43話「ぼんやりした気持ちでも」
花火が終わって、ロッジに戻りそれぞれが風呂も入り終えた頃、ちょうど僕がトイレから出てきたタイミングで、寧々さんがスマホを小野とくるみに見せていた。
「ね、キレイでしょ?」
「たしかに」
「キレイだな。近いんだったら行ってみたい」
寧々さんの言葉に、くるみと小野が同意する。
そこで僕に気が付いたようで、僕にもスマホを見せてくれた。
それは、誰かのSNSの投稿で、綺麗な夜景が見えるというものだった。
「へぇ、綺麗だね。近いの?」
「そう! 歩いて10分くらいらしいの! だから行かない?」
なるほど、それは近い。行くというのならぜひ――と思ったところで、くるみが僕を見ていることに気が付いた。
どうしたんだろう。何か伝えたいことでもあるのだろうか。
「なら、俺は行こうかな。みんなは?」
と、小野が同意すると、真っ先に那奈さんが口を開いた。
「ビール飲んでしまったから遠慮しておこう。ふらつくわけでもないが、夜の道を歩くには不安だからな」
「あ、わたしもやめとく。水遊び疲れたから」
くるみが断るのは珍しい――と思ったが、そこで視線の意味を察する。
なるほど、寧々さんに気を遣って小野と二人きりにさせようとしてるんだ。たしかに、綺麗な夜景が見えるところに二人きりなら距離感はぐっと縮まるだろうし。
「僕もちょっと無理かな。はしゃぎすぎて体力使ったから、大人しくしとかないと明日熱出す」
「そっかー。じゃあ仕方ないから二人でいこうよ」
「んー、そうだな。そうしようか」
寧々さんと小野はそう言い合うと、虫除けスプレーをかけてから外に出て行った。
ドアが閉まった瞬間、くるみが僕を見て親指を立てる。
「よくやった。ナイスアシスト」
「あれは流石に気が付くでしょ。だってああいうのにくるみが行かないのは珍しいし」
「確かに。那奈さんもありがとうございました」
「いや、自分にもああいう時期があったなと懐かしい気持ちになれたよ。
じゃあ、二人が帰ってくるまでドランプでもしようか」
「いいですね。うちの綾人は強いですよ?」
「いつからくるみのものになったんだよ……」
そんな会話をしながら、くるみの持ってきたトランプを適当に混ぜる。
いろいろな混ぜ方をして徹底的にカードを混ぜてから、手早くカードを配っていく。
まずは手始めにオーソドックスなババ抜き。
じゃんけんの結果くるみからスタートになって――
「はい、僕の勝ち」
「……いや、加賀谷君強すぎないか?」
「綾人、ありえないくらいトランプ強いんですよ」
ババ抜きに七並べに大富豪に……いろいろしてみたが、どれも僕の勝利という結果だった。
「こういうのはコツがあるんだよ、コツが」
「綾斗、そういうの見つけるの得意だよね」
「まぁね。じゃあ、次は何する――っと、おかえりなさい……?」
僕がトランプを配ろうとしたタイミングで、丁度ドアが開いて外に出ていた二人が入ってくる。
しかし、どうも様子がおかしい。小野は「お、おう」みたいな反応だし、寧々さんに至ってはそそくさと女子の寝室に入って行ってしまった。
「……お、俺はもう部屋に戻るな」
三人からの視線を受けて、小野はしどろもどろになりながらそう言うと小走りで中に入っていく。
僕たちは顔を見合わせて、
「「「告ったか?」」」
と異口同音に言った。
「いやもうアレは確定。わたし、1万ジンバブエドル賭けてもいい」
「いやぁ、青春してるな」
「告白って実在するんだね」
「おや、綾人君はモテそうだが告白されたことないのか?」
「ゼロじゃないですけどね。あんまりないんですよ」
こちとら彼女いない歴イコール年齢なのだ。彼女欲しいという願望が薄いとはいえ、思うところがないわけではない。
まぁ、まだ高校一年生だし焦る必要はない――はず。
「しかし――うん、今日はこの辺で解散にしようか。寧々に話を聞きたいしな」
「わたしも、寧々ちゃん大丈夫か気になるし」
「遊ぶって雰囲気でもないしね。じゃあ、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ。また明日」
僕たちはそう言うと、それぞれの寝室に入る。
男子用の寝室に足を踏み入れると、小野は部屋の明かりもつけず窓際の椅子に腰かけて外を眺めていた。
「……え、どういう心境?」
僕は、照明のスイッチを押しながらそう言う。
急に明るくなって眩しそうにしながら、小野はこちらを見る。
「いや、実は……さっき、告白されてな」
「ふーん。で、オーケーしたの? 断ったの?」
「保留にした」
「なんで?」
僕は自分の寝袋を敷きながらそう問いかける。
保留にするとは思ってなかったので、少し驚いた。
「なんでって――」
「好きなら付き合えばいいし、好きじゃないなら断ればいいじゃん」
「……そんなに簡単じゃねえだろ」
「そんなことないと思うけど」
「少なくとも俺は、すぐには答え出せねえよ。そりゃあよく話したりするし、仲いい相手だとは思ってるが――恋愛感情かと言われるとわからん」
「ふーん」
「ふーんってお前な……じゃあ仮に、お前が文野さんに告白されたらどうするんだよ」
「そりゃあ付き合うけど」
「なんでだよ。やっぱ好きなのか?」
「そりゃ好きだよ」
「じゃあなんで告白しねえんだよ」
「……なんでだろうね」
どうしたものかと僕は悩む。
花火の時に那奈さんには「恋愛感情かと問われるとよくわからない」と言ったが、それは正確ではない。僕は自分の恋愛感情を自覚してはいる。
けれど、だったらなんで付き合わないんだと言われた時の説明が面倒くさいのでそう誤魔化したに過ぎない。
そして――何か悩んでいる様子の小野に、面倒くさいからと説明しないのは『違う』と思った。
「別に、告白しない確固たる理由があるわけじゃないんだよ。ただ、そうだね――満足してるんだよ」
間違いなく好きだ。でも、付き合いたいわけじゃない。
向こうが望むなら付き合うし、そうなったらそうなったで幸せだと思う。でも、僕自身が付き合いたいかと言うとそうではない。
今の距離感で満足しているし付き合う理由がないともいえる。
「僕が告白しないのは、今の状況で満たされてるからだよ。自分が付き合いたいのか、そうじゃないのか、まだハッキリしてないんだ。
でも、くるみから告白されたら断らないよ。くるみがそうしたいなら、そうしてあげたいって思うから」
でも、そろそろ――そろそろ、ハッキリさせたほうがいいのかもしれない。
時間はまだまだあると思っていたけど、意外とそうじゃないのではないか。那奈さんの言葉は、僕の考えを少し変えていた。
「だから――そうだね、小野に少しでも付き合いたい気持ちがあるなら、付き合えばいいんじゃないかな。告白された側なんだし、ぼんやりした気持ちでもいいと思うよ」
「でも、そんな気持ちで付き合うのは失礼じゃないか?」
「そうやって悩んでるのも失礼だと思うけどね。待たせるのはよくないよ」
「……そう、かもな」
小野はそう言うと、物憂げな顔をして窓の外を眺めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます