番外編
こんな日が、ずっと
「うがぁ……」
文化祭の翌日。
僕はソファーに体を預け、完全に溶けきっていた。
ほとんど休憩のない接客の連続。何度も断る撮影。終わった後にもみくちゃにされたことと、疲れのあまりバグったテンションのまま行った打ち上げでの大はしゃぎ。
そりゃあ、こんなに怠くもなる。
むしろ発熱しなかったのがびっくりするくらいだ。
「……こういう日はだらけるに限る」
「間違いない」
くるみは僕の上に乗って抱きつきながらそう返す。
「んー」と声を漏らしながら僕の胸に顔を擦り付けてきてくすぐったい。9月はまだまだ暑く、お互いに薄着だから密着度も高いし。
「くるみ、重いとは言わないけど……暑い」
「エアコンの設定温度下げるね」
「離れないのか聞きたかったんだけど」
「やだ。離れないもん」
昨日の夜からずっとこんな調子なのだ。クラスでの打ち上げが終わった後それぞれの家に帰った僕たちだが、くるみは何故かすぐに僕の家に来てそのまま一緒のベッドで寝た。
──正直、色々やばかったけどなんとか耐えた。
だって、今までは一応若干の距離感はあったけど昨日のそれはもう常にゼロ距離だったし、その……エッチなことに対する心理的ハードルも以前より下がったから、より煩悩を抑えるのに苦労した。
「……落ち着く」
「それはよかった。昼食はいらないの?」
「んー…………まだいい」
くるみは抱きついたままそう言い、「えへへ」と笑う。頭を撫でてやると、にへらという擬音が似合いそうなくらいの笑みを浮かべた。
昨日の夜からずっとこんな感じだ。くっついて離れないし、ずっとにやけてるし。
「ずっと、こうしたかったから」
「恥ずかしさとかないの?」
「ちょっとあるけど……それより、嬉しくて」
はにかみながらそう言うくるみが愛おしくて、右手で頭を撫でながら左手をくるみの背中に回す。少し力を入れて抱き締めると、一瞬ビクッとしたもののすぐに力を抜く。
しばらくそうしていると、ふっと僕の体にかかる重みが増える。
「くるみ?」
頭を撫でている手を止めてそう尋ねても返事がない。
……寝てしまったようだ。まぁ、昨日は疲れたし仕方ないかもしれない。
すぅすぅと寝息を立てる彼女の頭をゆっくりと撫でつつ、僕も目を閉じる。
……どうも、落ち着かない。
いや、落ち着くんだけど寝れないというか……昨日の夜たくさん寝たせいもあるのかもしれないけど。
──まだ、ちょっと実感が湧かない。
だってくるみはずっと幼馴染で。そりゃあ付き合いたいと思ったけど、急に関係が変わったからといって何か特別なことをした訳でもないし、付き合ったという実感がない。
……キスでもすればいいのだろうか。いや、流石にまだ早すぎるよな。こういうのは付き合ってから何回かデートとかして……でも僕もくるみもよく知った仲だし、今更そんなこと考えなくてもいいのか?
……いや、くるみも女の子だから、ファーストキスにはいいムードというものが欲しいだろう。
ムードか……難しいな。
よく考えると今までの人生そんなのとは無縁に過ごしてきたから、それっぽいムードなんて何も思いつかない。調べて、いや──後で考えればいいか。
と、くるみの頭を撫でているうちにどうでもよくなってきた思考を止める。
「おやすみ、くるみ」
顔を少し動かして、僕はくるみの頭にキスを落とす。同じシャンプーなはずなのに僕とは違う匂いがして、柔らかい髪が鼻をくすぐる。
それが愛おしくて、僕はくるみの頭を撫で続けた。
◆ ◇ ◆
「……んんっ」
ゆっくりと目が覚めていく。
後頭部に何かを感じて、ゆっくりと目を開ける。
すると、そこには紺色の布地。
すんと匂いを嗅ぐ。この匂いはよく知ってる。綾人の匂いだ。
わたしはそれだけでたまらなくなって、すりすりと、それに頬を擦り付ける。
動いたせいか後頭部にあった重さが消えて、綾人の手がわたしの頭から落ちた。
撫でてくれてたんだ。
ゆっくり顔を上げて見ると、すぅすぅと寝息を立てて無防備に眠る綾人の姿。
「寝てるの? 綾人」
小さな声でそう尋ねてみても、返事がない。
どうやら本当に寝ているようだ。それを確認したわたしは頭を綾人の胸の上に乗せる。
呼吸の度に胸が動くのを、頬で感じる。心臓の音がしっかり聞こえる。
そのリズムがとても落ち着く。
「えへへ」
この人と付き合えたんだ。もう恋人同士なんだ。
そう思うと自然と笑みが溢れる。
少し前までは付き合わなくても結婚できればいいと思ってたけどとんでもない。付き合っただけでこんな幸せだなんて。
「わたしは、綾人のもの。綾人は、わたしのもの」
わたしは綾人の顔を見るために少し体を上に動かして、綾人と向かい合うような体勢になる。
そして、綾人の頬に自分の頬を擦り付けて、そのまま体の力を抜く。
ちょうどわたしの頭の横に綾人の頭がある。
そのままわたしは顔を少し下に動かして、綾人の首筋にキスをする。跡が残りそうなほど強くはしなかったけど、それだけでも恥ずかしかった。
「大好きだよ、綾人」
わたしはそう呟くと、大好きな綾人の匂いを嗅ぎながら目を閉じる。
このまま、もう一回眠って。少ししたらきっと綾人も起きるだろうから、そうしたらご飯にしよう。それから、ひたすら甘えてやるんだ。
あんなに怖かったんだから、これくらい許されるはず。綾人がわたしの前からいなくなるなんて、想像するだけで怖かった。だからこそ、こういうふうに過ごす時間が余計に尊くて大好きで愛おしい。
こんな日が、ずっと続けばいいいな。
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