第26話

「明日から夏休みだけど、二年生の夏は本当大事だからな。志望大学に現状レベルが届いてないやつはこの夏休みで挽回していけよ」


 志望大学か。どうすっかな


 現状すぐにプロになれるとは思っていない。チームの序列ですら下にいるのだ。

 沢山の人に迷惑を掛けながらここに立っていて、応援してくれる人がいるうちはそれに応えたいし、叶えたいと思っている。

 けれど、現時点でAチームに呼ばれることもないのが現実であり、最高峰の場所で戦いたいと願っているからこそ、一つずつ確実に階段を登って行くつもりだ。

 焦る必要なんかない。

 元々俺はキーパーだったんだ。スピードとスタミナがあるってだけで拾って貰ったようなもの。

 テクニックなんてないのは自分でもうんざりする程分かっている。だからこそ大学選びも重要だと理解もしている。


 二年生に上がる時の文理選択では理数系より文系の方が簡単そうに見えて選んだ。

 数学は好きではなかったが、苦手でもない。むしろ一年生の時に一度だけだが、掲示板に載った事もある。

 二十九位だったけど…


 そう言えば今思い出したけど、佐藤愛子は理系選んでなかったか?一年生の時も佐藤愛子を中心に輪になっていて、その時の会話で佐藤さんは理系かっていう声があったはず。

 盗み聞きしてたわけではない。

 隣の席でボーッとしていた俺に、佐藤愛子の取り巻きの一人が、ついでにみたいな感じで俺にも聞いてきたからだ。

 その時そいつに言われたのが


「冴木は数学得意だったから佐藤さん狙いで理系なのかと思った」

 って。

 内心うるせー俺の事をその輪の中で話題にするな。マジ話しかけるなって思ったから凄く覚えていた。そんな事を覚えているなんて当時の俺にしては珍しい。

 今日の日誌提出する時にでも佐藤愛子に聞いてみようっと。

 机の中の教科書などをカバンに詰め込んでいる隣の席の佐藤愛子を横目で見ながらそう思っていた。


「冴木龍臣は声かかってたりとかするのか?」

 サッカーで大学からスカウトされていないのかって事を言いたいらしい。そんなわけあるか。まだBチームでやっと出れるようになったとこなのに誰が俺を見つけるんだよ…


「何だその目は。喧嘩売ってんのか?」

 バカにしたような目をしてたのがバレたようだ。

 ま、苦笑しているから本気ではないと思うけど。処されるかと思った。


「そう言えばさ、佐藤さんって文理選択の時理系選んでなかった?俺の隣でそんな話をされた記憶があるんだけど」

 なんかギョッとしてこちらを凄い勢いで向く佐藤愛子。深く深呼吸をしている。


「冴木君は肝心なことは覚えてないくせに、どうでも良いことは覚えてるっておかしくない?本当はあの時も手を掴まれたのを覚えてないって事にしてるだけで、本気で嫌がって振り払ったんじゃないの?」

 気分を落ち着かせたのか、こっちはこっちで喧嘩売ってんのかお前は!くらいの勢いで睨みつけられてるんですが、なんか俺悪いこと言ったか?


「あーそっか!そう言うことか。冴木龍臣か!あの時佐藤が泣きながら文系…」

 膝叩くほど笑っている長富杏香の前に、ゴゴゴッて音がするかと思うくらいの怖い顔で、仁王立ちで睨み付けている佐藤愛子。

 それに気づいた長富杏香は、小さな声でヒェッて言って言葉を切った。


「先生。前に言ってましたよね?生徒の個人情報やプライバシーを教える教師がいるわけないだろう?って、言ってましたよね!今先生が話そうとしていた内容はプライバシーの侵害にあたるような案件かと思うのですが、その辺は先生はどう思ってるか教えて貰ってもいいでしょうか」

 長富杏香の机をバンッて叩いた佐藤愛子。

 はい。って小さくなる長富杏香。

 なるほど火中の栗を拾う愚か者にはなりたくないので、この話題は今後一切しないことに今決めました。


 佐藤愛子に睨みつけられながら半泣きの長富杏香に無理矢理日誌を渡し、こちらにとばっちりが来る前に佐藤愛子を置いて職員室を後にした。仕事も完了。これで明日から夏休みである。

 夏休み明けすぐに前期末テストがあるので、勉強もしないとやばいのだが、サッカーも公式戦だったり、練習試合だったりと目白押しである。


 教室に戻ると、意外なことにまだ沢山のクラスメイトが残っていた。そんな中の一人茅ヶ崎彩音が俺のとこに来て


「ケンシ夏休みの予定ってどうなってるの?スポットで大会出たりしない?」

 って。嫌だよ。絶対嫌だ。うぇーって顔していたのを見て苦笑。


「そんな嫌そうな顔しなくても良いじゃん。目立つよ!注目されるよ!陸上女子にキャーキャー言われるよ。どう?やる気になってきた?」

「絶対嫌だよ。注目されたくないよ。神様が左手で書いたような顔してる俺がキャーキャー言われるわけないだろ」


「大丈夫だよ!ギラギラしちゃいなよ!大注目だよケンシなら」

 乗ってくれた事が嬉しくて茅ヶ崎彩音とハイタッチ。


「じゃあさ陸上嫌なら一緒にお祭りとか花火大会とか海とか、あ!水族館行こうよー!ほら佐藤さんも連日いろんな人に誘われてるしさ。ケンシも私と夏満喫しちゃおうよ!」

 そう言われて茅ヶ崎彩音の視線を辿ると、いつのまにか職員室から戻ってきていた佐藤愛子が、廊下でうちのクラスではない男子と何やら話している。

 なるほどそう言うことか。夏休み前のここ最近、やたらと佐藤さん呼んでいるよ。って言われてどこかに行ってたなと。

 多い時なんて一日に二、三回は呼び出されてたように思う。


 呼び出してるやつも、佐藤愛子と二人で夏祭りとか花火とか水族館とかに行きたいんだろうなと一人納得。きっともう予定満載なんだろうな佐藤愛子は。

 左利きの神様に描いてもらったであろう美人のモテ具合を目の当たりにしてると神様はなんて不公平なんだって感想しか出てこない。

 そんな自分の結論に納得してウンウン頷いていると


「ケンシは佐藤さんが誰かに誘われてても何とも思わないの?」

 って真剣な顔で言われる。何か思うとしたらモテモテの人生だねってことかな。って言ったら

 そっかって小さな声で呟いていた。


 これ以上茅ヶ崎彩音に関わっていると変な大会に連れていかれると思って


「じゃ、帰るわ。何かあったら連絡してよ!良いお年を」

 って手を挙げた。えー来年まで会えないの?って声は聞こえた気がするが、茅ヶ崎彩音の連絡先知らないし、次会うのは九月だね。


 廊下に出ると、佐藤愛子がまだ他のクラスの男子と話していた。罰が悪そうに俺のことをチラッと見たので、じゃあなって手を上げてご挨拶。

 クラスメイトAの俺はヒロインへの対応を完璧にこなしたと思う。


 外履きに履き替え、エアコンの効いていない校舎をでると、真っ青な空はどこまでも高くて、大きな雲は手で触りたくなるくらい白く、夏の暑さと匂いに眩暈がする。

 そんな景色が広がるこの季節は、誰もが恋をしたくなる季節なのかもしれない。

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