第18話
『先生なんとかしてよ。姪っ子でしょ。泣いてる女の子慰めるほど俺乙女心なんて分からないよ』
LINEで長富杏香に訴える。
『お前が話したんだろうが!何とかしろ!むしろ何とかしろ!この子こうなると本当長いぞ』
『佳奈美ちゃんに買った鳩サブレあげれば機嫌治るかな?』
『治るわけないだろ!ていうか佳奈美のお土産鳩サブレはやばくないか?それ喜ぶの愛佳さんの方だろ?』
『年齢関係なく鳩サブレは皆に愛される銘菓ですよ』
泣いている女の子を挟んで目の前にいる人物とLINEしている異常な環境にはたと気づき、長富杏香を見ると、顎を佐藤愛子の方に振っている。どうやら行けって事らしい。
「泣くなよ。お前に泣かれるとこっちまで悲しくなってくるからさ。もう昔のことなんだから」
隣に座り、そう言葉をかける。なんか手が動いてるのが目の端に見えたので、顔を向けると、長富杏香が手で頭を撫でるジェスチャーをしている。
えー俺そんなイケメンみたいなこと出来ないんですけど…今かけた言葉でもいっぱいいっぱいなんですけど…
佐藤愛子の頭に手を置いた。一瞬ピクッと震えた後、俺にもたれかかってきたので、そのまま頭を撫でてやる。
なんか今の俺絶対クラスメイトAがやらない事やってる気がする。
しばらく撫でてやると落ち着いたのか、長富杏香から渡されたハンカチで涙を拭っている。
「あまりゴシゴシ拭くなよ。ハンカチで目を押さえるだけでいい。押しつけると目が腫れるぞ」
長富杏香は佐藤愛子の顔を上げさせると、先程渡したハンカチを取り上げ、押さえるように涙を拭いてあげていた。
「なんかゴメンな泣かさせちゃって」
あとドサクサに紛れて髪の毛触ってゴメンなさい。めっちゃサラサラしててすごく気持ちよかったです。
「聞かせてくれって言ったのに泣いちゃってゴメンなさい…だって、たっちゃん…」
「ほら、もう泣くな。集合の時クラスの奴らになんか言われるから」
だって…そう言うとまた涙が出てきてる。
視線を感じて長富杏香を見ると、また泣かせたって顔で呆れている。
人のために泣いてくれる。人のために怒ってくれ、人と一緒に笑ってくれる。
佐藤愛子は優しい子だ。
この子も色々あったと長富杏香は言っていた。俺が目立たないように、目立たないようにしているのとは逆で、学校内で誰もが知るくらい目立っている。
長富杏香が言っていたように、佐藤愛子にも陰陽があるはずなのだが、学校ではつねに陽で、ヒロインとはこうあるべきだと誰もが憧れるくらいで、輪の中心で皆に優しい眼差しで微笑んでいる。
俺と違って芯がしっかりあるのだと思う。
きっと俺はそんな彼女と1年以上隣の席にいて、気がついたら目で追っていて、いつのまにか憧れていたのかもしれない。
「とりあえず佐藤はここで待ってろ。何か聞かれたら皆にはうまく言っておいてやるから」
長富杏香が立ち上がり、目で行くぞと合図してくる。頭を撫でていた手を離し
「行ってくる」
そう告げると、小さくコクっと頷いたのを見て立ち上ががった。
行こうとした時に、俺の薄手のネルシャツの裾を掴んでいる佐藤愛子がいる。もう一度頭を撫でると涙が今に溢れそうな瞳。顔を上にあげて
「言いたくない事言わせてゴメン…なさい」
そんな事ない。事実少しスッキリした自分がいるんだ。だから
「聞いてくれてありがとう」
そう言って微笑み、踵を返した。何歩か進んだ時、あれ?俺今めっちゃキモいこと格好付けて言っていたかも…
聞いてくれてありがとう!ニコってなんだよ。
恥ずかしい…
なんだか逃げ出したくなって、少し先で待っていてくれた長富杏香に小走りで駆け寄った。
「じゃあ、全員いるみたいだから三組はここで解散だ。明日は通常授業だからな。遊びすぎて疲れ残すんじゃないぞ」
各々が散らばっていった。半田和成に手を上げ別れの挨拶。この後カラオケなんだけどよかったら行かない?って誘ってくれる優しい男前。この後今日の議事録纏めないと行けないからと断ると、クラス委員ってマジ大変だなと同情してくれた。
本当マジ大変。
変わって欲しいわ。
茅ヶ崎彩音がテコテコと近づいてきて
「佐藤さんはどしたの?」
そう言ってキョロキョロしてる。
「なんか歩き疲れちゃったのか寝ちゃってさ。先生もいいって言うから置いてきたよ」
「何それ。ちょーかわいい。そばにいたら膝枕してあげたのに。そー言えばケンシ今日は髪の毛上げてるんだね?ずっとそうしてればいいのに」
背伸びして俺のサングラスを奪い、落ちてきた前髪をかき上げる茅ヶ崎彩音。いやいや。めっちゃ近い。ちょー近いから。
「ほらカッコいい」
あーそっか。さっき見たリスみたいなんだこの子。なるほど。と一人目を瞑りリスを回想。ウンウン納得してるとガシッと腕を組まれ
「ねー今から水族館行こうよ!クラゲみたいしイルカ見たいし。ねー行こうよ。きっとちょー楽しいと思うよ」
いや、行かないし。ちょー柔らかいけど行かないよ。佐藤愛子より柔らかいなって思っちゃったけど行かないよ。
「私といる時はいつもつまらなそうにしているけれど、茅ヶ崎さんと仲良しなのね」
その硬質な声にびっくりして振り向くと、ニッコリと微笑む佐藤愛子が立っている。
しかも泣いたせいで目が少し腫れぼったくなっているからか、ちょー目が怖い。笑ってない目がちょー怖い。
「あ!佐藤さんだー寝てたんじゃないの?なんか目が腫れてない?寝過ぎちゃった?でもちょー可愛い」
俺の腕を離し、今度は佐藤愛子と腕をガッツリ組んでいる茅ヶ崎彩音。俺を睨み付けていた視線も、茅ヶ崎彩音の柔らかさも、諸々と脱出成功。
「そ、そうなの。なんか少し疲れたのか寝ちゃっていたみたいで、鏡見たら目が腫れてて、恥ずかしい…」
「大丈夫だよ!それでも佐藤さんちょー可愛いから。腫れてるのにそんな目が大きいなんてちょー羨ましいよ」
なんかもうここまで来ると誉めらてるのに悲しくなってくるまである。誉め殺しってやつですかね?茅ヶ崎彩音恐るべし。
「佐藤さんもケンシと一緒に水族館行こうよ!イルカとかクラゲとか見に行かない?」
そこで俺の存在を思い出したかのように先程と同じ冷たい目で
「あら冴木君はこの後議事録や始末書や会計書類を纏めないと行けない仕事があるにも関わらず可愛い女子に誘われて舞い上がってしまったのかしら?いいわ。あとは私がやっておくのでデートしてくれば?こんな可愛い子に冴木君が誘われることなんて早々ないだろうし」
あれ?なんかやらなきゃ行けないこと増えてない?なんだよ始末書って。今のこの状態のこと?俺始末されちゃうのか?
「そんなことないよ。ほらケンシってばこうして髪の毛あげるとちょー格好良くない?背も高いし。普段からこうしてれば絶対モテるのに。佐藤さんもそう思わない?」
「そ、そうね。少しは見れるようになるかもね」
君たちの議論の対象にしないで欲しい。
それとすぐ近くで密着しながら髪の毛触らないでくれ。さっきからドキドキが止まらないんだから。
「あれだよ。佐藤さんも言ってるように色々と書類を今日中に長富先生に渡さなきゃいけないから、俺たちは解散になってないんだよ。また今度誘ってよ。本当ゴメンね」
「そっか、なら仕方ないか。じゃあ半田たちのとこ合流してカラオケ行くかな。二人とも仕事頑張ってね!」
結果嘘をついてしまったことは胸にちくりと痛む。
見えなくなるまでずっと手を振ってくれていた茅ヶ崎彩音。
未だ彼女が行った方向を見続けていた。
なぜ?隣で確実にこっちを睨み付けてる怖い目をした佐藤愛子がいるからです。
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