第27話
チームの予定表を見ながら駅までの道のり歩いていた。今週末にBチームは近隣の高校との練習試合が入っている。Aチームは関西まで遠征か。
俺にはまだまだ足りないものが多すぎてそのパーツを一つずつはめている作業の真っ最中だ。
やる事は沢山あり過ぎて嫌になるが、もう何もやる事がないって状況なのに上に行けないってなった時の方が恐怖を感じると思う。
この時期に最後まで走り切れるスタミナも欲しいし、一瞬の閃きを身につけたいと思っているのだが、今はどうすればそれが身につくのかすらわかっていない。
休み明けすぐのテストのためにも勉強もしないといけないし、確か九月末には文化祭もあったはず。そう言えば実家にも帰ってこいと言われてたかも。
その辺はねぇねに聞いてみるか。
駅までの道のりもあと少し。そんな時に上履きを持って帰ってきてない事に気付いてしまった。
電車に乗ってたら諦めていたと思う。
でも今なら取りに行ける。
立ち止まり少し考えたが、変な匂いを発する上履きを履いて新学期を迎えたくないと結論。
学校に引き返す事にした。
「あれ?ケンシまだ学校にいたの?」
茅ヶ崎彩音に遭遇。
仕方がないのであけましておめでとうございます。って挨拶してみる。
「あれだよね。ケンシってさ仲良くなるとちょー面白いよね。私今フリーだからさ告白しちゃいなよ。こう見えて私彼氏に尽くすほうだし。体育祭の後から、ケンシって意外と良いよねって声も結構あって、陸部の人からもちょー聞かれたし、だけどいつも佐藤さんといるからケンシって佐藤さん狙いだって思ってたけどさ。違うなら…」
「俺も前から茅ヶ崎さんのこと好きでした。って言ったらちょーキモいとか言うオチだろ?大丈夫!俺は夏の魔力に今のところやられてませんから」
上履きをカバンに放り込み、笑顔のまま今度こそ良いお年をって手をあげた。
一瞬驚いたような顔をしていた茅ヶ崎彩音も、なんだ、ちょーバレてるじゃんって苦笑い。
下駄箱の周りにいた人たちに軽く挨拶して学校を後にした。
ポケットに入っていた携帯が震えていたので見てみると、佐藤愛子が私の家の最寄駅のモスで待ってろとLINE。
なんで一駅前で降りなきゃいけないんだよ。
しかも命令かよ。ヒロインは人使いが荒過ぎじゃありませんかね。
そんな独り言を言いながら電車に揺られていた。
多分普通にこの夏を満喫している高校生に比べたら、食べるものも飲むものも意識している。揚げ物や甘いものも普段から控えてるし、ファストフードはなるべく食べないようにしている。
けど。
モスのコーヒーシェイクの誘惑に今日の暑さで我慢しろと言う方が難しい。また一つ自分を甘やかしてしまったと落胆しながら飲んでいた。
テーブル席の手前の椅子に座る。当然上座をヒロインの佐藤愛子に譲るあたり、俺、ちゃんとクラスメイトA出来てるよ!ってクラスメイトBに自慢したい。
モスシェイクを携帯を弄りながら、ちびちび飲んでいると、ドンって大きな音をたてて席に座った佐藤愛子にビクッとした。お淑やかに座ってくださいよ…
あれ?まだあの職員室の続きで怒ってるのかって思って彼女を見ると、満面の笑みで俺の前に座っている。なんだ、よかった機嫌が良いみたいで…
あ、目が全然笑ってないわこの人。ちょー不機嫌ですね。
「なんか飲み物とか…」
「要らない」
「お腹は…」
「減ってない」
「外暑かったよね?」
「夏なんだから普通じゃない?」
「なんか俺に用なのかな?」
「はぁ?」
え、何これ。用があって呼び出されたんじゃないの?マジで怖いんだけど…
めっちゃ大きいため息付いてるし…
何喋っても怒られそうだから現実逃避して怒りが冷めるまで静かにしてようかな。
「何黙ってるの?何か言う事ないわけ?」
静かにしてるのもだめなのか…そうだ謝ってみるか。
「あ、えーとなんかゴメン…」
「冴木君は何か悪い事でもしたの?」
手詰まり。負けましたって頭下げて投了しないといけないのか?
なんか色々と考えてると
「茅ヶ崎さんと、その付き合ってるの?」
ん?さっきの下駄箱前でのやり取りか?誰かに見られててその話題が佐藤愛子の耳に届いたってことか。
「もし、そうだとしてお前が怒る理由は何?」
そんな事を言うつもりはなかった。なんか理不尽にキレられてるのに腹を立てたつもりもないのだが、口から出た言葉は反抗的で、佐藤愛子はびっくりした顔をしている。
「そうだよね…あ、ゴメンなんかびっくりしちゃって。うん帰る。ゴメン…」
立ち上がろうとした佐藤愛子の手を掴んだ。
目で座る事を示唆。分かってくれたのかストンと腰を下ろした。
ため息をひとつ。
「こう言ったらあれだけどさ。お前には俺の嫌な部分も弱い部分も見せてるし、唯一自慢できるサッカーのことも伝えてるよね?ようは俺はお前に全て見せているつもりなんだよ。俺の中でお前の事は信頼してるし、頼りにしてる。芳樹と一緒で例えお前に裏切られたとしても、俺はお前になら騙されても良いとさえ思ってる。そんなやつに、俺が好きな人が出来たとしたら報告しないと思うか?どんな話を聞いたのか知らないけど、俺に話を聞く前に、人から聞いた噂の方を信じたお前に俺はガッカリするわ」
一気に言うと一瞬目を大きくしたあと、下を向いて黙ってしまった。なんか言い過ぎたかも…
「お前なんてここ最近しょっちゅう告白されたり、デートの誘いを受けてるんだろ?今日だってそれ俺に見られて罰が悪そうにしてたし。でも俺はそれをお前に問い質したりしない。お前に興味がないんじゃない。もし誰かと付き合ったり、好きな人が出来たりしたら絶対俺に話してくれると思ってるから。何も言ってこないって事はそうじゃないんだろ?それともクラスメイトAに言う必要なんかないって思ってる?」
普通に笑ってしまった。自分で話してて、こんなに佐藤愛子のことを信頼してたんだって気付いたから。
一生懸命言葉を並べて、気づかれないようにしてたけど、ここ最近の彼女に嫉妬してたんだって。
「違うの?」
佐藤愛子に問うたその短い質問にあなたの言う通りだって応えて欲しくて。けど佐藤愛子が言った言葉は
「私好きな人がいます」
って予想外の言葉だった。
え?いや、俺そんな答え聞きたかったんじゃない。そうなったらあなたにちゃんと相談するって言って欲しかったのに、それなのに、もう結論が出てる告白なのかって。
俺には相談する価値もないって事?
心を開こうとしない俺が色恋沙汰相談されたとこでアドバイス出来るか分からないしね…
「そうなんだ」
うん。って下を向いたままの佐藤愛子。
「ま、あれだ。結論が出てるのなら俺がアドバイスすることもないだろうし、お前なら断る男いるわけないだろうし、隣の席の男子としてはあの佐藤愛子にも好きな人が出来るのかってちょっと驚きだけど…ま、夏休み満喫しろよ」
驚いたようにガバッと顔を上げた佐藤愛子。
じっと俺の顔を見てくる。突然手が伸びてきて髪の毛を上にあげた。
今の俺の目を見ないで欲しい。どう言う目をしているか分かってしまうから…
手を払おうとした時
「冴木龍臣」
フルネームで呼ばれた。
え?って返事をした俺に
「私が好きで好きで仕方がないのは冴木龍臣だよ」
っていつもの薄い微笑みを俺に向けてくれていた。
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