第7話

「いやいやいや。何考えてるんですか絶対無理ですよ。クラスメイトAですよ俺。別に目立ちたくないんですけど」


「出来ないとか、走れないとかは言わないんだな冴木龍臣は」

 言葉どころか息も詰まる。

 長富杏香は去年俺がイベントのほとんどを休んでいた理由を知っている。


 土日に行われた体育祭は病欠をした。

 秋分の日だったか勤労感謝の日だったか、土日に祭日を足して三日間に渡り行われた文化祭はたしかインフルエンザにかかっていたと思う。

 球技大会も二日間とかやってたけど、ちょうど足を捻挫していて見学していた。

 マラソン大会は一生懸命走ったつもりだが、だいたい真ん中辺りの順位だったはずだ。

 クラスメイトAなんだからそんなもんだろう。

 音楽祭は一生懸命歌った。なんの歌だったかは全く覚えていないけど…


「こんなやつを重要そうな競技に出させたら優勝出来ないって佐藤さんも抗議してよ」

 懇願するように佐藤愛子を見たのだが、


「冴木君は800mへの出場が一番良いと思います」

 と真剣な表情で長富杏香に意見している。


「ちょっと、ちょっと…人の話聞いてた?」

 そんな俺の抗議の声も、二人には全く届いていないようで、長富杏香は佐藤愛子をじっとみた後、そうしようとニコニコしながら名前のとこに何十にも丸を書いている。


 怨みがましい目を長富杏香に向けるのだが、それを正面から受け止めてもなんとも思わないらしく、むしろさらにニコニコしていた。

 隣に立つ佐藤愛子はそんな先生の様子をじっと見ていたが


「それでは帰ります。来週もよろしくお願いします」


「ありがとうな」

 それが挨拶になったのか、行きましょうかと俺を伴って職員室を後にした。


 校門を出た辺りで


「なんで何も部活に入っていないの?」

 と聞いてきた。


「忙しいんだよ」

 短い一言だったけど、そっかと理解はしてくれたようだ。


「ところでクラスメイトAって何?先生がその発言を聞き返したりしていないところを見ると、それをあなたたちは慣用句のように使ってるわよね?どういう意味?」


「名前以外は平凡な俺だからさ。目立たないように、平穏に高校生活を送るための役所は、配役名がないその他大勢でいいかなって思ったんだよね」


「なんでそんなこと…」


「昨日の帰り道、俺は心を開かないって、自分もそうだから分かるんだと言っていただろ?」

 そこで一呼吸してから話の続きを待っていると思われる佐藤愛子に向い


「でも似てないよ。俺には少なくとも、おまえがやっているあの真似は出来ない」

 小さく首を何回か振り、言葉を続ける


「輪の中に入ってるように見せるので俺は限界。マリーシアだって気付かれないようにするだけで精一杯なんだよ…」


「マリーシア?」

 最後の方は声に出したつもりが無かったのだが、彼女にはそれも聞こえていたようだ。


「スペイン語でずる賢いって意味。だって、そう思わない?輪の中で仲良さげに見せておいて実はなんとも思っていませんなんてさ」

 そんなやつ。逆の立場なら絶対信用できないと思う。分かっている。冴木龍臣は心を開いてない。

 それは事実だ。

 けど、信用していないから心を開いてないのではなく、信用されないのが怖くて心を開かない場合もあるのだ。


 佐藤愛子は違う。

 彼女も心を開かないことの方が多いのかもしれない。

 けれども彼女のことは皆が憧れや羨望をもって接している。輪の中心になれているのだ。

 俺とは全然違う…


「いつから?」

 短い質問に彼女の顔を見ると間違いなく怒っている顔をしている。

 質問を投げかけているくせに俺の顔をは見ずに地面に視線を落としている。


「小学生の時は…うん、多分そんな事考えたこともなかったかな。完全にそうなったのは中学生の時だ。ある時に絶対的に信頼していた人間の心許ない声を聞いちゃったんだよ。そいつだけじゃない。他にも何人も…でも、俺にだけではなくて、俺の周りのやつら皆んながそんな感じだった」


 毎日が疑心暗鬼の日々。殺伐とした空気。どいつの言葉も薄っぺらく聞こえていた。重要そうな言葉でさえ嘘だったり…


「それはCIAとかFBIとかMI6とかに所属していましたとかいう話なの?」

 呆れたように俺の顔を見ながらお前はスパイにでもなりたかったのか?と問うてきた。


「別に殺しのライセンスなんて求めてないよ」


「安心した。私も冴木姓になったら血で血を洗うような環境に身を置かないといけないのかと思ったわ」

 呆れたように笑うと釣られて彼女も苦笑している。


 それからしばらくお互いに話しかけることもなく無言で歩いていたのだが、


「別にクラスメイトAのままがいいというのならそれでもいいから。全部で本気も出さなくていいから。だから…」


 だから。その後の言葉を彼女は言わなかった。何を言おうとしていたのかは分からないし、それをあえて聞こうともしなかった。


 けれど、なんとなく、なんとなくだけど本気の冴木龍臣を見せてくれと言われたような気がした。


 だから言ったんだ。


「頑張る」

 って。


 彼女の身長は160センチくらいだろうか。

 その答えで満足したのか、彼女の目線と同じ高さくらいの俺の口元を見ながら、よろしくと言われた。


 月曜日。


 その日全ての授業が終わると、下校前のホームルームでクラスに体育祭の種目のエントリーシートが配られた。


「知っていると思うが、一人最低三種目だからな。被るといけないから、第六希望までしっかり書けよ。去年私のクラスになっていたやつは知ってると思うが死ぬ気で優勝を勝ち取りに行くからな。例えどんな種目でも、団体競技以外は全く同じ点数が入るんだ。速く走れなくても、力がなくても、器用じゃなくてもいい。とにかく楽しめ。運動が苦手でも楽しめるようになってるのがこの双葉学園の体育祭のいいとこだからな」

 黒板の前でどこかの帝国の演説かのように優勝するぞ!って叫んでる熱血教師。

 グリグリと丸を書かれた800m走を希望欄に書かなくとも代表選手になっている事は明白だった。


 200mとか400mとかそんなのにまでは絶対出たくない。800mは仕方ないとして、あとは玉入れとか借り物競走とか、謎解き競走とか楽そうなのを適当にチョイスして提出した。


 そんなものを提出した事すら忘れていた一週間後のホームルーム。クラス委員主導のホームルームが五時限目に行われ、そこで決定した個人それぞれの参加種目が発表された。


 冴木龍臣

 400m

 玉入れ

 800m

 男女混合リレー

 その他団体競技と書かれていた。

 俺の隣に立つ美人と少し離れた窓際に立つ美人を交互に見るがあからさまなシカトを決め込んでいる。


 選出された競技の中で、俺が書いたのって玉入れだけのはずなんだけどな…

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る