第29話

「冴木サッカーやってたのか。だからあんな足速かったんだな」


「ケンシここのチームなの?さっき半田がこの人たち皆んなお化けだって言ってたけど本当?」


「バカ、お前お化けじゃなくて化け物だよ。化け物じみてるくらいサッカーが上手いって言ってたんだよ」


「あ!でも半田もサッカーやってたんだって!ケンシ今度対決してみてよ」


「このチームでサッカーやってるような奴とは別次元なんだよ。茅ヶ崎、恥ずかしいからやめろよ」

 そんな事を話していてると、他のクラスメイトや陸上部の人たちが沢山集まってきて、冴木くんだ、ケンシだって大騒ぎ。


「同じ高校の人たち?龍臣って双葉なの?お前めっちゃ頭いいじゃん」

 って仲川亮輔が話しかけてきた。

 そんな大人数での話しで収集が付かなくなってきた頃に


「ほら、お前ら他の人たちの邪魔になるような行動は慎めよ。顧問の高橋先生にチクるぞ。あれ?冴木龍臣じゃないか。こんなとこでどうしたんだ?ん?おまえサッカーやってたのか?しかもここのチームなのか?プロ目指してるのか?すごいな冴木龍臣」

 と、これまた聞き覚えの声が。

 俺の顔を見てニヤリと笑うと長富杏香。

 これ絶対知ってて陸上部の帯同に名乗りを上げやがったな。

 むしろこの状況はあんただな!

 うーって唸りながら長富杏香を睨みつけるも、口笛吹いた真似なんてして目線を逸らしやがる。

 クソ、どいつもこいつもお約束の行動ばかりしやがって。

 佐藤愛子は長富杏香の後ろの方で薄く微笑んでいる。アイコンタクトでご挨拶。伝わるかな…


「陸上部はもう終わり?俺、今から試合だからさ。多分、ま、色々言いたい事とか聞きたい事とかあるかもだけど、あ!来年だな。来年に茅ヶ崎さんと会う約束してるからその時話すわ」

「えーまだその話し続いてたの?」

 茅ヶ崎彩音の叫びを背中に聞きながらユニホームに素でを通した。


「冴木。今日は人数の関係もあって、お前を一つ前で使う。ま、監督の意向って言うのもあるんだがな。お前のとこでボールを落ち着かせる必要はない。行けると思ったら運べ」

 ホワイトボードと磁石をら使用してのミーティングで今日の作戦を指示された。

 ドラクエで言うところのガンガン行こうぜだと理解。ま、違っていたら魔法は使うなにシフトするつもりだ。


 ヘアバンドを着けてグラウンドに出ると、立っているだけで汗が滲み出るくらいの熱さがダメージを与えにくる。

 これはあれかな?いのち大事にだったかも。そんな事を独言ちる。


 冴木、冴木くん、ケンシって声がたくさん聞こえてくる。

 コーチにはお前目当てのサポータが沢山いるなって、笑われた。

 佐藤愛子も、長富杏香と一緒に来ていたからなのか、クラスメイトと一緒に観戦している。目が合うと胸のところで小さく手を振っている。

 なんか日傘とかさして手持ちの扇風機みたいなので髪が揺れてて、一人避暑地のお嬢様している。

 クラスメイトに色々と話しかけられているようで、遠目にも機嫌が悪いのが分かる。

 みんな、その子を構いすぎると嫌われちゃうから気をつけてね…


 相手が県内にある普通の高校という事もあって、Bチームでも圧倒していた。

 ボールを支配している時間は圧倒的に自チームで、八割はうちのチームがボールを動かしている。


 仲川亮輔がサイドを駆け上がり、それに合わせて走り込んでいた俺にドンピシャのタイミングでボールが来た。

 前にいた敵を一回転ターンでかわし、シュートはゴール右隅に決まって得点。

 その得点で、笛が鳴り試合終了となった。


 シャワーを浴び、ロッカールームを出る。更衣室からそっと顔だけを出し、誰もいないのを確認。

 ほっと胸を撫で下ろした。


 初夏の頃はあれほど煩いとさえ思えた蝉の声も、今ではそれが夏の音だと認識していて、これほど暑いと思っているこの季節も、そのうち身体が慣れる時が来るのだろうかとふと考えてしまった。


 着信ある事を知らせるように携帯が震えている。LINEで送られてきた短い文章は彼女らしく端的に用件だけを的確に伝えてきていて、なんだか笑ってしまった。


「彼女か?」

 隣を歩いていた仲川亮輔に問われた。この人の笑みは真剣勝負をしている時と全く違う表情で、どこまでも優しい。


「うーん…彼女なんですかね。付き合ってるつもりも、俺みたいなやつが付き合えると思っていないんですけどね。それでも俺のことを好きだって言ってくれるんで、その言葉に甘えて見ようかなって」

 いい彼女だなって褒めてくれる仲川亮輔の言葉が、物凄く嬉しくて


「本当、なんでこんな俺なんかを好きになってくれたのかすら分からない位いい女なんですよね。ちょっと変わってる子なのかもしれません」

 うわ、龍臣が惚気だしたぞってみんなに笑われた。サッカーグラウンドがある総合施設の出口で佐藤愛子は待っていてくれた。

 長富杏香もいるかと思ったが、引率でそのまま学校に帰ったようだ。

 空を見ている佐藤愛子の横顔は、日傘をさしているのに頬がほんのり紅くなっていて、なんだか少女を思うせるようで、とても愛らしく思えた。


「前も龍臣の姉ちゃんと一緒にいた人だろ?凄い美人だよな…すげー羨ましいぞ、龍臣」

 肩を叩かれた俺は、佐藤愛子を褒められた事がなんだか恥ずかしくて態とらしくよろけて見せた。

 それに気が付いたのか、日傘をたたみ、俺たちへ深くお辞儀をしている。

 あいつは所作まで完璧かよ…


「いつも龍臣がお世話になっております。愛子と申します。龍臣共々至らない点あるかと思いますが、よろしくお願いします」


「え?何?結婚の挨拶?なんで自分の苗字言わないの?この人たち親族でも会社の上司でもなくてチームメイトなんですけど」


「あら、たっちゃんはそんな冗談も通じないの?ただのウィットに飛んだ会話よ」

 何言ってんだよ。見てみなよ。俺だけじゃ無いよ。チームメイト皆んなドン引きだよ。俺がおかしいんじゃなくて、君がおかしいんだからね。そしてなんか言ってやったみたいな達成感に包まれないでほしい…

 たぶんみんな思ってるよ。ちょっと変わってる子だねって。


「もうさ本当恥ずかしい。本当恥ずかしい。みんなのドン引きした目。お前の何故か勝ち誇った目。その時の俺の顔をお前は見たか?たぶん悲壮感満載だったと思うぞ」


「もうお願い…言わないで。本当に恥ずかしい。ダメ。私全然笑のセンスがない事に今気がついた。もうこうなったらたっちゃん殺して私も死ぬ」


「何お前、本人目の前にして殺害予告繰り出してるんだよ。俺を殺してもいいけどお前は死ぬなよ」

 お前は死なないでちゃんと罪をつぐなえ、そう言ったつもりだったのだが、なんだか良い方に勘違いしてくれたみたいで、一瞬惚けた顔をした後ギュッと腕に抱きついてきた。


 いくら電車の中でエアコン効いてるからって、夏なんだから暑いって事を気づいて欲しい。

 俺の呼吸が止まるくらいお前は柔らかいって事に気づいて欲しい。

 付き合うって何なのか教えてほしい。

 家族でも姉弟でもなく、何かあったら離れ離れになるようなそんな関係を俺はほしくない。

 我儘なのかもしれないけど、佐藤愛子にはずっと隣にいてほしい。

 彼女はそんな俺の気持ちには気づかないでほしい。


 俺はいまだにクラスメイトAであって、ヒロインの隣りに並んで青春する物語には参加していないから。

 そろそろ舞台に上がりなよ。私がついててあげるから大丈夫。

 そう言って彼女は一生懸命支えてくれている。

 正直言って情けない。

 それでも彼女がそれを望んでくれるのなら、佐藤愛子の隣で俺は冴木龍臣になろう。

 そう思った。

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