フランケンシュタイン
ささき
第1話 フランケンシュタイン
「日比谷行くぞ」
中年刑事の佐々岡敬之(ササオカ ケイスケ)が、日比谷彰(ヒビヤ アキラ)の肩をつかんだ。
日比谷は、スタバのサンドウィッチをほおばっている最中だった。
「なんすか?」
「殺人だ。すぐに現場いくぞ」
「マジっすか」
まだ、半分以上余っているが、これ以上食べないほうがいいだろう。日比谷はそう思い、サンドウィッチをビニール袋に包み、捨てた。
その判断は正解だった。
被害者は40代の男性
死体には数十か所もの刺し傷
現場である民家2階の一室は血の海
「エリート君、現場を見てどう思う?」
エリート君とは日比谷のこと。
彼は、いわゆるエリート組であり、若干、26歳でありながら、警官になって25年の佐々岡と同じポジションにある。現場上がりの佐々岡のような男はいい気がしないのだ。ただそんなやっかみも、日比谷は慣れっこだ。
「この刺し傷の数。被害者に相当恨みのある人ですよね。そうすると、まず疑うのは近親者、、、」
「正解だ」
「まず、両親から洗いましょう」
「いや、その必要はない」
「え?どうして」
「犯人は、父親だ。自首している」
さすがに、この嫌がらせには日比谷もイラっとした。
「じゃあ、事件は解決してるじゃないですか?誰か事件の黒幕でもいるんですか?」
吐き捨てるように言った。
「いや、これからが大変なんだ」
「そんなわけないでしょ?検死でもしますか?言っときますけど、手先は器用なんで、うまくできると思いますよ」
「父親は、ある農林水産省の事務次官まで上り詰めた元高級官僚だ」
日比谷の目が曇る。
「上級国民が犯人となると、マスコミの対応が大変だ」
つい先日も、元高級官僚の老人が死亡事故を起こし、連日ニュースのトップ記事として取り上げられた。様々な憶測や、根拠のない噂が蔓延し、警視庁は事態の収拾に苦慮したばかりだ。
気づけば、現場の周囲はマスコミたちに囲まれていた。
「ちょっとあいつらを蹴散らしてくるから、現場検証進めとけ」
佐々岡は、日比谷に命じて、現場を後にした。
「ちょっと、そこのいてください」
佐々岡に続いて、被害者が現場から運び出された。
「あっ、ちょっと待って、、、」
日比谷の声は届かなかった。
鑑識やそのほかの警官は、ほとんどが死体について行った。鉄の匂いが立ち込める犯行現場に、日比谷一人残された。
「ふん、どうしたもんかね」
頭を掻きながら、部屋の中を見渡した。
血のにじむ、黒い椅子。
被害者は、椅子に座っているところを、めった刺しにされたようだ。
PCの電源はつきっぱななしで、ネットゲームにログインしたままになっている。
(おっさんが、平日の昼間からネットゲームか、、、引きこもり、、、エリートの父親に厳しく育てられ、そのプレッシャーに耐えられず、現実逃避、、、そして、引きこもる、、、よく聞く家庭崩壊のパターンかな?)
日比谷は、部屋を出て、家の中を簡単に散策した。犯人である父の書斎と思われる部屋は、1階にあった。あらゆるものが整理され、清潔にされている。
壁一面には、大量の本が並べられており、小説は作者、小難しい学術書や論文の類は、ジャンルごとにきっちりと区分けされている。
(これがエリートの部屋か)と日比谷は感心した。
しかし、毅然と並べられた本の中に、一冊だけ、中途半端に背表紙が本棚からはみ出しているものがあり、日比谷の目を引き付けた。なんとなしに、日比谷はその本を手に取った。
【フランケンシュタイン】
(ああ、あの良く映画とかに出てくる怪物フランケンシュタインの小説か)
日比谷は小説を全く読まない人間だ。名前を聞いたことがあるだけで、原作を読んだことなない。
(どんな話なんだろう)
急に、好奇心が沸き上がり、日比谷は数年ぶりに小説のページを開こうとした。
そこに野次馬たちを蹴散らした佐々岡がちょうど帰ってきた。
「おい!現場のものを勝手に触んなよ!」
うわっと、驚いた日比谷は【フランケンシュタイン】を床に落とした。
「馬鹿野郎!何やってんだ!」
「いや、この本だけ、きちんと整理されてなかったんで、気になったんですよ。多分、容疑者が最後に読んだ本だと思うんですよ」
「それがどうした。とにかく、現場のものを勝手に触るな」
「はい」
佐々岡が落ちた本を拾った。
「フランケンシュタインか・・・で、どう思った?エリート君」
「何がですか?」
「容疑者が最後に読んだ本がこれだとして、犯人は何を感じたと思う?」
日比谷は頭を掻きながら答えた。
「息子がフランケンシュタインみたいな怪物に見えたんじゃないですか?」
ふんっと、佐々岡が鼻で笑った。
「お前、これ、読んだことないだろ」
「はい。僕、本は全く読まないんですよ」
「良く大学出れたな。この機会に、ちょっとくらい本読んでみろ」
「ええーいやですよ。めんどくさい」
「ふん。これだから最近の若いもんは・・・」
佐々岡は、ブツブツと愚痴をつぶやきながら、本を綺麗に本棚に戻した。
(ほんとにめんどくさいオヤジだなぁ。こういう人が、将来、老害って呼ばれるようになるんだろうなぁ。)
と日比谷は心の中で悪態をついた。
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