第2話 父になる

「ただいま」

「お帰り」

帰宅した日比谷を出迎えたのは、義母の四谷正美(ヨツヤ マサミ)。

「里美」

「お帰り」

後から出てきたのは、妻の里美(サトミ)。

彼女のお腹は、大きく膨らんでいる。

「ただいま」

日比谷は、妻のお腹を撫でた。

「健診どうだった?」

「順調だって、もうすぐ生まれるって」

「そうか」

「どう?お父さんになる気分は?」

日比谷は頭を掻いた。

「うーん、楽しみ半分、緊張半分・・・ちゃんと働かなきゃな」

「そうよ、バリバリ仕事してね」

「ああ」

里美は、珍しいことに気が付いた。夫が、書店の袋を手に持っていたのだ。

「本買ったの?」

「ああ」

「何?」

「小説だよ」

「珍しいわね。あなたが本を読もうとするなんて」

「上司に言われてね」

「なんて小説?」

「フランケンシュタイン」


【フランケンシュタイン】

1818年に発表された本作品は、二百年以上経過した現在においても読み継がれている、ホラー小説の傑作である。

ジャンルは、いわゆるモンスターパニックホラーで、ストーリーとしては、ざっと以下のようなものだ。

 天才科学者であるフランケンシュタインが、死体をつなぎ合わせて作った人工的な肉体に、命を与えることに成功。しかし、生まれたのは醜い怪物で、怖くなったフランケンシュタインは怪物の元を去る。怪物は、最初、創造主である人間に近づこうとするが、その見たから、人々に嫌われ迫害される。膨れ上がった怪物の中の憎悪は、フランケンシュタインに向けられ、彼の周囲の人間、、、弟、そして妻が殺される。今度はフランケンシュタインが怪物に強い殺意を抱き、彼を追いかける。しかし、地の果てである北極にたどり着いたところで、フランケンシュタインは息絶える。怪物は最後に彼の死体とともに姿を消す。


「そういうことか」

ざっと、速読した後、佐々岡が(読んでいないだろう?)と自分に言ってきた理由が分かった。

「あの映画とかに出てくるフランケンシュタインていう怪物は、原作では名前はなくて、あくまで怪物って呼ばれているだけか。フランケンシュタインという名前なのは、怪物を産んだ科学者のことか」


(ややこしいなぁ)

日比谷は頭を掻いた。


「ねぇ、この事件やばくない?」

テレビには、夜のワイドショーが流れていた。映し出されていたのは、昼間に行っていたあの閑静な住宅街。

「事務次官まで出世したのにねぇ、、、人生ってわからないものねぇ」

里美は他人事としか感じていないから、感想はそれくらい。


・・・神奈川県で発生した引きこもり中年による通り魔事件を受け、自らの息子も同じように他人を傷つけるのではないかと思い、犯行を決断したとのこと・・・


「へぇー、精神的に追い込まれていたのもあると思うけど、きっとすごい責任感の強い人なのよね」

里美は自らの見解を述べながらワイドショーを見るのが好きだ。

「うん」

その見解に対し、賛成と無反応の中間のような返事をするが日比谷の日課になっている。


画面には、元高級官僚が護送される様子が映し出されてた。その様子に、日比谷はわずかな違和感を覚える。

(、、、息子を殺したというのに、あんまり疲れているという感じじゃないな、、、大事な国際会議に臨む前の事務次官みたいだ毅然とした態度、、、”毅然とした態度”で、息子を殺したのか、、、じゃあ、あの刺し傷の数はなんだ、、、明らかな憎しみを感じられる、あの殺し方はなんだ?)

日比谷の中でさまざまな疑問が湧き出してくる。

(、、、人はあそこまで、人を、、、憎めるものなのだろうか?)

日比谷が本当に問いかけたい核心はそこではなかった。彼は、妻に聞こえない声で、つぶやいた。

(いや、父という生きものは、自分の息子を、、、あれほどまでに憎めるものなのだろうか?)

ゾッと、不気味な悪寒が日比谷の体を覆った。彼は反射的にチャンネルを変えた。

「どうしたの?」

里美が問いかける。

「良くない」

「何が?」

日比谷は、その質問に答えなかった。

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