40話「そういえばお盆」
キャンプに行く話をしてから三日後。
僕はキャンプ地に居た――のではなく、病院に来ていた。
というのも、親戚のおじさんが医師をしていて、体の弱い僕は定期的に異常がないか見てもらっているのだ。
――まぁ、僕としてはあまり来たくないのだけれど、伯父が来てほしいというので呼ばれたら行くようにしている。
「うん、大丈夫そうだね。目立った異常はないよ」
「なくてよかったよ」
「それはそうなんだけどね……かわいい甥っ子が心配でさ」
まぁ、それはわかる。この人は母方の伯父で、自分の妹(僕の母親)を若い時に亡くしているわけだし、彼の母親――僕からすれば母方の祖母だが、その人も若いうちに亡くなっている。それに、末の弟も亡くしているとなっては、心配にもなるか。
結婚もしてない伯父は、昔から実の息子のようにかわいがってくれて、だからこそ心配してくれているのだろう。昔、よく伯父のところに預けられたりもしてたし。
僕の体が強ければこんなに心配することもなかったのだろうけど……。
「薬はまだあるかい?」
「解熱鎮痛剤があんまり残ってなかったと思う」
「消費ペース的にそこまで乱用してないのはわかるけど……気を付けて使ってよ?」
「わかってるよ」
僕だって薬には副作用があることくらい知ってるし、強い鎮痛剤はそのぶん副作用も強いことはわかってる。
だから多少の頭痛なら使わないし、熱ある時にもなるべく使わないようにはしている。
「整腸剤は……市販のでもそんなに成分変わらないからわざわざ処方はしないでおくよ」
処方箋を作っているのか、画面を操作しながらそう言うおじさんにお礼を言う。
すると、伯父は笑顔で「いいっていいって。本当に感謝してるなら、子ども出来たら真っ先に見せに来てね」などと言うので、曖昧な返事を返しておく。
病院の待合室まで戻ると、ずっと待っていてくれた祖父がこちらに気付いて手招きする。
「綾人、大丈夫だったか?」
「大丈夫大丈夫。いつも通りだよ」
「異常あったらそのまま大病院に紹介状書いてるよ。ったく、父さんもなんだかんだ孫に甘いね」
「お前が孫どころか婚約者の一人も連れてこないせいだろうがい!」
「俺は彼女作る気ないから」
「綾人はこんなふうにならないでおくれよ~。おじいちゃんはひ孫の顔が見たいんじゃ」
「父さん、綾人まだ15歳だよ? 高校一年生に言うのは早すぎるでしょ」
「もう70近いんだからいいだろうが! 孫の成長を見守るのが余生の楽しみなんだから」
「あと30年生きそうなくせに……処方箋はすぐ出すから、明日家に帰る前に薬局寄って薬貰っていけよ?」
「わかってるって。あとじいちゃん、もうすぐ僕も16になるんだし、もう抱き着くような年じゃないよ」
「孫は孫だから抱き着いたっていいだろうが」
「……まぁ、愛されてていいじゃないか。うん」
と、伯父は他人事のようにそう言う。
こっちは現在進行形で剃り残しのひげが頬に当たってチクチク痛いというのに……まぁ、愛されてるなとは思うけど。
その後、処方箋を貰い、祖父の車で祖父の家に向かう。
正月と夏休みにする、年に二度の帰省。……母はいないのに帰省と呼んでいいのかはわからないけど。
「綾人、高校はどうだ? 楽しいか?」
「楽しいよ。いい人ばっかりだし」
「いじめとか受けてないか? すぐ相談するんだぞ?」
「大丈夫だよ。いじめに時間使う馬鹿な人もそうそういないから」
学力が高い学校で、「勉強が好き!」という人や変人が多く、いじめに時間を費やす人間がほとんどいない。中には性格悪い人もいるのだろうけど、少なくとも中学の時のように陰湿ないじめをしようとするような人はいない。
「それならよかった。おじいちゃんの通ってたところは――」
「また昔話始まったよ。父さん、五十年くらい前の話しないの」
「心はいつまでも少年だからな」
「ほんとこのオヤジは……」
後部座席で深く溜息を吐くおじさん。車に乗るときは、運転席の祖父が「綾人隣に来てくれ!」と騒ぐので、いつも僕が助手席になる。
……たしかに、年の割りに言動や見た目が若い祖父だけど、まぁそれで元気で居てくれるならいい。僕より長生きしそうで笑えないけど。
「涼馬君は元気にしてるか?」
「父さん? あの人は……元気にはしてるよ。相変わらず何してるかわかんないけど」
「自由でいいじゃないか。男はいつだって冒険心を忘れちゃいけないものだ」
「いや、息子に何してるかくらいは伝えようよ……」
と、伯父はもっともなことを言うが、祖父はそれを笑い飛ばす。
……母と父が結婚する時には、「娘はやらん!」と言って父と大乱闘を繰り広げたらしいが、そのせいか今ではこうして父を認めている――というか、同士的な目で見ている。
伯父から聞いた話ではその大乱闘はなかなかすさまじい物だったらしく、二人とも救急車を呼ぶ寸前までいったらしい。何やってんだまじで。
「いいか綾人。夢は大きくなくてもいい。些細なものでもいい。でも、それを忘れちゃいかんぞ。おじいちゃんも若い頃は夢見がちでな。知ってるか? おばあちゃんは昔学校のマドンナでな――」
どうやって射止めたのかとか、プロポーズは何処でしたのかとか、この話は何回も聞かされている。
毎回長いこと話して、最後はこう締めるのだ。
「最後まで自分にはもったいないくらいいい女だった」と。
「綾人、好きな子とかいないのか?」
「んー、いない、かな」
「文野さん……だったか? 幼馴染の子とはどうなんだ?」
「どうもなにも、仲良くやってるよ」
それが恋愛感情なのかどうなのか……まだ答えは出していない。まぁ、焦るようなことでもないし。
「まぁ、まだ高校生活も長いし、まったりやるよ」
「ふっはっは。そうかそうか」
と、何故か祖父は楽しそうに笑って、伯父は後ろで呆れるようなため息を吐いた。
◇ ◆ ◇
祖父の家に着くと、手を洗って仏壇に線香を上げて、胡瓜と茄子と割りばしを渡された。
「そっか。もうお盆か」
夏休みで日付の感覚がなくなっていた僕は、その組み合わせを見て気が付く。
他の地域でもするのか知らないが、毎回この時期に祖父の家に来ると、必ず胡瓜の馬と茄子の牛を作って玄関に置いておく。
死んだ人が現世にやってくるときには早く来れるように馬にして、帰りはゆっくり帰れるように牛を用意する。
毎年やっていることなので、手際よく割りばしを適度なサイズに折ると、それをブスリと胡瓜に刺す。
四本差し込めば、多少ガタつくがちゃんと立つようになった。
「きっと、ばあちゃんも華奈も
夏樹とは、僕の叔父のことだ。昔はよく仲良くしてくれた――どころか、本当に僕が小さい頃、それこそ叔父も学生だった頃は一緒の家に住んでいろいろ世話をしてくれていた。
「ガタついてるから安定感はなさそうだけど」
と、僕は軽く押すだけでガタガタ動く胡瓜の馬を突きながら言う。
それに、伯父さんは笑って「事故起こしても二回は死なん」といい、それもそうかと思った。
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