいってみんな言ってて、高橋先生かわいそうって笑ってた。
試合終わったあと、スタンドにいる佐藤さんにみんなちょーアピってて、佐藤さん笑ってるんだけど、目が笑ってなくて、多分今凄い嫌そうだって私気づいた。
だって佐藤さんのことずっと見てたから。
ケンシを追っかける先にはいつも必ず佐藤さんがいて、佐藤さんの沢山の表情も見てて、ケンシといる時はこんな顔もできるんだって思ってて、だから佐藤さん困ってるよって間に入ったら、佐藤さん凄く驚いた顔をしてた。
「ありがとう、茅ヶ崎さん」
って小さな声でお礼言われて、何この人ちょー可愛いってもうときめいちゃった。
自販機に行くって半田に、私も行くってついて行った。
なんか私でも見た事あるようなサッカーのユニホーム着てる人たちがたくさんいて、ちょっと興奮してプロのサッカー選手がいるよって半田に言ったら
あの人たちは高校生だよって教えてくれた。
プロチームに所属する人たちで、半田もサッカーやってたらしいんだけど、こんなチームに所属している人たちってどれくらいサッカーが上手いのか想像も出来ないって羨望の眼差しで見てる。
そんなに凄いのかって言ったら、チームに入るための試験があって、そこに三百人くらい受けに来ても三〜四人くらいしか受からないって言っててびっくりした。
お化けとかゾンビとかそれくらいらしい。
よく分からないけど。
離れたとこから陸部の人たちもこっちに来てるのが見えてたから戻らなくてもいいかってそこにいたら、目の前に上半身裸のケンシが突然現れてこっちを見てた。
半田も私もびっくり。
ケンシは気づいていたのか照れ笑い。
ケンシが突然いた事に唖然としていた私だったが、半田はケンシがそのチームにいた事に大興奮。ケンシが中に入って行った後も凄い凄いってずっと言ってる。
みんなで応援してやるかって長富先生が言って勿論みんなも了承。
男たちの大半は、ケンシのサッカーよりも佐藤さんと一緒にいれる事に大喜び。
憧れ女子とスポーツ観戦なんて夏の思い出だよね。
スタンドには結構見に来てる人がいた。半田が言うには対戦相手の高校も公立だけどかなり強いって言ってて、さっきケンシは今日の俺たちはBチームだからさって言ってたから、良い勝負になるのかなって。
でも勝って欲しい。
出てきたケンシはヘアバンドしてて、見たことがないくらい真剣な目で、みんなで冴木!ケンシ!って叫んでたらチラッと見て微笑んでくれて、女子たちなんてヤバー、冴木くんちょーかっこいいってキャーキャー言ってる。
チラッと見た佐藤さんはたくさんの男子に話しかけられてるんだけど、ケンシをじっと見てて、胸のとこで小さく手を振ってて、それを見たケンシは小さく返事してて、なんだよやっぱりこの二人付き合ってるんじゃんってもう笑えてきた。
しつこくされ過ぎて、段々と佐藤さんが不機嫌になっているのが私には分かって
「佐藤さん飲み物買いに行くの一緒に行こう」
ってそこから救出。ホッとした顔の佐藤さんちょー可愛い。
「佐藤さんってケンシと付き合ってるの?」
外に出た時に聞いた。多分今は私だけが気づいている。佐藤さんの事も大好きな私だから気づいている。
佐藤さんはびっくりした顔をした後
「付き合ってはいません。付き合うってなに?って言われちゃったんですよ」
ってはにかんでいる。え?この人の事振る男がいるの?って驚いていたら
「でも好きで好きでたまりません。たっちゃんも私の事を思っていてくれているそうなので、それでいいと思ってます」
って微笑んでいた。
たっちゃんって呼んでるんだ。そっかって思ってたら
「茅ヶ崎さんにはあげませんからね」
ってわざとらしく怒った顔をしてきて、たっちゃんの事好きなんですよね?って言ってきた。そんな事あるわけないじゃんって言いたいのに、もうこの人に嘘を吐きたくなかったから、うんって目を見て言った。
「気づいてました」
って。私が気づいたように、佐藤さんも分かっちゃってたんだなって。
「でも違うの。ケンシの事好き。多分初めてこんな気持ちになった。けど、私が好きになったケンシは佐藤さんが大好きって目をしてるケンシだったの。それに気づいて、もう勝てないじゃんってたくさん泣いちゃった。だから佐藤さんの事もケンシと同じくらい大好きなの。だからこれからも仲良く…してくれたら嬉しい」
そう言ってあんなにたくさん泣いたのに、まだ涙が出てきている自分に驚いて、それよりも佐藤さんも泣いていて、私よりも背が高い佐藤さんは私の事抱きしめてくれて、頭をずっと撫でてくれていた。
本当はケンシの試合見たいはずなのに、そんな事一言も言わず、声出して泣いている私を、私が泣き止むまで何も言わずずっと撫でてくれていた。
夏のこと嫌いだなんて言ってゴメンなさい。
我儘言ってゴメンなさい。
この二人のことを大好きになったこの季節は、絶対忘れない。
だからやっぱり夏はちょー好きって言い直すよ。
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