第3話 誰も一人では生きていけない

次の日から、被害者である息子の素性がSNSを通して、明らかになっていった。どうやらネットゲームの世界では有名な人物だったようで、父の資産を自慢し、父の名前を出し、周りの人間を見下し、女性ユーザーに言い寄ったりしていたようだ。


また、日常的に両親に暴力をふるっていたこと、そして、「母を殺したい」、「近くの小学校から聞こえてくるチャイムがうるさい、殺意を覚える」などという過激な発言が報道されると、殺人者である父に同情する者が増えていった。

「すごい人だよな。他人に危害を加えないよう、自分の罪を自ら償った。けじめををつけたって感じか」

そんな声が、警察の中からも聞こえた。

「日比谷はどう思う?」

「さぁ、どうだろうね」

日比谷は気のない返事を繰り返した。

頭の中には、ぐるぐると昨日の疑問が回り続けていた。

事務所の空気を嫌い、日比谷は外に出た。近くの自販機で、缶コーヒーを買おうとしたとき、佐々岡が背後から現れた。

「好きなの飲めよ」

「あっ、ありがとうございます」

日比谷は、缶コーヒーを買った。佐々岡も同じものを買い、ベンチに座った。

「佐々岡さんが何かおごってくれるなんて初めてですね」

「まぁな」

「どういう風の吹き回しですか?」

「・・・子供ができるんだってな。交通課の木下から聞いた。その祝いだ」

「あ、ありがとうございます。そうなんです」

「いや、礼には及ばん。むしろ、大事な祝いが缶コーヒー一本で申しわけない」

いつも、やっかみしか言わない、口うるさい佐々岡にしては珍しく、日比谷に謝った。佐々岡は、あきらかに様子がおかしい。

「いえ、とんでもないです。佐々岡さんも、いろいろと大変でしょうから」

佐々岡は、昼はいつも質素な自作弁当を食べている。部署の飲み会にも来ない。署内随一の倹約家として知られる。


缶コーヒーを口に含む佐々岡の顔を見て、日比谷の中で一つの質問が生まれた。

「・・・お子さんはいるんですか?」

佐々岡のプライベートな内容を質問するのは初めてだった。


「いる。一人」

「どうでした?初めて子供を抱いたとき・・・」

「ああ、、、もう覚えてないなぁ」

歯切れが悪い。

(やっぱ、プライべートな話は嫌いなのか、、、この人)

日比谷は話題を変えることにした。

「昨日、フランケンシュタインの話したじゃないですか。僕、あの後、本を買って、すぐに読んだんですよ」

「ああ、そうか」

「佐々岡さんが昨日言ってたこと、わかりましたよ。フランケンシュタインは怪物じゃなくて、怪物を作った科学者の名前だってことでしょ?」

「ああ、そうだ。結構面白い話だっただろ?」

「そうですね。でも、世知辛い話ですよね。自分が苦労して産んだものが、怪物だったって、、、そんで、怖くなって逃げるって、、、僕なら、顔が怖いからって、すぐに逃げ出したりはしないと思うんですけどね。佐々岡さんが、フランケンシュタインだったらどうします?」


「・・・」


佐々岡は何も答えなかった。その目は虚ろで、魂が抜けたようになった。

(いよいよ、様子がおかしい)

「どうかしました」

「あ、ああ、なんでもない。俺は現場いってくるわ。じゃあな、無事に子供が生まれたら、もう一本コーヒー買ってやる」

「はい、、、ありがとうございます」

佐々岡は、かなり疲れているようだった。

去っていく佐々岡の背中から、それがひしひしと伝わってきた。

(昨日のマスコミ対応が大変だったんだろうなぁ)

日比谷は、缶コーヒーを一口で飲み干した。


「おい!日比谷!」

背後から話しかけてきたのは、交通課の木下。

まるまると太ったそのお腹は、今にも制服を破壊しそうだ。

「突然、なんだ?」

「何話してたんだ?」

「はぁ?」

「あの佐々岡さんが誰かに何かを奢るのは、俺でも初めて見たぞ!」

佐々岡が随一の倹約家なら、木下は署内随一の情報通だ。署員全員の細かな情報を把握している。

「なあ、なんで奢ってくれたんだ?」

「俺に、子供ができるって情報、佐々岡さんに話しただろ?」

「ああ、聞かれたから」

「それで、出産の前祝いだってことで奢ってくれたんだ」

「なるほど、、、世知辛い。うん、世知辛いなぁ」

木下は腕を組み、感慨深そうに一人で頷いた。

「何が、、、」

「お前知らないのか?」

「おいおいどうした?何が?」


木下は、佐々岡のプライベートな話をしてくれた。これを知っているのは、署内でも木下のほか数人くらいしかいないらしい。


・・・佐々岡の子供は、知的障碍者なのだという。妻は、我が子に絶望し、家を出ていった。子供は15歳。15年の間、佐々岡は、一人で我が子を育てた。倹約家である理由は、自分が家にいない間、世話をするヘルパーへの代金で、家計が常にひっ迫しているからなのだという。


その事実を聞かされ、今度は、日比谷の魂が抜けた。彼はそのまま、事務所に戻った。無論、仕事が手につかない。何の気なしに、捜査資料に目を通す。背後では、ワイドショーの話題が続いている。

「おい、見たか。このツイッター。(俺の父は、事務次官。つまり、私は上級国民。愚民が簡単に話ができるような身分ではないのだよ)だってよ!わかりやすいバカ息子だよな。あとこれも(俺の父の権力をもってすれば、どんな願いもかなう。何かあれば、俺に相談したまえ、父に進言し、すべてを解決してやろう)だってよ。世間知らずもいいとこだ。笑っちゃうよ」


日比谷の眺めている捜査資料もいよいよ最後のページに差し掛かった。

そこには、被害者が死の直前、SNSにつぶやいた言葉が記載されていた。


【誰も一人では生きていけない】


同僚は、そのツイートすらも「最後まで中二病なんだなこいつ」と馬鹿にしていたが、日比谷の心象はかき乱されていた。

(なぜ、、、こんな言葉をつぶやいたのだろう?このツイートをあの父親は知っていたのか?、、、知っているはずないか、、、知った時、あの父親はどうおもうんだろう?)

あの毅然とした父親の顔が、日比谷の脳裏によぎった。


ガチャッと、自部署のドアが開く。

「おい」

現場から戻ってきた佐々岡。

「はい」

「明日、容疑者を俺が護送するはずだったんだが、急遽、予定が入った。代わりにお前が行け」

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