42話「宴」



 プールの後のものと同質のだるさ――実際に水遊びという意味では同じなのだけれど――を感じつつ、川遊びを終えた僕たちは夕食の準備に取り掛かっていた。

 持ってきていたバーベキュー用のコンロを立てて、折り畳み式の椅子を人数分組み立て、同じく折り畳み式のテーブルも出す。

 準備を終えた段階ではまだ六時にもなっていなかったが、皆遊んでお腹が空いていたので、もう夕食にすることになった。

 四苦八苦しながらなんとか炭に火を着けて(結局新聞とか枯れ木とかも使った)、持ってきていた包丁で肉を切り分け、紙皿の上に乗せていく。


「やっぱり、私も手伝おうか?」

「大丈夫です。那奈さんには運転してもらったので、切るくらいは僕しますよ。慣れてますし」


 僕だって伊達に自炊しているわけではない。これくらいのことはさして難しくもなかった。

 ちなみに、那奈さんと呼んでいるのは、川遊びの時に坂本さんと呼んだところ、「紛らわしいので名前で呼んでくれ」と言われたからだ。

 ついでにくるみと小野も坂本姉妹のことを名前で呼ぶことになって(くるみは元から寧々さんを名前で呼んでたけど)、小野から名前を呼ばれた寧々さんは嬉しそうにしていた。


「ちゃんと家事手伝ってるなんて偉いな。うちの寧々なんて何度言われても全く手伝いなんかしなくて――」

「お姉ちゃん! 余計なこと言わないの!」

「言われたくなかったらちゃんとしろ!」


 などと、姉妹でじゃれ合っているのを横目に、包丁を動かしていく。

 いつの間にかくるみが近くに来ていて、僕の耳に口を寄せて小さい声で話す。


「手伝ってる、ってわけじゃないのにね」


 一瞬何のことかと思ったが、先程の那奈さんの発言のことだと思い至り、小さく頷いておく。

 確かに、僕は家事を手伝っているというよりかは、家事をしている、といったほうが正確ではある。どっちでも大して変わらないから気にしてなかった。


 野菜も切り終えたら、いよいよみんな大好きバーベキューの始まりだ。尚、飯盒はんごうを使えそうな人がいなかったので米はない。


「ほら、どんどん焼いていいよ」


 トングを動かして適当に肉や野菜を並べながら、僕はそう言う。


「ほんと、お前お母さんって感じだよな」

「……小野の夕飯は野菜だけね」

「それは勘弁してください、食べ盛りなんです!」

「自分で言う?」


 まぁ、その体格を見れば必要なカロリーが多いのもわかるけど。まぁそこまで懇願するなら仕方ない、肉は食わせてあげよう。

 網に乗せれる分だけ肉と野菜を乗せた僕は、椅子に腰かけながら肉の焼き具合を見る。

 いい具合の焼き具合になると、見てわかるほどみんながそわそわし始めたので、「食べていいよ」と言って、空いたスペースに肉を追加していった。



◇ ◆ ◇



 バーベキューの片づけが終わり、持ってきた手持ち花火を始める。

 流れた蝋が地面を汚さないよう、燭台の上に蝋燭を立ててそこに火をつけた。あとは、各々がここから手持ち花火に火を移せばいい。

 シュー、と音を立ててカラフルに変わる花火を2本楽しんだ後、静かに風上のほうに移動する。くるみはそれに気がついたみたいだけど、何も言わなかった。


「加賀谷君は混ざらないのか?」


 楽し気にはしゃぐ三人を眺めていると、いつの間にか隣に来ていた那奈さんが話しかけてきた。


「那奈さんこそ混ざらないんですか?」

「最近どうも、ああいうふうなテンションで騒ぐのがきつくなってきてな……年は取りたくないものだ」

「まだ若いでしょう――僕は、花火の煙が苦手なので避難してるだけです」


 花火大会くらい距離があればどうってことないのだが、手元の煙を吸い込むと咳が止まらなくなる。

 誰だって量を吸い込めばそうなるのかもしれないが、少なくとも僕はくるみよりも煙への耐性がないので近づかないようにしているのだ。

 ちなみに、バーベキューの時も常に風上をキープするような位置取りをしていた。あと、適度に湿った布を口元に当てるとか。気休めだけど、しないよりはマシ。


「そうか。ならつまらないだろう」

「いえ、見てるだけでも綺麗ですし、くるみたちも楽しそうなので」

「そうか――なぁ、加賀谷君とくるみちゃんは付き合っているのか?」

「いえ。よく間違えられますけど、別に付き合ってるわけじゃないですよ」

「やはりそうなのか……寧々から『付き合ってるわけじゃないよ』と言われていたのだが、実際に目にしてみると本当は付き合ってるんじゃないかと思ってしまってな」


 『付き合ってるわけじゃないよ』のところは寧々さんの声真似だったのだが、やはり姉妹、かなり似ていた。

 っと、その話は置いておこう。


「あはは、距離感近いですもんね」


 一般的な男女よりも近い距離感なのは自覚している。だが、別に勘違いされても実害はないし、無理に距離をとる理由もないので気にしていない。


「そう、そこなんだよ。

 実際のところ、加賀谷君はどう思ってるんだ? ぶっちゃけ好きなのか?」

「……酔ってますか?」


 そういえば、先程ビールの缶を数本空けていた。というか、今も手に一本呑みかけのビールを持っている。

 息から酒の匂いがするし、心なしか顔も赤い。


「少しだけな。それより、どうなんだ? ラブなのか?」


 ずけずけと聞いてくる那奈さんに少したじろぎながらも、少し考えて「別に言わない意味もないか」と結論付ける。この人口固そうだし大丈夫だろう。

 くるみからは聞こえない距離にいることを確認しながら小声で話す。


「んー、どうなんでしょうね。間違いなく好意はありますけど、それが恋愛感情かと問われるとよくわからないですね。

 そのあたりは、これからゆっくり考えようかなぁと」


 奥義、後回し。よくわからないことは時間が解決するかもしれないので、後に回してしまう。

 適当に生きるをモットーにする僕にとって、この技はあまりにも便利すぎる。


 そんな僕の奥義に何か思うところがあったのか、那奈さんは少し考えると、口を開く。


「ああ、そうだな。まだ15――誕生日いつだ?」

「9月なので、まだ15歳ですね」

「そうか。君はまだ15歳だから、時間はたくさんあるだろう。

 でも――思ってるより長くないぞ。

 高校は3年間あるとはいえ、進路を決めたり受験勉強をしたり、いろいろとすることが多い。実際三年生になってからは恋愛してる余裕がないことも多いだろう。

 あと、高校卒業したら時間があると思っているかもしれないが、そもそも大学が気軽に会える距離とは限らないからな」


 ……なるほど、確かにそれはそうだ。

 僕は別に勉強しなくてもそこそこのところに行けるだろうけど、くるみはそうじゃないかもしれない。


「だから、意外と高校生活――いや、青春の時間は短いんだ。だから、悩んでるなら行動してみたほうがいい。

 っと、変な話をしてしまったな。すまない。どうも酔っているようだ」

「いえ、大丈夫です。むしろ目から鱗って感じでした」

「そうか。それならよかった」


 そう言いながらビールに口をつける那奈さん。

 視線を移してくるみのほうを見ると、のこり僅かになった手持ち花火を、楽し気に振り回していた。


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