第17話

「あれ?解散ってどうやってするんですか?LINEかなんかでみんなに知らせる感じ?あれ?俺そんなクラスLINEなんて知らないんだけど」


「何言ってんだ冴木龍臣。朝言っただろ。うちのクラスは13時半には江ノ島頂上集合。全員の点呼をしたら解散。その後は帰宅してもいいし、この辺で遊んでもいいし。って人の話し聞いてなかったなお前」

 なんか身を乗り出して胸ぐら掴もうとする女性ってどう思う?本気で怖い…

 佐藤愛子も笑ってないでフォローしてくれよ。


「たっちゃんと杏香ちゃんってどうやって知り合ったの?」

 周りを見渡し知ってる人がいないの確認してから聞いてくる佐藤愛子。


「だから外では名前で呼ぶな」


「ちゃんと周囲は確認しました。で、どうやって?杏香ちゃんに前聞いたんだけど、教えてくれなかったのよね」


「当たり前だろ。生徒のプライベート人に教える教師なんているわけないだろ。佐藤だって勝手にスリーサイズとか冴木龍臣に教えられてたろ嫌だろ?」

 ニヤっと笑う長富杏香を真っ赤な顔して怒ってる佐藤愛子。


「そんな事知ってどうするの?」

 普通に話しているつもりだった。でも佐藤愛子の瞳が少し大きくなって驚いたような顔をしている。きっと感情を乗せて話せなかったのかもしれない。


「な、佐藤。どんな人間にも過去がない奴なんていないんだ。それを自慢したい奴もいれば、話したくない奴もいる。それは分かるな。冴木龍臣が話してもいいと言うなら私に止める権利はないけど、話したくないって思っているとしたら、それは聞くべきではないと思う」

 ごめんなさい。って下を向いてしまう。これあれか?またなんとかモードとかに突入して口聞いてくれなくなるパターンなのか?

 面倒臭いなこいつ本当。でも、いいとこもいっぱいあるからな。


「先生と知り合った時の事ってさ、俺結構病んでた時だからあんま言いたいとは思わないけど、聞いてくれるのなら、話すよ。どうする?俺のドロドロした過去聞く?」

 ニヤーって嫌な笑い顔で佐藤愛子を見る。

 わざとらしかったかな。チラチラと俺の顔を見てから目を瞑る、何回か浅い深呼吸を繰り返してから意を結したのか


「うん。聞く」

 真剣な目で俺を真っ直ぐ見てくれた。今俺は髪の毛をあげている。目が見えている状態だ。目は口ほどに物を言う。だから普段は目を隠している。佐藤愛子のように敏感に感じとれる奴だっているはずだから。

 でも今、佐藤愛子は俺の目を見て聞くって言ってくれた。


「別にさ。そんな勿体ぶって隠してるわけではないんだよ。先生も言ってるけど、過去がない人間なんていないわけだし、自分が辛いって思ってる過去でも、人からしたらそんな事?ってなるかもしれないしね」

 一度言葉を切って飲み物で口を濡らした。知らず知らずのうちに、緊張からなのか暑さからか喉がひりついていた。本当大した過去ではない。ただ、俺自身が納得てがなかっただけの話し。それだけのはずなのに…


「先生に会ったのは俺が中学三年生の時。俺の姉ちゃんが先輩って紹介してくれたんだ」

 長富杏香の顔を見る。薄い微笑み。


「俺さ、サッカーやってるんだよ。中学生の時には日本代表に選ばれるくらいのレベルで。ま、今はやってたって言った方が正しいかもだけど…」


 俺はサッカーが大好きだったんだ。

 今は…


「お前をユースに上げることはできない。このチームでキーパーとして冴木は未来を見据えて戦術に入れられないと判断した。今までチームに貢献してくれた事を本当に感謝している。ユースで使ってやれなくてすまない」

 分かっていた。身長がもう伸びる気配がない。177cmという身長は一般的には大きいのかもしれない。サッカー選手としても悪いどころか、いい部類だろう。

 だが事ゴールキーパーに関してはこれでは低い。このチームのようにプロの育成チームでなら尚更だ。所謂Jリーグ下部組織だ。

 将来チームにとってプロとして活躍出来る選手を育てるのが下部組織の育成だ。

 プロでやっていくのなら後10cmは足りないのだ。

 分かっていた。上に上がれないであろう事は。いくらU-15でナショナルトレセン(年代別日本代表)に選ばれていようが、チームが要らないと判断したなら上には上がれない。

 分かっていたが、信頼していた監督からの最後通告は胸にくる。


「今現在、冴木の事を欲しいって高校は六校ある。勿論フル特待だ」

 フル特待と言うのは入学金、授業料、部費や寮費など全て免除してくれると言う意味で、

 そこまでお金をかけてでも来て欲しいと言う事でもある。


「冴木がゴールキーパーに誇りを持ってやっているのを知っている。勿論才能も実力もある。あるからこそ、ここまでの実績と成績を手に入れてきているんだ。

 だが、プロとしてうちのチームで金を生んでくれるかとなると正直厳しい。プロと言う道ではなく、高校、大学とアマチュアか、もしくは社会人チームなら充分やっていけるとは思う。ただ、ここからが俺の本当の話しだ」

 監督はそう言ったあと、テーブルに置いてあった水を飲む。なかなかその後を話し出そうとしない。

 顔を上げると


「フィールドにコンバートしないか?」

 そう言ってきた。


「フィールドですか?」


「そうだ。センターバックも出来るだろうが、俺はサイドバックで考えている。

 ここに冴木に関するデータがある。まずお前はこのチームでも上位の持久力がある。シャトルランも上位三人に入ってるいるよな?

 更に400m800mのタイムは高校記録レベル。50mは6秒フラットも出ているな。100mもこれちゃんとトレーニングすれば11秒切れるだろ。更にお前のゴールキーパーとしてのアピールポイントにビルドアップがある。現にこのチームはお前からのビルドアップによるパスから始まる。そう言った点も含めてお前の足元の技術に関しても信頼をしている。中盤や、前寄りのポジションだともう少し技術やパスを出すまでのスピードが必要になるかもだけどな。

 それと何よりも評価が高いのが冴木の視野なんだ」

 資料を見ながら一つずつ説明してくれる監督。

「俺はサイドバックとしての冴木龍臣を見てみたい。今はサイドバックとしてはSSランクではないからこの後セレクションやスカウトで新たな選手が見つかればそことの協議になるかもしれんが、残り半年サイドバックとして練習をやってみないか?」

 目から鱗の提案だった。小学生の終わりの頃からゴールキーパーとしてサッカーを続けてきた。ゴールキーパーというポジションに誇りを持ってプレーしているし、大好きだ。

 サイドバックなら、プロとして通用する選手になると言ってくれる恩師がいる。

 どうする。どうする…


「少し、考えさせてください」


「勿論だ。ただサイドバックでやるのなら、来週からはフィールドとして練習に参加させる。冴木をゴールキーパーとして使えないのは今後の公式戦が苦しいが、仕方がないと思っている。全国大会出場よりも冴木の成長を選ぶ。こちら側はそれだけ真剣だって言うことも分かってくれると嬉しい」

 来週の月曜日までには答えをくれ。

 そう言って退出していった。


 リミットは四日間か…


 チーム内で一番仲が良いやつに相談した。そいつもサイドバックだったからだ。驚いた顔をしてしばらく考えた後、無理だと思うと言ってきた。

 そんなに甘くない。このチームにセレクションに来る奴は何百人といる。

 その中で合格するのは数人のみ。


 今まで中盤をやっていたやつが後ろをやる、前をやる、それとは別次元の話だと。

 ま、そうだよな。もっともな話だ。

 特に普段からフィールド、しかもサイドバックをやっていた人間からするとそんな簡単に出来るポジションのわけ無いだろって憤慨するのも理解できる。

 俺だって、明日からキーパーやるから教えてくれって言われたとしたら、はいそうですかって言えるかどうか分からない。

 ユースに行った先輩とかにも聞いてみるよ。そう言ってロッカールームをでた。


 ユースに行った仲川亮輔は詳しく教えてくれた。何より俺を昔から可愛がってくれていたってのも大きいし、なんならこの人が俺をサイドバックとして見たいって監督との雑談からこうなったらしい。


 来週の月曜日までには答えを出さなければいけない。それを伝えるとまずはやってみてから決めてもいいんじゃないか?キーパーではプロにはなれない。サッカーで飯を食っていきたいならチャレンジするべきだと背中を押してくれた。


「俺はお前と両サイド守れたら良いと思ってる。お前がニセセンターバックをやってた時の守備の安定感と攻撃力は今このチームに一番必要なんだ」

 待ってるからな。そう言ってくれた。

 ニセセンターバックとはゴールキーパーがディフェンスラインまで出てきて守備、攻撃へと参加する事で数的優位を保つことが出来る。最終ラインが三人なら四人に、四人なら五人になるわけだ。


 この時は、次の日ロッカールームに行くと、ほとんどのチームメイトが俺と口を聞いてくれない事になるとは思いもしなかった。

 最初独り言のように仲川亮輔に会ってきた話し、勧められた話し、やってみようかと思っている話しをしていたのだが、返事が無いので、あれ?って思って振り向くと誰もいなくなっている。

 なんだ、独り言喋ってたのかよ。

 一人苦笑していると、ロッカールームを出で行く奴が一人、監督に誘ってもらって自慢かよと捨て台詞のように言われた。

 聞き間違いかと思い追いかけてそいつの肩を掴みなんだよそれって言うと、みんな内定取れるかどうか必死なのにキーパーごときがコンバートしてくんじゃ無えよと凄まれた。


 それからの三ヶ月は地獄だった。小学生の頃から一緒だった奴もいる。

 選手権、全国大会、勝って泣いて、負けて泣いて、そうやって絶対的な絆を掴み取っていった。

 そう思っていたのは幻想だった。

 プロになるその一つの道筋のみを信じ、小学生の時からサッカー意外で友達と遊ぶこともせず、ひたすらボールを追いかけてきている連中だ。

 半分以上が上がれない現実の中、ひたすら己が道を突き進んで自分を信じてやってきた奴らだ。

 ほとんどチームメイトから口も聞いてもらえず、ボールも回ってくることもなく、誰にも相談することもできず、心が壊れていくのすら気づかず、ゴールキーパーとして、失点したとしても皆を鼓舞しながら戦っていくメンタルがあると思っていたが、そうじゃない。

 俺はメンタルが弱かったんだと気づいた。


 そんな時うちの大学のOBなんだけど、サッカー好きで一人でヨーロッパとかも行っちゃうらしいよって姉が練習見学に連れてきたのが長富杏香だった。


 姉と俺の練習を見ていた長富杏香は、お前の弟はいつもあんな苦しそうに泣きながらサッカーをやっているのか?と質問してしてきたらしい。

 勿論泣いてなどいない。姉は変わってる人だから気にしないでねって笑っていたが、俺は驚いた。

 涙なんて出ていない。けどこんな苦しいことを俺はなんでしているんだ?楽しいからサッカーをしていたはずなのに。別にプロになんてなれなくてもいい。信じてた者が偽者だって分かってしまうなら、分からないまま一生を終える方がいい。普通がいい。何も要らない。何も欲しがらない。だからサッカーなんてもう辞めたい。

 ボールを追いかけながら多分毎日そう思っていた。それを一度見ただけの人が言い当てた。


 仲川亮輔が俺たちの異常事態に気付いた。もしかしたら後輩か、口を聞いてくれていた奴が仲川亮輔に告げ口したのかもしれない。

 チームとして聞き取りが行われ、関与した者は全員退団となった。同学年十人いたうちの七人が退団となる異常事態だった。それほど問題視したんだと思う。

 チームプレーができない奴はサッカーをする資格なしと判断された。

 俺は泣きながらロッカールームを出ていくやつらに言ってやった。


「キーパーだった奴にポジション奪われるような奴らが実力もないくせにプロになんてなれると思ってるのが甘いんだよ。勝てないと分かったらイジメして勝ち誇ってるようなやつらを一瞬でも仲間だ、親友だと思ってた俺を殺してやりたいわ」

 そう言ったあとはじめて涙が出た。

 その後にそいつら全員と殴り合いの喧嘩。

 まあ七対一で勝てるわけがない。最後の方は一方的に殴られ蹴られ、コーチが入ってきた時は入院が必要な程度の怪我でもあった。

 見舞いにきてくれたチーム関係者に心から謝罪された。

 暴行を起こしたやつらはチームからプロ契約するかも知れない選手に対して働いた暴行は罪が重いとして訴える準備、慰謝料の請求も辞さないと聞いた。

 喧嘩をした奴ら全員が親と共に謝罪にやってきた。誰々に騙された。お前を辞めさせれば上に上がれると言われた。俺はお前と今でも友達だと思ってる。この子の事を思って訴えを取り下げて欲しい。

 言うことは大体一緒だった。

 もう余計何もかも信じられなくなっていった。

 怪我よりも俺の心が折れた。

 もうポッキリ折れた。

 俺はユースにはあがれた。

 事情が事情なだけに、今も怪我の治療としてリハビリ中という事になってるし、かなり丁重に扱ってくれている。けどこれから先どうするかは未だに悩んでいる。


 入院している時に、チーム関係者とは別に見舞いに来てくれた人に長富杏香がいた。

 しかも一人で。

 姉の友達だと言うこと。サッカーが好きだと言うこと。若い世代も見ていて、自分の目が間違ってない事を数年後に知ったり出来るのが楽しい。色々話した。初めて会ったとは思えないほど話した。ただ、この頃はもう人のことなんて信用しない、出来ないと思っていたから、心から笑う事は出来ていない。


 そんな俺を見て長富杏香はうちの学校来ないか?って誘ってくれた。

 何度も見舞いに来てくれて、学校のいいとこも悪いとこも全部説明してくれた。かなりレベルが高い学校だから、現在の成績だと三段階はアップしないと厳しいと。

 俺の姉に勉強法や試験対策などの資料を渡してくれ、入院期間中も退院後もひたすら勉強した。

 元々秀才の姉の弟だけあって、理解してからは成績はガンガン上がっていき、入試も真ん中の順位くらいで合格する事ができた。

 学校も合格したし、サッカーも辞めよう。そう思っていた時に長富杏香から才能があるんだから無闇矢鱈に手放すなと言われた。

 この人の言葉を信じてみようと思った。

 別に騙されたっていいと思いながら。


「ま、こんな感じかな。今は先生のこと心の底から信頼してますよ!なんでここの支払いはお願いします!」

 って嘯いた。で、佐藤愛子を見ると手で顔を覆って、泣いていた。

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