第16話

「クラス委員の見回りってさ、実の所何すりゃいいわけ?万引きしているやつとか見つける?他校のやつらと喧嘩とかしてたら加勢?それとも物陰でイチャイチャしてるやつを隠し撮り?」


「なんでうちの学校の人たちがそんな変なことする前提なの?歩き回ってるだけでいいのよ。何か困ったことがあれば向こうから聞いてくるだろうし。私たちで解決出来なければ先生に連絡をするのが私たちの役目よ」

 なんだかよく分からないけど、ま、要は適当に楽しみつつ何か困っている人を見つければ助けてやれって事か。

 本当はエアコンが効いた何処かで適当に時間を潰したいのが本音だが、暑さに負けない丈夫な体を持ってるので、東西南北困ってる人のために駆けつけてやる事が出来るそんな人間に俺はなる!


「たっちゃんが今何考えてるかよく分からないけど、クラスの人たちから相談受けたら聞いてあげましょう」

 俺ってばケンシじゃなくて今日から宮沢さんちのケンジモードに突入か?なんて考えながらウンウンうなづいてるのを見た佐藤愛子が、キモい者を見る目でそう言ってきた。

 あからさまなその目は時々本当に傷つくからやめた方がいいと思うよ。君のファン減っちゃうよ。


「で、次はどこ行く?スタバとかで相談コーナー開設しながらなんとかフラペチーノとか飲まない?」


「せっかくこの時期だから紫陽花見れるとこな行きましょう」

 俺の意見は完全無視なすでに軽くお怒りモードに入ろうとしてるようなので大人しくします。


 調べてみると紫陽花が綺麗なとこはいくつかあるようなのだが、大仏で有名な高徳院のそばにある長谷寺が紫陽花が綺麗だと書いてあるので再びの江ノ電。


「ねーねーあんま大きい声で言えないけどさ、寺見るのに金払って、紫陽花見るのにまた金払うってなんかボラれてない?紫陽花なんかあそこの公園でも咲いてるじゃん」

 チラッと俺の顔を見たのだが、軽い嘆息。


「写真撮って」

 俺のことをボディーガードだと思いだしたのか、感情が全くない声で命令してくるお嬢様。

 携帯を俺に渡し、紫陽花の前でピースサインをして待ってる。

 世知辛い世の中の話には佐藤愛子お嬢様は興味がないらしい。

 別途料金など払ったからには俺も写真とか撮らないと元が取れないか?…


「ね、一緒に撮る?せっかくクラス委員で二人で回ってるから。たっちゃんが嫌ならいいけど…」

 俺と接するときずっとそんな照れ屋さんみたいな奥ゆかしい感じでいてくれたらいいのに。恥ずかしいとか言いながら俺に話しかけられない感じだと尚更嬉しい。


「誰かに撮ってもらうか」

 そばを歩いてるカップルっぽい人たちにお願いした。髪の毛で目が見えないのも何だか申し訳なくて、髪を軽くかきあげる。


「二人とももっと近く寄ってー見てみて、すごい可愛いこの子達」

 なんか大人のカップルに揶揄われてるんですけど、照れ屋の佐藤愛子さんが恥ずかしがるやめてあげて…


 顔真っ赤にしてぺこぺこお礼を言ってる佐藤愛子。写真を見て嬉しそうにしてくれているので一安心。

 上の方に登っていくと遠く海が見え、興味がなかった俺もそこからの景色は綺麗だと思った。


 高徳院の大仏も見に行こうかと思ったが、昼近くになり、途中放流した長富杏香に連絡してみるかって事で今は江ノ島に向かっている。

 左に江ノ島海岸。右に鵠沼海岸を見ながら橋を渡り、食事処が並ぶ坂道をゆっくり登って行く。

 少し後ろに着いて来る佐藤愛子もお腹が減ってきてるようで、生しらす丼のサンプルをマジマジと見ていた。


「お前はそれを鯨の捕食のように何千匹一気に食べたいんだ?」

 ムッとして坂道の先を行く俺を睨みつけ


「言い方」

 睨みつけているのだが、吹き出すように笑っていた。


 有料のエスカレーターに憤慨しながら上まで登る。途中江ノ島神社でお参り。


「なになに?中の宮?この上が奥の宮?ん?一番最初のとこが金運だったのかよ!…戻る?」

 佐藤愛子はチラッとこちらを見るが、いつものように無視されて、てけてけと何かを購入。

 お守り?絵馬?


「なんか願掛けか?ここの御利益は何なの?」

 掲示板みたいなもがないかとキョロキョロしてみたが、佐藤愛子に一蹴されてしまう。


「たっちゃんにはきっと縁がないものよ。すぐ書き終わるから、あそこの日陰で何か飲み物でも飲んでいれば?」

 へいへい。って自動販売機で水を購入し佐藤愛子には茶色のお茶を買ったあげた。

 親戚なら好み似てるだろ?って安易な考え。

 生い茂る木々のおかげでそこかしこで日陰になっている。場所を見つけ休憩。

 ボケーっと見上げていると何やら動く物が。

 じーっと見てるとリスである。

 佐藤愛子にも教えてあげようと彼女を探すと、ちょうどこちらに歩いて来るところ。


「早く、早く」

 俺のただならぬ雰囲気に小走りで来た佐藤愛子。ほらって指を差す方向を見て首を傾げてる。ほらあそこ、あそこ。


「リスだ!すごい、すごい」

 やっとそれを見つけ、見つけられた事がよほど嬉しかったのか、俺の腕を取ってぴょんぴょん跳ねてる。

 近くない?腕を組んでぎゅっとされるとちょっと柔らかいから離れて欲しい…ま、離れなくてもいいけどさ。

 俺がさっきしてたように興奮しながらリスの方向を指差して、大興奮。

 ほら!ってこちらを向くと、そこで初めてすごく近くに顔がある事に気付いたのか、動きが固まりパッと離れた。


「ごめん…」


「いや、大丈夫」

 なんか手持ち無沙汰になって、先程買ったお茶を手渡した。ありがとうとぼそっと言って佐藤愛子は下を向いてしまう。


 その後は頂上にたどり着くまでなんだかお互いに恥ずかしくて無言。エスカレータに乗って楽して上まで向かっているはずなのに、なんでか汗が出る。

 髪の毛も鬱陶しい…

 曇天でここまでまったく役に立っていなかったサングラスをショルダーバックから取り出し、ヘアバンド代わりに髪を上げる。

 俺の前に立ってる佐藤愛子が振り向き到着する事を教えてくれたのだが、振り向いたと思ったら凄い勢いで顔の向きを前に戻した。

 そんな恥ずかしかったのならリス如きであんな燥がなければよかったのに。


 ま、ちょっと得した気分になったので、今度はもっと違う動物を発見しよう。


 江ノ島神社の頂上に出るとそこは360度オーシャンビュー。

 天気がいい日だったらすごく感動しそう。

 佐藤愛子は携帯を取り出すと電話をかけている。

 相手は長富杏香っぽい。

 返事をしながら進んでいく佐藤愛子。距離が離れていったので仕方なくその辺をプラプラしながら海を眺めていた。

 奥に見えるのがキャンドルなんとかってやつか?展望台なんだか灯台なんだかどっちだっけ?手元にあるプリントを見ると両方とも正解。展望灯台なんだとか。


 フェンスにもたれかかり海を満喫。

 ボケーっとしていると、突然背中を叩かれてびっくりして振り向くと、ちょっと本気で怒っている顔を赤くした佐藤愛子が立っていた。


「なんで着いてこないのよ。後ろにいるもんだと思ってずっと話しかけてたじゃない!」

 え、知らないよ。え?俺が悪いの?着いてこいなんて言われてないよ。その前に振り向けよ。


 ぷりぷりと怒っている佐藤愛子に着いていくと、長富杏香が待っていたのは植物園の奥にあるレストランだった。


「何ここちょーオシャレ!入り口でなんか入場料取られたけどちょーオシャレ!凄い周り全部海でちょーオシャレ!」


「ちょっと、恥ずかしいから静かにしてよ。杏香ちゃんも注意してよ本当恥ずかしい」

 長富杏香は楽しそうにケラケラと笑っている。ま、あんま茅ヶ崎彩音の真似してたら怒られそうなのでこの辺で…


「腹減っただろ。ま、ここ軽食しかないから男子には物足りないかもだけどな」

 メニューを見るとパンとケーキしかない。あからさまな顔をしていたのか、二人に笑われる。

 手首を返し時間を確認する長富杏香


「あと4〜50分後には解散になるからな。その後なんか食べに行くか?」


「いいっすね!やっぱガッツリ肉ですかね」


「この間焼肉に行ったばかりじゃない。イタリアンとかは?」


「先生の奢りで横浜の中華街とか行ってさ、満漢全席とか食ってみようよ。マンガでしか見た事ないからどんな料理か知らないけど」

 何それって笑う佐藤愛子と、ここの料金もお前が払え、全員分お前が払えと言う長富杏香。

 ちょーオシャレなレストランでちょー美人な二人とランチなんて、完全にクラスメイトAでは無くなってきてるよなって嘆息。

 俺、この先ちゃんとやっていけるかな。普通に、普通に、何事もなくこの学校を卒業したい。卒業して大学に行って。

 その先はどうなるかなんて分からないし、今は特に未来を見ていない。

 ただ…

 この時間がすごく楽しいって感じている俺がいるのが、なんだかずるい気がして、自分のことが、嫌いになった。

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