第9話
全体練習や種目別練習などを経て、体育祭前日。
製作物も各クラスだいたい出来上がっているみたいで、明日からの二日間の祭りを後は楽しむだけって雰囲気が私たちのクラスにも漂っている。
ヒョロッとして見える高めの身長。
少し長めで天パなのか、パーマをかけているのか、寝癖なのか分からない無頓着な髪型。それのせいで目も隠れているし、少し猫背気味に歩く姿だったりだとか、ボカロに歌わせてたくせにそれを作っていた本人の方が歌が上手いあの歌手そっくりな出立ちの彼。
種目別の練習日、
男女混合リレーの練習に一緒に参加したのだが、他のクラスや他の学年の人達からケンシってあだ名を付けられている
。
顔を隠すように笑っていた私に、笑うなって小声で文句を言う。
他の人たちにはよく言われるんですよって愛想笑いしてたくせに。
夜に近い時間
作業に支障をきたすからと後ろの方にまとめられた机たちはそのまま。一通りの片付けも終わり、皆立ったままのホームルーム。
長富杏香が教室に入ってくると、決起集会さながらに優勝するぞ!って突然大きな声で叫ぶ。みんなの声が揃うまで何度も叫ばされているうちに嫌が上でもテンションが上がってきた。
楽しみって声と憂鬱って声が半々に聞こえて来るが、今日までの練習の成果や大道具、小道具の製作など充実した時間だった。
大声での一致団結もあってか、下駄箱で外履きに履き替えてるクラスメイトは、皆一応に笑顔ではある。
当日の朝。
久しぶりに早くに目が覚めてしまう。
知らず知らずに緊張してるのかも。
制服に着替えるのは少し早いと思ったが、帰ってきてからまた着替えるのも面倒臭いからいいかと独りごちる。
制服の上にウインドブレーカーを羽織りチョコを伴って外に出ると、紫色の空はもうすでになく、暖かな日差しが街を包みはじめている。
お天気アプリを見る限り、今日、明日と予報でも晴天が続く事が分かり、まずはホッと胸を撫で下ろした。
公園に入ると、早朝だと言うのに散歩している人はすでにチラホラと見かけるのだが、最奥にある陸上競技場がある場所まで来ると、人はおらず、だからなのか、クラウチングスタートの体制を取っている彼はすごく目立っていた。
チョコも彼に気付いたのか、リードをグイグイと引っ張り行きたそうにしている。
飼い主失格なのは分かっている。
分かっているのだけれど、私はリードを離してしまった…
駆け寄ってくるチョコに気付いた彼は、人の手に握られていないリードを見て不思議そうにチョコ?といって抱き上げてくれている。
少し緊張している。
あれから一年以上経っているのに、ここで彼に会うのは、まだ二回目だから。
ゆっくりと彼に近づく。
少しずつ近づく私の顔を認識したのか、驚きの表情に変わる彼。
「佳奈美の姉の愛子って言います。ちなみに佳奈美の母ではありません」
不思議そうな顔をしていたが、思い出してくれたのか頭をかいていた。
「だからたっちゃんなのか。佳奈ちゃん以外でたっちゃんなんて言うの聞いた事がなかったからな」
ヘアバンドを外し髪の毛を下ろすと、
「知ってたのなら言ってくれればいいのに…」
そう言ってバツが悪そうに下を向いて苦笑している。
「だって学校とのキャラが全然違うんだもん。何かあるのかなって思うじゃない。もしかしたら双子の兄弟でもいるのかと思っていたわ」
「一年生の最後の方なんて、必要以上のこと全く話さなくなってたのに、突然家族構成聞かれたから何だこいつって思ったんだよな」
確信したのはあの頃?そう問うてきた彼に笑いながら頷く。
「で、米津くん。これであなたがたっちゃんだと私にバレたわけなんだけど、手を抜いたら、私、多分本気で怒るよ。何しろあなたが足が速いのはもうこれで言い訳出来ないのだから」
「誰が米津くんだよ…分かったよ…了解した。全力はだすわ。勝負についても出来うる限り善処する。全力でやって負けた時は、そうだな…まぁ笑ってくれ。多分そこそこ足が速い自信はあるけどね」
普段と違い背筋が伸び、うっすらと浮かぶ汗。
髪をかき上げながら拭う仕草はどこまでも爽やかで、チョコを優しそうに抱いている彼の顔を見たら、心臓の鼓動が僅かに早くなったのを悟られないように、口元に手を当て笑って誤魔化した。
「たっちゃん。後で待ち合わせして一緒に学校に行かない?」
「はあ?嫌だよ。絶対嫌だよ。平穏に過ごしていたのにお前が副委員長になんか指名するせいで変な空気になってるんだぞ。これで一緒に登校なんてしたら四面楚歌になる事間違いないわ」
すごく変な顔で私を非難しているのだが、それすらも楽しい。
「なんだ。残念」
態とらしく手を広げて戯けている私を見て苦笑している。
この時間がもっと続けばいいのに。
そう思っているのは私だけ?
離してしまったリードをチョコ事受け取ると、また後でと踵を返し手を振って行ってしまった。
あの時の彼とは違い、今はもう泣いているようには見えない。
それはそれで自分が彼にとってもう必要な存在ではないのではないのかとからの背中が見えなくなるまでそんな事を考えてしまっていた。
まさか佳奈ちゃんの姉が佐藤愛子だとら微塵も思わなかった。
だからあんなに走れ走れって言っていたのかとある意味納得してしまった。
あそこの公園で練習している時、かなりのスピードで走ってるもんな…
世間は意外と狭い。
体育祭初日にまんまと参加させられている俺は、そんな別の事を考えていた。
プログラムは順調に進んでいってると思う。
俺にとっての最大の山場の玉入れを無難にこなし、一日目最後の種目で、メインイベントらしいクラス対抗男女混合リレーが始まろうとしているが、俺にとってのメインイベントはすでに終わっている為気楽に行けると思っていた。
女子が200m
男子は400m
各クラス男女二人ずつの選出で、各学年女子、男子と走り、一学年十二人ずつ、三十六人で勝敗を争われる。
俺の他のもう一人の男子は半田和成で、事前練習に参加していたやつが怪我した事により、急遽ピンチヒッターとして抜擢されたらしい。聞けば陸上部なんだとか。
あれ?何回も言ってるよな?と半田和成の怪訝な表情。
覚えてなくてなんだかごめんね…
「冴木がこれに出るなんてさ、走ってるイメージ未だに沸かないんだけど、お前にバトンが渡る頃には大差付けておいてやるから安心しろよ」
サムズアップが彼の笑顔にとてもよく似合う。
「マジ頼んだわ」
任せろって笑った彼はどこまでもいいやつなのかもしれない。
女子の方を見ると佐藤愛子と目が合う。
彼女は握り拳をグッとして、口パクで頑張れって言っている。
首を軽く下に振ってから視線を外した。
気楽に行けると思ってたのにな…
体育祭実行委員からの放送が流れると、選手は立ち上がり皆軽い準備運動をしている。
まずは一年生の女子からのスタートになるようだ。
「位置に着いて!用意!」
空砲の音が鳴ると選手を鼓舞するかのような勇ましい音楽がグラウンド全体に轟き、各クラスからの声援もそれに負けないくらい大きな音になって響き渡る。
最初のバトンが一年生の男子に渡り彼等が走り出すと、うちのクラスのもう一人の女子代表選手、茅ヶ崎彩音がスタート位置に向かおうとしていた。
彼女も陸上部らしく、半田和成から陸上部の意地見せろよって応援に舌を出してべーって顔をしながら笑っている。
佐藤愛子も
「茅ヶ崎さん頑張って」
と声をかけると、こちらにはすごく嬉しそうに手を振っていた。
「佐藤さんと俺へのギャップが凄くない?」
悲しそうにしている半田和成に苦笑していた。
俺たちが所属する三組は一年生の頑張りもあって二番手で茅ヶ崎彩音にバトンが渡る。
途中一人抜かした為、一位で戻ってきた茅ヶ崎彩音。
盛り上がる我がクラス。バトンを受け取った半田和成は猛ダッシュする。
俺の手にバトンが渡る前に、本当に大差を付けてくれようとしているみたいだ。
一周目のクラスの前を横切るとき、突風で飛んできたプログラム用紙のようなものに気を取られたのか、半田和成はバトンを落としてしまう。
慌てて拾い上げたものの、差は一気に縮み、抜かされ、三位でゴールラインへ。
「佐藤さんごめん!」
飛び込むように佐藤愛子にバトンを渡すと、彼女はそれに軽くうなずき、猛然と前の走者を追いかけていく。
走り終えた走者が集合している場所で、茅ヶ崎彩音に本気で怒られている半田和成が見えた。
半田和成の事前情報によると、佐藤愛子と同じグループには、陸上部が二人もいるらしく、それが現在の一位、二位。
佐藤愛子も驚くほど速いのだが、中々差が縮まらないのは仕方がないと思える。
それでもトラックを一周するころには二位との差はほとんどなくなるまでになっていたのは流石だと思った。
一位とはまだ20m以上離れている。
スタート位置に着いたときポケットからヘアバンドを出し髪をかき上げた。
「たっちゃん!」
佐藤愛子の叫び。受け取ったバトン。
分かっている。
彼女と目が合う。
バトンを受け取った直後の軽い前傾姿勢から、徐々に起き上がり一気に加速していった。
トラック二周。
このスピードで最後までスタミナが持つかどうか。
最初のコーナーで一人目に追いついた。隣に並んだとき、驚いたように俺の顔を見ていたがそれを気にもせず抜かすと、先程まで二位だった選手とは少しずつ差が開いていく。
一位との差もグングンと縮まっているのが自分でも分かる。
接戦を伝える実況。
盛り上がる応援。
本部席にいた長富杏香が嬉しそうに飛び跳ねているのは見えた。
周りの景色が少しずつ溶け始めていき、あれほど騒がしかった音もやがて聞こえなくなる。
二周目のはじめの方には一位に。
そこで初めて苦しいと感じる。
もう少し頑張れよ俺の心臓。
自分の呼吸音が煩わしいほど大きく聞こえる。
最後の直線に入り、大きく息を吸い込み、そのまま更に加速して次の走者にバトンを渡した。
「ありがとう!」
無事バトンを手渡したところで、一気に音や景色が流れ混んできた。
女性にしてはかなり大きいその人は、バレー部のエースなんだとか。
走り終えた者が集まる待機場に行くと、何故かみんな無言で俺のことを見ている。
「あれ?俺頑張ったんだけど…」
息も絶え絶えに言ったその言葉を皮切りに、肩を叩かれたり、握手されたり、沢山の賛辞をもらえた。
俺と同じグループで走っていた他のクラスの選手には、
「専門が400と800なのに自信無くしたわ」
半田和成に、俺のことを誰だよこいつって聞きながらその彼は落ち込んでいる。
佐藤愛子の顔を見ると、嬉しそうに微笑んでくれているのだが、その笑顔は哀しそうにも泣いているようにも見えるのは気のせいだろうか…
体育座りの姿勢から後ろに倒れると、疲れたって言葉が自然に出ていた。
呼吸を整え、目を瞑る。
最後の走者が走り終えたのか、空砲がなり、この日の全ての競技が終わることを告げていたのだが、俺はまだ起き上がれずにいた。
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