第28話
「俺、告白されたみたいだけど、お前と付き合うとか言ってないんだけど」
「知ってる」
「暑くないの?」
「夏なんだから暑いに決まってるでしょ?」
何言ってるの?みたいな目で見るのやめて欲しい。いやそうじゃなくて、このガッツリ組まれてる腕はなんなのかと。暑いのに暑くないのか?と。do you under stand?
「断る男いないって言ったわよね?その言葉に責任持ちなさいよ」
あ、確かに言いましたけど…
「すっごい真面目な話するけどいい?」
こっちをじっと見てうんって頷く佐藤愛子。
「彼女とか彼氏とかよく分からない。付き合うって何?昨日までと付き合った後で何が違うの?彼氏と別れたとか彼女に振られたとかそんないつか離れるかもしれない関係なら、俺お前と付き合いたくないんだけど」
驚いたように俺を見る佐藤愛子。付き合いたくないって言ってるのに、さらにギュッとしてきた。
顔赤いよ。俺もお前が柔らかすぎて顔が赤いはずだよ。きっと熱中症だと思うから離れて欲しい…
何故かそのまま離れてくれる事なく、家まで着いてきた佐藤愛子。え?家くるの?
ご挨拶は大事だと思わない?って何の?
「ただいま」
「お邪魔します」
二人の声が重なって聞こえたからか、姉の小春が玄関まで出てきた。
「きゃー愛子ちゃん久々ー暑かったでしょ?上がって上がって。なんか今日はいつもより可愛くない?制服だからそう見えるのかな?」
流石に組んでいた腕は離してくれていたが、先日と様子が違う事に気づいたのか、うーんって考え
「タツ、愛子ちゃんにあなた何かしたの?」
女の感って凄いなって驚いた。
「小春さん聞いてください。私、たっちゃんに好きだって言ったんですけど、たっちゃん私とは付き合いたくないって」
えーってこっちが驚くほどような大きい声で俺のことを睨みつける小春。
「あ、でもその後に、彼女とか彼氏とか、別れるような関係性になりたくないって言ってくれて。
もうそれってプロポーズですよね?私に冴木って苗字になれってことですよね?」
なぜか二人でキャーキャー言ってる。
「杏香ちゃんにも報告しちゃおうっと」
LINEを打つ小春。制服を着替えてくると、またガッツリ腕を組まれ、それを写真に撮られる。もう好きにしてくれ…
「龍臣!おまえは私と言うものがありながら他の女にうつつを抜かしたな!」
って訳わからない言葉を言いながら、夜の七時くらいに長富杏香がやってきた。あ、ちなみに佐藤愛子はもう帰宅しています。
「なんだよ。これじゃ昼間私あの子に凄く怒られたの損した気分だよ」
「昼間?あの職員室のやつですか?」
「そうそう。今思えばあの子多分ずっとお前の事が好きだったんだな。龍臣が数学の点数が良かったのを知ったからか、文系志望だったのを提出する前に理系に変えたんだよ。龍臣に聞けば済む話しなのにな。で、それぞれのクラスから私のところに書類が来た辺りで泣きながら家まで来て、文系に変えてください。って」
可愛いだろわたしの姪っ子。その頃って佐藤愛子とはほとんど口聞いてないからな。知らなかったのも無理はない。それよりも担任。守秘義務はどうした?そんな事も忘れて今度は姉の小春と青春だねってキャーキャー言ってる。怒られても知らないよ俺。
「杏香ちゃん。聞いた?聞いた?タツ、愛子ちゃんにプロポーズしたんだって!彼女彼氏とかの別れる関係にはなりたくない!結婚しようって」
言ってねぇーマジで言ってないんだけど…
うちの姪っ子泣かしたら承知しないからなって凄まれるし、不束者の姉弟ですがとか言ってるし、こうやって尾鰭が付いて話が大きくなっていくんだなって言うのを目の当たりにしていた。
夏休みも始まり一週間が過ぎようとしていた。
佐藤愛子とはそれなりに過ごしている。
あんなことがあったからこの先どうなるんだろって思っていたけど、たいして変わらない。人前では相変わらず冴木君と呼ばれ、身内のみだとたっちゃんと呼ばれ、人前だと高圧的で上から目線なのに、身内のみだと腕を組んで下から見上げてくる。
これが俗に言うツンデレってやつなのだろうか。
何かしら毎日LINEはくるけど、こんな事があった、あんな事があったと世間話のみ。
予備校に通おうかなっていう話をしたら、うちに来ている家庭教師に一緒に教えてもらえばいいときた。
予備校は?って聞くと予備校とかは好きではないらしい。
「明日練習試合って書いてあるけど、これ一般公開されてる?」
珍しく電話が来たと思ったらどうやらチームのホームページをチェックしたらしく、来る気満々のようだ。
あれだな。この子よく言えばどっぷりハマるタイプで悪く言えばストーカー器質があるんだな。マジで怒らせないように気をつけよう…
「一緒には流石に行けないからな」
「大丈夫。杏香ちゃんもなんかそこの近くに用があるらしくて、乗せて行ってくれるって言ってたから。時間があれば杏香ちゃんも見にくるって」
「了解!じゃあ明日も暑いらしいから対策ちゃんとしてこいよ。見てるだけでも熱中症になるんだからな」
そんな事を言いつつ電話切った。
そっか。見にくるのか。今度はいいとこ見てもらえるように頑張らないと。
なんだかんだ楽しみにしてる自分がいて、それに驚いた。
きっと俺も少しずつ変われているんだと思う。
この時期は色んなスポーツの大会が数多く開催されている。
野球の甲子園しかり、高校サッカーもインターハイがあるし、高温多湿な日本の夏なんて、スポーツには全く適さないと思うのだが、この夏の暑さも、その時かいた汗も、後から思い出して青春だったと言える日が来るのだろうか。
俺としてはドームのような場所で、エアコンが効いた中サッカーがしたいと本気で思っている。
気温が三十五度とかあったらグラウンドの中は本当にヤバい。天然芝ならまだそんな事もないのだが、人工芝に至っては反射熱で火傷すると言っても大袈裟ではないと思う。立っているだけでクラクラするのに、これからここで走り回るのか…
集合時間よりはかなり前に着いたのだが、それでももうすでに半数以上のチームメイトが来ていた。
「今日は俺逆サイドだから頼むぞ」
そう言ってきたのはすでにトップカテゴリー、要はプロ契約済みの選手である仲川亮輔が話しかけてきた。
「あれ?亮輔くんなんでBにいるの?落とされた?」
「バカ。リハビリ明けなんだよ。調整だからそんなガッツリは出来ないけどな」
そう言えばそこまで重症では無いけど、大事を取って試合には出ていないと熊谷芳樹が言ってたな。
現年代のうちのチームで、絶対的カリスマなんだから、本当怪我とかはしないで欲しい。
「まだグラウンドが使えないからアップはそれぞれ個人でやっておくように。一時間後練習始めるからな」
外走ってくる事をチームメイトに告げ、エアポッズプロを耳に嵌める。
ノイズキャンセラーがガッツリと効くため集中出来るのが本当に嬉しい。
蝉の鳴き声も、公園にいる人たちの嬌声も、隣のグラウンドで行われている大会の歓声も遠くなり、音楽が流れ始めるとそれ以外何も聞こえなくなった。
三十分くらい走ってからチームメイトの元に戻る。耳からイヤホンを外し、汗で濡れたティーシャツを脱ぎたいのだが、肌に張り付いて中々脱げない。頭に引っかかったとこで四苦八苦してるのをチームメイトに笑われた。
「なんか見た事あるユニホーム着てるサッカー選手がたくさんいる。プロの人たちかな?」
「違うよ。プロチームの下部組織って言うんだよ」
「詳しいね。皆んな上手いのかな」
「上手いなんてもんじゃないよ。もう化け物だよ。ほとんどがプロになるような奴らだよ」
「なんでそんな詳しいの?」
「俺も中学生まではサッカー小僧だったからな」
「そうなんだ。知らなかった。あ、うちサッカー部ないから陸部に入っんだね。半田は」
うん。絶対聞いた事ある声の二人だなって思っていましたよ。半田って呼んでるので確信したね。これ絶対半田和成と茅ヶ崎彩音だよ。ヤバイ、ティーシャツ脱ぎたく無い。早く行ってくれないかな…
「龍臣何やってんだよ。早くユニホーム着ちゃえよ」
「冴木、今日ボランチで先発だって」
え?ボランチ?びっくりしてティーシャツを脱いだ視線の先には、お約束のように驚いた顔の二人が立っていた。
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