エピローグ
──うん。くるみと付き合うことになったよ。
それでね、言いたいことがあるんだ。
この前、お母さんのこと吹っ切れてくれよって、忘れてくれよって、そう言ったけど……やっぱりあれなしで。忘れないで、覚えといて。
ははっ、この前あれだけ色々言っておいてなんだって話だけどさ。やっぱり、父さんには幸せになってほしいから。だからああ言ったんだけど……それは僕が決めることじゃないかなって。だから、父さんが覚えていたいならそれでいいかなって。僕が何かいうことじゃないよね。
──あ、バレた? そう、くるみに言われてさ。目が覚めたっていうか……やっぱり僕、考えるのが苦手なんだなって。考えたつもりが、何も考えてなかったよ。
──うん。そうそう。だからもう大丈夫。
──幸せに? ははっ、何それ恥ずかしくない?
まぁでも、幸せにはなれるよ。大丈夫。
じゃあ、これから文化祭の打ち上げだから。またね。
◆ ◇ ◆
「さて……戻るか」
父さんとの電話を切った僕は、そう呟くと階段を降りて教室に向かう。
くるみに先に教室に戻ってもらった僕は、その場で父に電話をかけた。
他愛もない話……というには真面目な内容だったけど、あんな感情的な会話をして、和解もしてなかったのにしては平和な話し合いだった。
少し歩いて、今日使った教室に戻ると、途端にクラスメートからの視線が僕を向く。
どうも、片付けはほとんど終わっているようで、大量のゴミ袋やレンタルした物品などが置いてあるのみで、喫茶店風の内装も剥がされ普通の教室に戻っていた。
「えっと……何?」
ジリジリと近づいてくるクラスメートたちに恐怖を覚えつつ、近くにいたくるみに視線を送る。
すると、くるみは両手を合わせて、
「ごめん、テンション上がって、正直に『付き合うことになりました』って言っちゃった」
などと言った。
なるほど。どうもどうやら、僕はこれからこの男子たちにもみくちゃにされるらしい。
……付き合いだした人間が受ける洗礼だと思って諦めるか。
「あの……お手柔らかに」
「それはちょっと」
「無理だなっ!」
「覚悟しろー!」
襲い掛かる男子たちに、僕はなすすべなくもみくちゃにされる。
「……おめでとう、綾人」
そんな小野の声が聞こえた気がしたけど、それどころではなかった。
◆ ◇ ◆
「ふぅ、こんなものかな」
荷物を出した段ボールを畳むと、僕はそう呟く。
僕とくるみは無事高校を卒業し、東京にある日本でもトップクラスの大学に進学した。
学部は違うけど、同じ大学に入れたのは奇跡だと思う。
まぁ、何はともあれ無事に入学を決めた僕らはこの春から東京暮らしが始まるわけで。そうなると必然的に親元を離れて暮らすことになるのだけれど、経済的な負担とか諸々を考慮した結果、一人で家を借りるよりも二人で借りた方がいいという結論に達した。
つまり──
「綾人、こっちも終わったよ」
──くるみと二人暮らしが始まるということだ。
「うん。おつかれ。じゃあ、夕食に……はまだ早いか」
昨日から始めた荷解き。昨日のうちに結構進んでいたので、今日は思ったよりも早く終わった。
今は夕方の4時。夕食には早い。
段ボールでも捨てに行こうかと考えていると、早速新品のソファーに横になっているくるみが、話しかけてきた。
「ねえ綾人、イチャイチャしよー」
「えー、段ボール捨てに行こうと思ってたんだけど」
「問答無用!」
起き上がったくるみは、そのままソファーから降りて僕に抱きついてくる。
そんな甘えん坊の彼女に「仕方ないなぁ」と呟き、抱きしめ返す。
「……んっ」
くるみは顔を上げると、目を閉じて小さくそう声を上げる。
付き合って2年半もすれば、その意味は言わなくともわかる。
僕も目を閉じると、くるみの唇に自分の唇を重ね合わせた。
そのまましばらく重ねていると、くるみの方からすっと離れる。
「ねえ綾人。大学生になる男女が、ベッドのある部屋でキスしたわけだけど」
僕の腕を引いて移動するくるみはそう言うとそのまま僕ごとベッドに倒れ込む。
ポスっと音を立てて、新しいベッドに横になる二人。
頬を染めながら、くるみは言った。
「据え膳食わぬは男の恥、だよ?」
「……今の時代、そんなこと言わないんじゃない?」
「そんなことないもん」
僕らはそう言い合うと、またキスをする。
まぁ……本人が据え膳だというのなら、食べるのもいいかもしれない。
夕食は遅い時間になるかもしれないけど……まぁ、いいよね。
幼馴染が「据え膳喰わぬは――」とか言ってくる END
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