第6話

 前日とは違い、佐藤愛子が所属しない他の委員会には皆興味がないのか、決まるのにかなり難航した。


 クラス担任の長富杏香はなかなか決まらない委員決めも差したる興味がないのか、委員決めとは関係のないであろうプリントに何かを書き込んだりニヤニヤしてみたりしている。

 自分は自分で違う事をしているからか、特に口を出すことも叱責することもなく、生徒の自主性に任せている風だった。


「職員室でくっだらないおっさんたちの話しに付き合うくらいならさ、ここで若者たちの声を聞いてたほうが全然いいからな」

 彼女の一番そばに立っている俺には、独り言のようなその声も勿論聞こえている。

 こちらを見てニッと笑っているので、むしろ聞かせているのかも知れない。


「決まるまで帰れません」

 佐藤愛子のその宣言に不満の声を上げる者はおらず、むしろ佐藤さんを困らせるな!って言うよく分からない正義感を押し付け合い、時間はかかったがなんとか全委員が決まったところで下校となった。


 当然の如く議事録を纏めている今の時刻は、昨日の二人の下校時間よりもすでに過ぎていた。

 昨日と同じように黙々と作業を進める佐藤愛子に


「さっきは悪かった。調子に乗り過ぎた」

 チラッとこちらを見た彼女と目が合う。


「たっちゃんなんて呼ばれて揶揄われてるようなのが癪に触ったってわけでもないんだけどさ。なんかお前に意地悪しちゃった…かなって」


「たっちゃん少しは素直になれたのね。心開かない同士には逆に心開くみたいな感じなのかしら?」

 ペンを置いた彼女は、軽く伸びをしながらそう言った後、体ごとこちらに向け微笑んでいる。


「だから、たっちゃんって言うなよ。誰かに聞かれたらまた変な誤解を生むだろうが…」

 周りを軽く見渡して誰もいないのを確認してから、囁くように彼女に反論した。


 少しだけキョトンとした仕草をした佐藤愛子は、可笑しそうに笑ったあと、


「皆んながいる前では感情がない目をして、佐藤さんとか、君って言うくせに、こうして二人だけの時はお前って言うの気づいてない?一年生の時からよ。たっちゃんこそ彼氏気取り?あっ!さっさと嫁に来いってことなのかしら?」

 なっ…

 呆気に取られてなんとか出た声だったが、その後の言葉が出てこない。

 輪の中にいる時には見せない意地悪そうにニヤけている彼女の顔は、他のクラスメイトが見たらどう思うのだろうか。


「ま、いいけどね。そうだこの際だから将来を誓い合った仲なんですとか公言します?たっちゃんも冴木愛子さんって呼んでくれたし」

 意地が悪い笑顔のまま佐藤愛子は立ち上がると、職員室行こうかって呟き書類をまとめはじめた。


「あれくらいの意義悪に別に謝るようなことねはないわ。むしろ、副委員長に無理矢理させたこの意地悪のほうがよっぽど謝らないといけないと思わない?」

 え…これ意地悪だったの?

 俺に好意があるのかと思ってたらむしろ嫌いだからやってる感じなの?


「なんか自意識過剰だったみたいでごめんね…」

 教室を出ようとしているところでそんな事を言われた佐藤愛子は、扉に手をかけたまま不思議そうに振り返ったが、特に何か言うでもなく教室を出た行った。

 後を追いかけると、扉の横にもたれかかって待っていてくれた。

 頭を軽く下げ一緒に歩き始める


「20%」


「え?」


「私今80%くらいの疲れ方だから、今日のたっちゃんの仕事量はそれくらいですかねって思って」

 議事録を胸の位置で持っている彼女はわざとらしいため息を吐き、軽く見上げるように言う。


「あ…その辺も、重ね重ね申し訳ない…本当…次はもっと頑張ります」

 俺の口から出た言葉は、彼女にとって満足した答えだったのか、口に手を当て、息が漏れるように薄く笑うと


「サーカズムよ。気にしないで」

 皮肉って意味だっけ?要はまだ意地悪が続いてるって事?

 毎回テストのたびに一桁台の順位で掲示板に張り出されてる才女に、口喧嘩を仕掛けてはいけないんだ…

 学びました…

 愉しそうに歩く一人と仕事もしていないのに疲労度満載のていで歩く一人。


 ルール通りノックをしてから入室をした週末の職員室には、先生の人数も少なく、自分の席に座っていなかった長富杏香だったが、すぐに見つける事が出来た。


「おつかれ。昨日よりは早く終わったみたいだな」


「はい。今日は冴木君が20%くらいは働いてくれたので」

 冴木龍臣は昨日の20倍も頑張ったのか凄いじゃないかって二人で笑っている。


 長富杏香は纏めた議事録に目を通すと、


「来週は体育祭の種目決めだな」

 そう言いながら俺の顔をじっと見ている。

 今年は逃がさないってやつでしょ。分かってますよ。諦めてますよ…


 こうなったら運動が苦手な人でも楽しめるような種目に立候補して、クラスメイトAとして立派に貢献できるように頑張るしかないか。


「私が担任になったからには絶対に学年優勝するからな!佐藤。不平不満が出ないようにするのは大変かとは思うが、全員が楽しみ尚且つ必ず勝つ布陣を体育祭委員と一緒に考えてくれ」


「勿論です!去年私のクラスでは、一人具合が悪いとかで休んでいた生徒がいたせいで点数が少し足りなくて先生のクラスに負けましたが、今年は長富先生のクラスなので私も昨年以上に頑張りたいと思います」

 二人でがっちり握手して頷き合ってるのだが、今軽く俺の事をディスっていましたよね?まだ意地悪が続いてると思った方がいいのだろうか。


「去年参加しなかった冴木龍臣は知らないと思うが、この学校の体育祭は一人最低でも三種目に出場しなければいけないんだ。佐藤と話し合って冴木龍臣の使い所をキッチリ決めてやるからな」

 嫌な笑い方をされた。しかも本人抜きで俺が出場する種目を決めるとか言ってるし…


 進学校でもある双葉学園高校なのだが、なんでかイベントもやたらと多く、修学旅行がある二年生などは毎月のように何かしらの学校行事に参加することになる。


 まずは今話題に上がっていた体育祭が五月に。しかも二日間もあり、クラス対抗で争われるらしい。

 六月には遠足があって、夏休み前の七月には修学旅行。九月終わりごろに文化祭。十月には球技大会があって、十一月にマラソン大会。二月が音楽祭で三月が卒業式。


 こんな遊んでばかりいそうな学校なのに、進学率はかなり高く、国公立や私立難関大学へもそれなりの人数が合格しているのだとか。


 しっかり学び大いに遊べ

 それがこの学校の校風なんだとか。


 話しを体育祭に戻すと、一人三種目への参加が絶対。

 更にクラス対抗競技や男子、女子に別れての団体競技はそれとは別にあり、多いやつだと六種目くらいは参加するのだとか。


「これが今年度の競技種目ですか?」

 ホームルームの最中に何やら書きこんでいた長富杏香が持っていた紙を見た佐藤愛子は

 、それを机の上に広げて俺にも見せてくれた。

 運動会だとか体育祭だとかのいきを超えている種目数。テレビでやってたなんとか番付とかよりも種類が多い気がする。


 これを二日間に跨いで行われるんだぞ。すごいだろ。って自慢げに鼻息荒くしてる担任の先生。

 今年は何に出ようかなって種目を指でなぞりながら目をキラキラさせているクラス委員長。

 そうだな。俺は玉入れとか借り物競走とか楽しそうなやつでいいや。


「冴木龍臣は200m 、400m、800mか1500mでいいよな?」


 種目が書かれている紙には、それらの競技の横にすでに俺の名前が書かれている。

 去年参加しなかった事でこの人からも意地悪されているのかなって本気で考えてしまい、次の言葉が全く出てこないのであった。

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