31話「旅行にゴー」
「綾人、旅行に行こう」
「え、なんで」
隣でスマホを見ていたくるみが急にそんなことを言い出したので、僕は反射的にそう尋ねた。
「ほら、夏休みじゃん? で、お父さんが来週急に仕事が休みになったらしいから、その日に家族で旅行に行こうって話になって。温泉のあるホテルに泊まりに行くんだ」
「へー、いいじゃん楽しんできてね」
「うん、楽しむ……じゃなくて、何で綾人は来ない前提なのさ」
「いや、家族水入らずの空間に僕が行くものでもないでしょ」
「綾人ももう家族みたいなものじゃん。それに、もう綾人の部屋も予約しちゃってるから」
「せめて僕に予定聞いてからにしてよ……」
「予定ないでしょ?」
「ないけども」
「なら問題なし。綾人行くってお母さんに送っちゃうね」
くるみはそう言うと、メッセージアプリを立ち上げて手早く送信してしまう。
拒否権なしかよ……まぁいいけど。
◆ ◇ ◆
そんなこんなで迎えた旅行当日。僕は着替えと少しの荷物を持って、マンションの前の道路脇に立っていた。
車で迎えにきてくれると言うので、それに甘えることにしたのだ。くるみの家の人たちは僕に体力がないことを知っているので、そういうふうに気を遣ってくれてありがたい。まぁ、ありがたいのと同時に申し訳なくもあるんだけど。
と、そんなふうに考えていると、見覚えのある車が近づいてきて、僕の目の前で止まった。
後部座席のドアが開けられて、中からくるみと樹君が出てくる。
「荷物トランクに入れちゃおう」
「オレ持つから綾人兄ちゃんは車乗ってて」
「いや、それくらい僕自分でやるよ?」
「いいからいいから。ほら、綾人兄ちゃんは一番後ろ」
「樹に任せて乗って。席の場所的に、綾人が乗らないと樹も乗れないから」
「じゃあ……お願いします」
「おーけー」
樹くんに荷物を任せて、僕は車に乗り込む。
7人乗りの車の三列目の一番左の席に座ると、くるみが乗り込んできて、僕の隣――一番右側の席に座った。7人乗りとはいえ三列目の真ん中の席は狭いので、くるみとの距離感は近い。
「綾人君、元気にしてたか?」
「あー、まぁまぁって感じですね」
「綾人この前も熱出してたし元気ではないよね」
「いつも通りともいうけどね……樹君、ありがと」
話していると、僕の荷物を乗せ終わった樹君が車に戻ってきたので、改めてお礼を言う。
全員がシートベルトを閉めたのをおじさんが確認したところで、車が動き出した。
「ほんとありがとうございます。せっかくの旅行に、僕も一緒にさせてもらって」
「子どもはそういうこと気にしなくていいの。純粋に楽しんじゃって!」
「そうそう。それに、綾人君は家族みたいなものだからね」
「……ありがとうございます」
「あ、その言い方華奈ちゃんそっくりー」
「ねぇ、わたしたちよくわからないんだけど、綾人ってそんなに綾人のお母さん似なの? たしかにお父さんの方とはそんなに似てないけど……」
というくるみの疑問に、くるみの両親は揃って「そうだね」と言う。
そして、少し懐かしむような間の後、話を始める。
「まずなにより見た目。かわいいというか綺麗って感じで、全体的な雰囲気がそっくり。もちろん涼馬君に似てるところもあるけど、少し女の子っぽくすれば、学生時代の華奈ちゃんそっくりね」
「仕草とかも似てるな。笑い方とか恥ずかしい時の視線の逸らし方とか。あと、頭いいところもそっくりだ」
「そういえば写真見せたことなかったか……後で写真見せてあげるわ。ほんとそっくりだから、びっくりするわよ」
「僕は見たことありますけど、自分だと『そこまでか?』って感じでしたけどね」
「他の人から見たら似てるのよ。ほんと、そっくり」
「……体弱いところまでは似なくてよかったですけど」
「ふうん、そんなにそっくりなんだ。綾人が女の子になった、みたいな人だってこと?」
「ほんとそんな感じ!」
「綾人兄ちゃんが女になった……?
……結構似合いそう」
「やめて。その話題は僕のトラウマを刺激する」
女になる……女装……うっ、頭が。いつかの地獄みたいな『綾音ちゃん化事件』を思い出してしまう……
「そんなにダメージ受けなくても……綾人の女装似合ってたよ?」
「え、綾人兄ちゃん女装したことあるの!? 写真見せて!!」
「仕方ないなぁ。少しだけ」
「見せるな!! というか消せ、今すぐ消せ!」
「すでにバックアップは取ってる。一度消されたくらいで倒せると思うな。
綾人の女装写真は滅びぬ。何度でも甦るさ」
「頼むから滅びて……」
そんな僕の懇願も虚しく、写真が消されることはなかった。
……ちなみに、「もしバックアップも消えた時には、もう一回女装してもらうだけだから」とくるみが言っていたので、バックアップ奪還作戦を決行するのは諦めることにした。
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