46話「パンケーキ」
「トイレ行ってくる」
「いってらー」
くるみは席を立つと、トイレに向かう。
僕は出されたお冷を飲みながらスマホでSNSを見る。特に面白いこともないけれど、暇つぶしくらいにはなる。
そうしていると、エプロンだけ外したあかりさんが席に近づいてきた。
「あれ? 女の子は?」
「くるみならトイレに行きました」
「そっか。
店長に話したらちょっとなら休憩してもいいって言われたから来ちゃった。
でさ、ちょうどあの子もいないし聞きたいんだけど……」
あかりさんはあたりをキョロキョロと見渡してから、僕の耳に口を近づけて、小さな声で、
「ぶっちゃけ、どうなの? あの子のこと好きなの?」
などと聞いてきた。
僕は一瞬悩んだが、あまりにも『わくわく』とした顔をするので、誤魔化すのも申し訳なくなる。
「まぁ、好きですよ。ただ、付き合いたいかって言われるとわからないですけど」
「あははっ、それ昔夏樹くんも言ってた。やっぱりそっくり。
そんな君にいいことを教えてあげよう。
綾人くんみたいに真面目なタイプは、『付き合ってもいいかな』って思い始めたらそれはもう付き合いたいって意味なんだよ」
「……そうなん、ですかね」
「綾人くんにはまだ早いかもしれないけどね。
お
「……それって」
「そんな難しい顔しないの! 綾人くんは顔がいいんだから、適当でもどうにかなる!
それに、さ、」
あかりさんはふと遠くを見ると、ぽつりと溢すように言う。
「好きな人と同じ苗字になりたいじゃん?
って、違う違う、こんなしんみりした話する気じゃなかったんだよ!
なんか綾人くんがあまりにも夏樹くんに似てるから、つい思い出しちゃって」
「そんな似てますか?」
「親子かってくらいそっくり! 親戚ってだけでこんなに似るもんなんだね……」
「あー、僕は母の方によく似てるらしいですからね」
「綾人くんのお母さんにも会ってみたかったなー。
そうそう、連絡先交換しない? こうして会ったのも何かの縁だしさ」
そう言ってスマホを出すあかりさん。
別に断る理由もないか。
メッセージアプリを開き、QRコードを読み取ってフレンドに登録する。
そうこうしているうちに、くるみが帰ってきて席に着く。
それを見たあかりさんは、「頑張るんだぞ、若人。いつでも相談に乗るからね」と僕にだけ聞こえるように言うと、軽くくるみと話してから店の奥に戻っていく。
「何話してたの?」
「大したこと話してないよ。最近元気にしてるかとか、そう言う話」
「ふぅん。
あ、そういえば……」
すぐに興味を無くしたのか、別の話題を広げるくるみ。
僕もそれに乗っかって、しばしの間雑談に興じる。
そうしながら待っていると、あかりさんが再び来て、僕の前にチョコパンケーキとアイスコーヒーを、くるみの前にはバニラアイスパンケーキとアイスカフェオレが置かれる。
「おお、美味しそう」
「せっかくだから写真撮ろう!」
目に見えてテンションが上がるくるみ。パシャパシャとスマホのカメラで写真を撮りまくる。
僕も自分のスマホを出してカメラを起動し、角度を調整して一枚撮る。
「綾人、はいチーズ」
「え、やだけど」
くるみにカメラを向けられたので、僕は自分のスマホと手で顔を隠す。
撮られるの恥ずかしいし嫌だ。
「やりすぎなきゃいいよって前言ったじゃん!」
「撮られる時に抵抗しないとは言ってない」
「ぐぬぬ……仕方ない。今度気付いてない時に撮るか」
僕が気付かなければ恥ずかしいこともないので好きにしてくれればいいけど、撮られてるの気づいたら恥ずかしいので抵抗する。
「ん、これ美味しい!」
「僕も食べてみよう……うん、うん美味しい」
チョコが甘すぎず苦すぎず絶妙なバランスを保っているし、パンケーキもふわふわで食べやすい。
これは……また来よう。
「ねぇ、綾人のもすこし味見させて」
「じゃあかわりにそっちのも貰おうかな」
くるみの方も一口貰う。
こちらはアイスの冷たさが夏の暑さの中で心地よく、体に染みるようだった。
「んー、美味しい!」
くるみは、珍しく誰にでもわかりやすい満面の笑みで笑うと、ぱくぱくとパンケーキを食べ進める。
その様子を見ていると僕の口角も緩んできて、誤魔化すように大きめに切ったパンケーキを口に放り込んだのだった。
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