第15話

「痴漢どころか余裕で座れるんだけど」

 隣に座る佐藤愛子をチラ見する。


「向こう着いたら沢山歩くと思うから、今座れるのはラッキーだったね」


「考えりゃ分かるんだけどさ、都心とは逆に向かう電車なんだからそこまで混んでないよね。俺のボディーガード要らなくないですかねお嬢様」

 軽いため息。わざとらしい蔑むような目。


「私と一緒に電車に乗っているのがそんなに不服?たっ…冴木君が現地で迷子にならないように今からこうして付き合ってあげてるんじゃない。偶然同じ電車に乗れたことに感謝して欲しいくらいだわ」

 途中で名前の呼び方を変え、二人でのくだらないやりとりも声質も途中で変わったので、ん?と思って顔を前方に向けると、半田和成たちと茅ヶ崎彩音たちのグループが乗って来ていた。


「佐藤さん!あ!ケンシもいる!おはよう。うわー佐藤さんの洋服めっちゃ可愛い!そのバックもちょー素敵!何より着てる佐藤さんがちょー可愛い!」

 うわーちょー賑やか。ちょーよかったこの子たちと最初から一緒の電車じゃなくて…


「おはようございます。茅ヶ崎さん、半田くん」


「おはよう。冴木、佐藤さん。同じ電車だったんだ?茅ヶ崎お前はもう少し静かにしろよ」


「なんでよ半田たちだって駅でそれなりに騒いでたじゃん」

 うるさかったよねーって茅ヶ崎彩音with愉快な仲間たち。


「皆さんとおしゃべりしてると楽しいですが、やっぱり公共の場所ですから静かにしましょう。ね、茅ヶ崎さん」

 口元に手を当て笑っている佐藤愛子。佐藤愛子の言うことは何故か聞く茅ヶ崎彩音with愉快な仲間たち。


「ケンシは佐藤さんとどこから一緒だったの?私もそっちから乗ればよかった」

 俺の隣に座ってきてため息。わざとらしく不貞腐れて、足パタパタして、小動物みたいで、うるさく無ければ可愛いのになこの子。


「そうね。次は一緒に行きましょう」

 微笑みながら茅ヶ崎彩音に提案。勿論大喜びの小動物。この子獣人だったら今ごろ尻尾ブンブン振ってるんだろうな。ケモナーの気持ちが少しだけ分かる気がした。


 半田和成、茅ヶ崎彩音が合流してから、10分ほどで終点駅で集合場所でもある片瀬江ノ島駅に到着した。


「クラスごとにとりあえず集合しろ。クラス委員は点呼とれよ。説明は全員集まってからするからな」

 普段よりかなりラフな格好だが、元々背も高いし、スタイルもいいので夏っぽいホワイトジーンズがよく似合っていた。


「佐藤と冴木龍臣は点呼取りながらこのプリントと一日乗車券を配ってやってくれ」

 江ノ電と呼ばれる電車の一日乗車券と神社仏閣の位置などが載ったプリントをそれぞれに配布。全員がいることを報告した後に長富杏香の説明があり、遠足のスタートとなった。


 三々五々になって各方面に散らばっていくクラスメイトたち。それを見送ってポケーっとしてたら


「じゃあ行こうか」

 って長富杏香が言ってくる。え?何?佐藤愛子だけでなく先生とも一緒に行動しなきゃいけないの?

 先生に監視されながらなんてもう遠足じゃなくて完全に仕事じゃん…


「これって俺に自由行動とかはない感じですか?」


「たっちゃんに自由に行動して良いよなんて言ったら帰るでしょどうせ」

 ぐぬぬ…当たっているだけに言い返せないし。あ、でも鳩サブレーは買っていくけどね。


「とりあえず鶴岡八幡宮でも行くか?大仏殿でもいいけど。お前たち二人はどっちがいい?」

 ニコニコしながらプリントを見てる。何でこの人が一番ノリノリなのかがよく分からない。


「見廻らなきゃ行けないのなら三人別々の方が効率良くないですかね?そうなると俺は藤沢方面に…」

 言いかけてる途中で二人からの凄い貶んだ目に恐怖を覚え言葉を切る。そう言う表情した時もあなたたち二人そっくりです。


 鎌倉に向かうことになり、江ノ電で移動することに。

 海沿いの路線に入った時、ドア付近、俺の向かいに立っている佐藤愛子がキラキラした目で車窓からの海を見ている。

 佐藤愛子の隣に立った長富杏香の腕を引っ張りながら、海を指差し、何かを笑いながら話しているがよく聞こえなかった。


 指差した海の方を見ると、曇天だが低気圧が入ってきてるわけでもない海はどこまでも穏やかで、流木のように浮いているサーファー達は暇そうに漂っている。

 時々浜辺に向かって移動しているサーファー達は、ここからでは見えない波と格闘しているのかもしれない。


 鎌倉駅に着くと、クラスメイトが何人かいたようだが、俺が全く知らない人たちだと言うと、二人してびっくりしていた。


「こっちの商店街通りじゃなくて本道みたいなとこ通らないと鳩サブレー買えないんだけど」

 抗議の声も耳に入ることはなく、まるで姉妹のように色んな店を仲良さそうに覗いている。

 あーこれぜったい俺要らないやつだ。

 少しずつ距離を取って、ゴメン迷子になった…って戦法で行くかと心に決めたとに、ガシッと腕を掴まれる。


「たっちゃんが考えてることなんてだいたい分かりますからね」

 ニッコリした佐藤愛子。でも目が笑ってなくて本当怖いからやめて欲しい…


「とりあえず歩き疲れたしどっか入りません?暑いし」

 無視。

「あ!あそこの店なんて良さげじゃないですか?暑いし」

 無視。

「あ、じゃあこの人力車に乗って鶴岡八幡宮まで行きませんか?暑いし」

 どうせ無視されると思って適当に話してたら、驚いた顔をしながら乗りたい、乗りたいってノリノリの佐藤愛子。

 いやいやいや。あんたさっきまで俺の声完全に無視してたじゃん!何でこんな公開処刑みたいな乗りもの乗ろうって適当に言った時だけ聞いてるんだよ。


 なるべく力弱そうな人に何人乗りか聞くと二人乗りとの事。ラッキー。


「二人乗りらしいので、俺後から追っかけますよ。レディーファーストです。ささ、どうぞ乗って行ってください」


「いや、お前ら二人で行って来い。私はまだこの辺の生徒を見ておくから。昼飯くらいに報告も兼ねて合流しようか」

 サムズアップは佐藤愛子に向けている。あれか?俺にはそんなお前の策略の裏を行ってやったくらいの感じなのか?クソーッ騙された…


「ね。めっちゃ注目されてて本当恥ずかしいからさ、この辺で降りない?ほらタクシーとか乗っててもさ、運転手さんにあ、この辺で大丈夫です。とか言う時あるじゃん。あれと同じでさ、なんかもう鶴岡八幡宮見えてきたんで大丈夫ですみたいな。ダメですね。はい…」

 嬉しそうに周りをキョロキョロしながら写真を撮ったりしてる時に抗議したからか、段々と機嫌も悪くなって行って、ため息を吐かれた後、何故か突然手を握られ


「静かに乗ってようね」

 まるで子供を叱るかのように優しく微笑みながら。でも…

 うん。分かりました。

 目がめっちゃ怖いんで、俺、今から静かにします。

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