47話「いいから課題やれ」



「なぁ綾人、これ終わらなそうだから見せて──」

「あ゛?」

「なんでもないです自分でします」


 夏休み最終日。課題の進捗が絶望的な小野が「家だと誘惑が多すぎる。綾人の家で課題させてくれ」とメッセージを送ってきたので、渋々了承した。

 現在時刻は10時35分。家に来てから1時間程度だが、彼はどう見ても──飽きていた。


「くっそ……なんでお前らみんな終わってて俺だけ終わってないんだ!」

「そりゃ僕たちは計画的に進めてるからね」

「綾人に合わせてたら余裕」

「ま、まぁ、そういうところも小野くんらしくていいんじゃないかな!」


 小野が来ると言ったのだが関係なく遊びに来たくるみと、小野がサボらないように監視役として呼んだ寧々さん。

 3人で雑談をしつつ、小野の課題を見てやっていた。


「ほら、手が止まってるよ」

「お前……なかなか鬼畜だな」

「夏休み最終日に押しかけてきた挙句鬼畜呼ばわりされるなんて……僕泣いちゃう」

「あー、綾人くん泣いてるよー。謝りなよ小野くん〜」

「……お前らのそのノリについていくテンションじゃねぇわ」


 僕の泣く演技に合わせてくるみも小芝居をしたのだが、どうもお気に召さなかったようだ。


「あ、そこ計算まちがってる」

「間違っててもいいんだよ! 今は適当でも終わらせることが重要なんだ!」

「……夏休み明けの試験爆死しても知らないけど」

「うがっ!」


 2学期制のうちの学校では、試験は9月の中頃に行われる。

 その後、すぐに文化祭の準備に取り掛かるのだが……その試験で惨憺たる結果だったやつは、準備をさせてもらえずひたすら補講をさせられるらしい。

 まぁ一応頭いい学校なわけだしそんな酷い結果のやつはなかなかいないだろうけど、こいつならやりかねない。


「そこはそう展開したら次が大変だから、展開せずに計算するんだよ」

「チラッと見ただけでよくわかるなお前……」

「一回解いた問題だしそれくらいなら」

「時々忘れそうになるけど、お前めっちゃ頭いいんだったわ」

「綾人は天才だから。それくらいなんてことない」

「なんといっても、僕は健康を犠牲に学力を得てるからね」

「……加賀谷くん、そのジョークは笑いにくいかな」

「もっと笑ってくれていいのに……ほら、そこは2乗じゃなくてただのx。そことそこをまとめたら計算楽なはずだよ」

「はい……」


 大人しくノートに数式を書く小野。

 見たところ、他には間違ってないのでしばらく放置で大丈夫だろう。

 僕は水を飲みつつ、積み上がった残りの課題の山を見る。

 僕たちが通う高校は割と自由な校風で勉強の仕方は僕らに任せてくれるため、課題はそれほど多くない。課題をする時間あったら、自分で好きなように学べという方針のようだ。

 だから、他の学校の高校生よりはマシなはずなのだが……さすがに最終日まで溜めるとキツイ量がそこにはあった。そんなに溜めて本当に愚かとしか言いようがない。


「さて、僕は買い物に行くからしばらく小野のこと見といてくれる?」

「え、買い物?」

「急に人増えたから昼ごはんの食材足りなそうだからさ。それに、夕飯も食べてくでしょ? それも買いに行かないと」

「じゃあわたしと寧々ちゃんで行く。綾人が勉強見た方が早く終わるし……なんか今日特別暑いから、綾人を一人で外出させるのは怖い」

「たしかに、今日は暑かったしね。買うものさえ言ってくれれば買ってくるよ」

「僕、そこまで弱くないけど……じゃあお言葉に甘えようかな。ちょっと待っててね」


 冷蔵庫の中身を確認し、今日の夕飯のメニューには何がどれくらい足りないか考える。

 それを紙にメモし、カバンから財布を取り出して戻る。


「ほら、これ買い物メモ。で、これが家計用財布ね。くるみに預けとくからそこから出してよ」

「いやいや、私たちの分の食材なのに申し訳ないよ」

「いいからいいから。あんまり使わないと父さんが心配するからさ。使っちゃってよ」

「でも……」

「綾人のお父さんはそういう人なの。ほら、寧々ちゃん行こ」

「じゃあ、料理は手伝うから!」

「あはは、じゃあそれで。帰ってきたらくるみの鍵で勝手に入っていいからね」

「やっぱりくるみちゃんに鍵渡してるんだ……」

「僕がじゃなくて父さんがだけどね。じゃ、いってらっしゃい」


 二人を玄関まで見送ってからリビングに戻ると、小野はペンを右手で持ったまま左手でスマホを見ていた。


「……小野?」

「ちょ、ちょっと調べ物を、な?」

「ふーーん。まぁ小野の課題が終わらなくても僕は困らないしいいけどさ。助けなくていいから僕も楽だし」

「お願いします助けてください」

「はいはい。わかったから手を動かせ。時間は有限なんだから」


 そう言うと、小野はしっかりとまた課題に向き合う。

 僕はそれを時折見ながら、スマホをいじってSNSを見る。


「そうだ。小野に聞きたいことあったんだ」

「聞きたいこと? 俺に?」

「小野の何がよかったのかわからないけど、寧々さんと付き合うことになったわけじゃん」

「『どこが良かったかわからないけど』ってお前な……まぁいい。で?」

「でさ、実際に付き合ってみて楽しい?」

「それはもう間違いなく楽しいさ。世の人間たちが恋人を欲しがる理由がわかるってもんよ」

「へー、どんなふうに楽しいの?」

「そうだな……デートしたり一緒に何かしたりするのが楽しい。あいつな、手を繋ぐとわかりやすく真っ赤になって……ってこの話はいいか」

「別れたらどうしようとか考えなちゃわない?」

「別れると思って付き合うカップルはいないと思うが?」

「……それもそうだね」

「なんだ? 文野さんと付き合うかどうかで悩んでるのか? 恋愛の先輩として相談に乗るぞ?」

「彼女できた途端すぐ調子乗るんだから……悩んでるのは付き合うかどうかっていうより、告白するかどうかだよ。

 付き合うかどうかなんて、告白される側が決めるものだし」

「文野さんはお前に告られたらノーと言わないと思うけどな」

「まぁ……なんとなくそんな気はしてるけどね」


 ただ、それもどうかは実際告白しないとわからないし。


「……最近、いろんな人から『高校生活は意外と短い』って言われててさ。ちょっと思うところがあってね。

 それで、実際に彼女がいる小野に色々聞いてみようと思ったんだけど……回答が雑すぎて全然参考にならない」

「悪かったな、雑で」


 小野はわざとらしく「フンッ」と鼻を鳴らすと、課題の方に集中し始める。

 それを見ながら僕は、ぼんやりと考え事をしていた。


 ……どう、しようかな。

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