第140話 ステージ 其の三

 問題が起きたのは、俺が攻勢に転じるところだった。


 俺が師匠の剣をはじいて、師匠は後ろに跳ぶ。そこに俺は向かっていき、攻め立てる──はずだったのだが、師匠のところに行く途中で躓いてしまった。


 実際には何かに躓いたわけではないのだが、緊張からか前へ前へと体が行ってしまい、足がそれについていかなかった。


 つんのめった状態で、俺はまるで時が止まったように感じた。


 このままだと転んでしまい、ステージが台無しになってしまう。ここは俺と師匠の駆け引きの部分だから、俺が起き上がるまでは師匠は何もできなくなってしまうだろう。


 だからここで俺は転ぶわけにはいかない──しかし、このままでは転ぶのは避けられない。ならば、受け身を取ってなるべく早く立ち上がるしかない。


 飛び込んでいって地面で一回転してから起き上がるのが一番早いか──そう考えてから瞬時に準備を始める。


 今、俺の魔法剣は風を纏わせている。風の魔法剣の影響で、受け身を取っている間に意図しない力が起こってしまわないように出力を弱める。


 そして首を丸めて地面へ飛び込むように一回転する。出力を弱めたおかげで、変に速く回ったり横に逸れたりはしていない。


 そして詰まった距離から出力を元に戻し、師匠へと打ち込む。ギリギリ予定していた拍にも間に合った。


 何とか切り抜けられた──ここからは落ち着いていこう。今だってこうしてなんとかなった、だから大丈夫。そう自分に言い聞かせる。


 師匠へと連続で打ち込んで、最後のパートに突入する。ここでは炎の魔法剣を解禁して、二人とも魔法剣の長さを変えつつ派手に立ち回る。


 剣のない部分まで魔法を纏わせた魔法剣を、まるで大剣のように振るう。かと思えば、受けるときには元の長さに戻ったり、それが一瞬で大きくなったり。


 師匠のゆったりと大きく剣を振る姿は、隣にいる俺から見てもステージで映えている。見ていて気持ちいいというか、ゆっくりと動いているのに無駄な動きが一切ないところはレオンさんの動きに似ている。


 舞のように見せるために動いているはずなのに、動き自体は戦闘での理想に近いものになっている。それゆえ心惹かれる、というところもあるのだろうか。


 そして盛り上がりを保ったまま、演奏は終わりに向かう。最後はお互いに炎の魔法剣を使い、目いっぱいまで剣を長くする。


 それを演奏の最後の音に合うようにゆっくりと振るう。シックス、セブン──タイミングもばっちりだ。


 たくさんの火の粉を散らしながら、大剣と大剣はぶつかり合う。そして同時に力強い音で演奏が終わる。


 その瞬間、観客からは聞いたこともないような歓声の波がどっと押し寄せた。その波はしばらく止むことはなく、あたりはもう暗くなりかけているというのに広場は昼間で見たどのステージよりも盛り上がり続けていた。


 俺はこの光景が信じられなくて──嬉しくって──師匠やマシューさんたちを振り返る。師匠たちも盛り上がりにとにかくびっくりしている様子だった。


 こんなにたくさんの人に喜んでもらえて、俺はステージに立って本当によかったと思った。

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