41話「他人のセンスに口出ししない主義」
キャンプについての話はとんとん拍子に決まり、ついにキャンプ当日になった。
集合場所は先週くるみと行ったショッピングモールの出入口の一つだ。必要なもののうち重いものやバーベキューに使うもの(炭とか食材とか飲み物とか)をここで買って行くらしい。
少し早めに着きすぎたのでくるみと二人で待っていると、のそり、という擬音が似合う感じで小野がショッピングモールに入ってきた。
「あれ、坂本さんはまだ来てねえのか」
「お姉さんが道間違えたから少し遅れるって」
さすがに高校生だけで行くのはまずいのではないかという話になり、大学が休みで暇をしていたらしい坂本姉に白羽の矢が立ったというわけだ。
正直少し申し訳ない気持ちではあるが、坂本さん曰く「私より楽しみにしていた」らしいので、着いてきてくれるというのであればありがたくそうして貰うとしよう。
と、そんなことを考えていると、小野が何故か僕のことをジロジロと見ているのに気が付く。
「……何?」
「あ、いや。そういえばお前の私服姿見たことなかったなって思ってよ」
「そういえばそうかも」
「結構オシャレなんだな」
と、僕の服装を見ながらそう言う。
今日の僕は、上はアシンメトリーの紺色を基調にした柄の――なんて表現するのかわかない、これ。シャツという素材でもないし……ジャケット? とも少し違う気がするが――
……まぁ名称はなんでもいいや。それを少しダボッと着ているので、首周りは若干開いているだろうか。
で、ズボンの方は何の変哲もないベージュの物。靴は上に合わせて紺色の物を履いている。
とまぁそんな形容しにくい服装なわけだが、それがオシャレに見えるようだ。
「オシャレしてるつもりはないよ。最低限似合う服を着てるだけで」
「綾人は素材いいから何着ても似合うから」
「羨ましい話だ」
「僕よりくるみのほうがオシャレじゃない?」
「女子ですから、身だしなみには気を遣うのです」
「僕の家に来るときにはもっとラフな格好だけど」
「あそこはほとんど自宅だから」
「家に来る頻度考えるとあながち間違いじゃないのが……」
ほとんど毎日来てるし、たしかに殆ど自宅みたいなものだろう。
いつも家に来るときには適当なシャツ(どこで買ったのかわからないような柄の時もある)に適当なスカートかズボンなくるみだが、今日は白い半袖のパーカーに、茶色いゆとりのあるズボン(ワイドパンツとでもいうのだったか)という服装だ。そのパーカーもシンプルではあるが、所々レースっぽい素材が使われていたり、決して適当に着ている感はない。
「……砂糖吐きそう」
と、なぜか苦々しい顔で言う小野。
そんな小野の今日の服装は、灰色のシャツに黒いズボン。似合っていないわけではないが、いささか『雑さ』を感じる。まぁ友人と遊びに行くくらいなら、これくらい雑なくらいがいいのかもしれない。
「砂糖? 甘いものでも食べたの?」
「食べたというか……」
「楽しそうな話してるね~!」
と、聞いた覚えのある声がしてきて、僕たちは揃ってそちらを向く。
すると、そこには坂本さんと、長身の女性が並んでいた。
「ごめんね~、お姉ちゃんのせいで送れちゃって」
「すまない。ここに来たことがなかったもので。あ、私は寧々の姉の
かっこいい女性。
そう表現するのが似合うだろう。
身長は僕とほとんど変わらないし、声も落ち着いていて低めなので、男っぽいとも言えるが、シンプルながら体のラインが出る黒いズボンと、強い色調のシャツは、なるほど確かに女性なのだろう。やはり、『男っぽい女性』というよりも、『かっこいい女性』というのがしっくりくる。
「初めまして。加賀谷綾人です」
「文野くるみって言います」
「小野将雅です」
「寧々から聞いているよ。
早速だが、買い物と行こうじゃないか。話は歩きながらでもしよう」
と坂本さん(姉)が言うので、僕たちは揃って頷いた。
◇ ◆ ◇
キャンプ場に着くと、まずはロッジの鍵を借りて荷物を中に運び入れてしまう。
そして、早速水着に着替えて川遊びをしようという話になった。
川遊びといっても、人の手の入った川は、怪我をするリスクだったり溺れるリスクが少ないので安心だ。
「しかし……体育の時も思ってたが、本当にひょろひょろだな、お前」
「筋肉つけるための運動がそんなにできないからね」
ロッジの中には共用スペースと、それとは別に二つの部屋があり、僕たちはその一室で着替えていた。女性陣はもう一部屋で着替えをしているはずである。そのほかにも、トイレや風呂、冷蔵庫などもあり、なかなか過ごしやすそうだ。
くるみと買った水着を着て、上からラッシュガードを羽織る。
チラリと小野の姿を見ると、青っぽい稲妻にドラゴンがデザインされた水着を着ていて、思わず凝視してしまう。
「ん? この水着か? かっこいいだろ!」
「あ、うん。そうだね」
さすがに、『小学生の頃、同級生にそういう柄の筆箱持ってる人いたよ』とは言えないので、僕は曖昧な表情で頷いておいた。
日焼け止めを塗ってからロッジの外に出ると、容赦なく照りつけてくる日光が思ったよりも暑く、僕たちは体を冷やそうと川に向かって小走りで向かう。
集合場所だったショッピングモールで買ったビーチサンダルのまま川に入ると、川の温度は思ったよりも高く、これなら長時間遊んでも体が冷えてしまわなそうだと安心する。冷たいプールとかだと、長時間入っていると逆に冷えてしまって体調を崩したりするし。
「あー、気持ちいねぇ」
「まだ足しか浸かってないじゃねえか」
「そもそもそんなに水深ないじゃん」
溺れないようにという配慮からか、川の深さは一番深いところでも膝ほどしかない。
コンクリートで舗装されており、これなら裸足で入っても怪我しないだろう。
本格的なキャンプをするつもりならこんな人工的な環境は邪道なのかもしれないが、高校生の僕らが気軽にキャンプするくらいならこれくらい人工的なほうが気楽だ。
「ほら、遊ぼうぜぇ」
「男二人でバシャバシャ水掛け合ってても映えないじゃん。華がないともいう」
「それはそうなんだが……せっかく来たのに遊ばないのも、なぁ?」
「まぁまぁ、落ち着いてよ。そう焦らなくてももうじき僕より元気な人が来るよ」
と、僕がそう言った瞬間、ロッジの方から女子特有の高い声が聞こえてくる。
「あっついねー」
「早く川入ろ」
「うん、夏って感じだな」
声につられてそちらを向くと、女性三人がそれぞれ水着に着替えてこちらに駆けてきているところだった。
くるみは、僕と選んだ水色の水着を着ていて、坂本さん(妹の方)は白を基調としたデザインの物。で、坂本さん(姉)は黒く三人の中で一番露出が多い水着を着ていた。
「お待たせ、待った?」
「待った」
「いや、そこは『今来たとこ』ってイケボで言ってよ」
「今来たと――無理して低い声出したから咳出そう」
くるみの無茶ぶりに答えようと、なんとかイケメンっぽい低音ボイスを出そうとしてみたのだが、無理をしたせいで思わず咳が出そうになって断念する。
「あ、小野くん! その――水着、似合ってるよ! かっこいいね!」
「だろ? 坂本さんこそ、水着似合ってるぞ」
「ほんと? ありがとう!」
と、向こうではそんな会話が繰り広げられていて、思わずくるみと顔を見合わせてしまう。
「……たしかに、寧々ちゃんの言う通りかっこいい――よね。うん」
と、何か言いたげなくるみだが「センスが中学生っぽい」とは言わないだけの良心は持ち合わせているようだ。
僕はそれに微妙な顔で同意しつつ、近づいてきた坂本さん(姉)のほうを見る。
「……恋は盲目ってああいうことを言うんだな。正直私には……小学生のセンスにしか見えないが」
坂本さん(姉)がそう小さな声で呟くので、僕とくるみは思わず吹き出してしまう。
いや、確かにそう思いますけど、言わないであげてください……。
「ん? どうかしたの?」
「いや、なんでもない。ほら、目いっぱい遊ぼう」
僕たちが吹き出したことが気になったのだろう、小野と坂本さん(妹)がこちらを見るが、それを坂本さん(姉)は雑に誤魔化した。
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