第14話

 もしもの時ように前日にセットしたアラームは、少し掠れた声でうるせえうるせえと携帯から音楽が鳴り響いている。

 わかってるよ、起きますよ。うっせえなって思いながらアラームを切った。


 時刻は6時少し前。

 寝室のカーテンを開けると窓の外はどんよりと曇っていて、今日の降水確率は30%と携帯に表示されている。こんな空模様だが、雨は一日降らないらしい。

 六月も半ばに入り、梅雨も佳境を極めているはずなのだが、今年はそこまで雨が降ることが少ない。


 それにしても。

 高校生になって遠足って他の学校でもあるのだろうか。

 朝から現地集合して決めた班ごとで行動しましょうって。

 学校に行かないで現地集合、現地解散でいいのなら、いっそのこと休校にして行きたいやつは仲良しのお友達誘って遊びに行こうよ!って企画の方がいいと思うのは俺だけだろうか。


 当然そんな企画があったとしても俺は絶対行かないけど。


 本当この学校は授業以外のイベントが多すぎる。平日は四限まであって、一コマ九十分。

 土曜日も隔週で授業。

 どこかの大企業は週休三日を謳っているとこすら出てきたと言うのに。

 この学校の教師の仕事環境が真っ黒なのを見ていると、働くって大変なんだなと目の当たりに出来る。

 もしかしてこれも未来の労働者への授業の一環なのだろうか。


 本日向かう先は、海があって山があって、歴史的建造物やお寺があって、どちらが大きい?とかよくクイズになる大仏がいて、水族館があって、そこを曲名にしたり、ドラマやマンガの舞台になったりするものだから、南国の島のようなビーチリゾートを想像して到着すると、あれ?近所の貯水池の色に似てない?って海が広がっている。

 そう湘南だね。


 体育祭が終わった週明け、それこそ俺の周りには人が集まり根掘り葉掘り聞かれたが、あの時飲んだ頭痛薬がドーピングの代わりになったのかな。とか、

 もしかしたら俺気づかないうちに異世界から転生して来てたのかも…とか、

 二周目の人生なの内緒なとか敵当にはぐらかしていた。

 因みに一周目の人生では、なんとかボルトだった。

 からのまだ死んでないだろあの人!までが鉄板ネタだったのだが、三回目以上はまたそれかよくらいな目で見られたのは、相手にされない計画の綿密な計算超えて嫌われ街道に突入したのかもしれない。


 後は授業が終わるとすぐに、教員用トイレだったり、裏庭だったり、屋上階段の踊り場だったりと人がいなそうな場所へダッシュで教室を飛び出し行方をくらます。

 そんな事をしていれば俺が話題の中心になる事も少なくなっていき、ま、だいたい前のような平穏な日々に戻りつつあった。


 半田和成と茅ヶ崎彩音だけはいまだことある事に、陸上部に誘ってくるのだが、俺の貴重な放課後の時間を奪わないでくれとなんとか断り続けている。


 今日の遠足も未だに構ってくれる半田和成や茅ヶ崎彩音に、一緒に現地まで行こうよって誘われたのだが、移動中の会話が辛そうだったのでやんわりとお断りさせて貰った。


 遠足前日。佐藤愛子の妹の佳奈美から


『お姉ちゃんが凄く楽しそうに洋服何回も着替えてるんだけど、まさかたっちゃんお姉ちゃんとデートじゃないよね??』

 と、お怒りキャラクタースタンプ。これ何の動物を模したキャラなんだ?犬だか猫だかタヌキだか分からないキャラクターだ。


 遠足だよ。お土産買ってこようか?って聞くと先程と同じ動物のキャラクターが小憎らしくお願いしているポーズのスタンプが来た。後から聞いたらラクダなんだとか…

 小学生の女の子に銘菓鳩サブレーは怒られるだろうか。

 ちなみに俺は頭からがぶりと息の根を止めるように食べ始める派です。


『いいなー私もたっちゃんと水族館とか行きたい』

 いいよ今度行こうかって返信してしようとして、あれ?これ世間一般的に小学生とお出かけなんてまずいよなって気付き、今度みんなでお出かけする時俺も呼んでねって多分セーフな回答をする。


 最近お出かけって全くしていない俺は私服というものをほとんど持っていない。

 だいたい学校の制服とかジャージのみで事足りちゃう。

 学校の遠足なんだから制服にしろよ!って本気で思ったのだが、そう思っているのは少数派らしく、クラスの奴らは私服で遠足を楽しみにしているらしい。


 ジーパンに白系のTシャツに赤系のネルシャツ。湘南って事で、サーフ系にも見えるかもなスタイルで纏めたつもりなのだが、これボタン上まできっちり閉めればアキバでも通用しちゃう?っていう完璧なコーディネート。

 クラスメイトAのくせにあいつ目立ってない?って思われた時は上まできっちりボタンをして江ノ島辺りで壺焼きでも食べながら人生の侘び寂びを一人考えていようかと思ってます。


 班決めの時に意外と人気者だった俺。色々と誘われたのだが、何でもクラス委員は風紀のチェックのための見回りがあるらしく班として行動できないのだとか。


 何で遠足にまで行って仕事しなきゃいけないのか意味わからん。

 俺このままこの学校で働き続けたら、校長先生にでもなっちゃうかも。

 佐藤愛子がいるから教頭先生止まりかってロ働き続けて偉くなったらさらに働かなきゃいけなくなったよみたいなロバートフロストの言葉で皮肉ってみる。


 斜め掛けした大きめのショルダーバックに念のため折り畳み傘も入れ、玄関を出た。


 家からの最寄駅は二つあるのだが、今回向かうのが湘南方面なのでそちらへと足を向けた。

 駅までは徒歩で約15分。

 ちなみに学校に行く際はもう一つの路線の駅を使っている。

 携帯のアプリを使い、最適な乗り換えなどを調べたり、昼は何食おうかなとか調べながら歩いている。

 あれ?俺、意外と楽しみにしてたりするのかな…


 駅、改札口への階段を登ると知っている顔が携帯で時間を気にしたり、辺りをキョロキョロとしている。

 髪は体育祭の時以来見たことがないポニーテールで、ちょっと長めのスカートにノースリーブ。腰まであるサマーカーディガンを軽く羽織っている。初夏らしいその格好に真っ白なスニーカーがこれまた似合っていて、美人って何着ても似合うんだねとしか言いようがない。


 改札を抜ける男で彼女の事を見ない奴はいないんじゃないかと言うくらい注目を集めている。なんだあのお嬢様…


「誰かと待ち合わせか?」

 彼女の死角から近づいたつもりはなかったのだが、声をかけられるまで気づかなかったようで、ビクッとしてこちらを振り向く佐藤愛子。

 挨拶してくることもなく、値踏みするかのような視線を感じる。


「たっちゃんって学校の制服とジャージくらいしか見たことなかったけど、意外と普通の格好も出来るのね」

 人を何だと思ってるんだ。だいたい合ってるから何も言い返せないけど。


「誰か待ってるんだろ?じゃあなお嬢様。俺先行ってるわ」


「は?何言ってるの?たっちゃんを待ってたんだけど」

 え?俺お前と待ち合わせの約束なんてしてないよね?お前の妹にお土産買ってくる約束はしてるけど。そもそも俺がこの駅使わなかったらどうするつもりだったんだよ。


「クラス委員でどうせ現地でも一緒に行動しないと行けないんだから、今から一緒に行ったほうがいいと思う…そう思わない?」

 何だその無理やりのこじつけ理論。

 妙案でしょ?みたいな顔してるけど間違いなく話しながら今思いついたよね?

 向こうで合流すりゃいいだけであって、ここから一緒に行く意味がわからない。


 あれか?家に着くまでが遠足ですってよく聞やつの逆で、家を出発したらもう遠足です!って感じなのか?


「ほら。朝は通勤ラッシュとか痴漢とか怖いし…ここの駅から乗るの私たちだけだし…」

 学校へ行くときの最寄りの駅だと、佐藤愛子とは同じ駅にならないのだが、湘南方面となると彼女もここの駅を使うのか。


「お前はお嬢様だからボディーガードが必要なの?ま、いいけどさ。家から出たらもう遠足は始まってるんだぞ!って言うからな」

 先程思いついた理論をドヤ顔で言ってみたのだが華麗にスルーされる。

 悲しくなんてない!って自分に言い聞かせて券売機でICカードにチャージ。

 改札口を通り抜け遠足のスタートである。

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