30話「完全復活」



「完全復活!」


 体調を崩したくるみをデパートへ迎えに行った翌日。くるみのお見舞いに行こうかと考えていたところ、突如としてくるみが家に押しかけてきた。


「……もう治ったの?」

「綾人じゃないんだから、そんな長引かない。ほら、そんなことより夏休みなんだから遊ぼう?」

「んー、いいよ。何する?」

「そりゃあ、夏休みに男女が集まってやることといったら一つしかないじゃん」

「その言い回し悪い予感しかしないけど、とりあえず聞いてあげるよ。何?」

「そりゃもちろんセック――」

「熱で脳溶けてんじゃないの?」


 ナニカを口走ろうとしたくるみにクッションを投げつけて黙らせる。

 全く、この幼馴染は……少しは恥じらえ。花は恥じらわなくてもいいからお前は恥じらえ。


「ひどい! 最後まで言わせてくれないなんて」

「言わせる分けないじゃん。馬鹿なの? そもそも、我が家は下ネタ禁止だから」

「ネタじゃないし」

「じゃあ、我が家は下品な発言禁止だから」

「ならわたしは大丈夫だね。品のある発言しかしてないから」

「録音して聞かせてやろうか?」


 まったく……この幼馴染は。

 注いだ麦茶をくるみに差し出し、ソファーに並んで座る。


「まぁいいや。で、何する?」

「だから、エッチなこと」

「それ以外」

「えー、いいじゃんしようよー。わたしは天井見てたら終わるらしいから」

「僕は何も良くないよね、それ。というかそういう発言は禁止だってさっきも……うおっ!?」


 突如腕を引っ張られて、バランスを崩して咄嗟に手をつく。

 気がつくと、くるみの顔の横に僕の手が置かれていて、(実際はそうではないのだけれど)僕がくるみを押し倒したかのような姿勢になっていた。


「ほら、据え膳ですよー」

「…………」


 真っ赤な顔をしながら、震える声でそう言うくるみ。

 いや、緊張してるのバレバレだから。

 というか、なんでそんな自爆攻撃みたいなことするのだろう。

 ……やっぱり、本気なのだろうか。

 もしそうだとしたら――



 ――その程度で僕がどうにかなると思うなよ?



「病み上がりなのに馬鹿なことしないの。ほら、ゲームするよ」


 もちろん、ドキドキしてないわけじゃない。魅力的だとは思っているし。

 でも、このくらい割と普段からあったりする距離感だし。誘う側からすれば恥ずかしいのかもしれないけれど、こっちからしたら日常の延長戦でしかないわけで、理性を揺すってくるとあらかじめ分かっていれば耐えるのは難しくない。

 むしろこの程度で僕の理性がどうにかなると思われてるのであれば心外だ。僕の理性はそんなに弱くない。弱かったら今頃どうなっているかはわかるだろうに。


「……むぅ」


 元の体制に戻った僕を見て、悔しそうに声を漏らすくるみ。

 僕はそれを無視してゲーム機を起動し、コントローラーを一つ渡す。


「少しは動じてくれたっていいじゃん」

「甘いね。その程度じゃ動じないよ」


 まぁ、正確には動じないようにしている、といったところか。一応ドキドキはしてるわけだし。


「というか、綾人からすれば何も悪いことないでしょ。なのになんでそんな頑なにダメって言うの?」

「なんとなくだけど」

「は?」

「いやだから、何となくだって」

「……うわー、それはないわー」


 そう言われましても、くるみに言えるような理由はない。

 大事にしたいから、なんて本人に言えるわけもないし。

 その他に、言語化しにくい漠然としたものならいくつもあるのだけれど、どうやってもうまく伝えられる気がしないしから、わざわざ言おうとはしない。変な伝わり方して誤解があっても嫌だしね。


 まぁ、下手に理由付けして論破されたら断る理由なくなって詰むから、こういうのは曖昧なままにしておく方がいい。


「何となくって、そんな理由でわたしの渾身の誘いが無視されるなんて……泣いちゃう」

「ハンカチは貸してあげるよ」

「その優しさあるなら受け入れてほしい」

「それはまた別の話」

「ひどい!」


 体を起こしたくるみにコントローラーで軽く体を叩かれるが、痛くないので無視してコントローラーを操作して対戦の設定を変える。


「……『その程度じゃ動かないよ』ってさっき言ってたけど、あんなに攻めてもダメだったじゃん」


 あんなに攻めても、とはあの下着姿になった時のことだろうか。

 ……あれ・・、やっぱり狙ってやってたんだ。


「あれでダメなのに、じゃあどうしたら綾人はシてくれるの?」

「んー、無理ってことじゃないかな」


 くるみの声色から真剣にそう言っているのだとわかってはいるが、あえて茶化すことにした。


「わたしは真面目にっ!」

「だって僕がそれ言っちゃったら、僕の負けになっちゃうじゃん。実行されたら僕の理性なくなるってことだし」

「…………」

「わざわざ教えるわけないよね?」

「それは……そうだけど」

「ほら、わかったなら早くキャラ選んで。こんな話よりゲームしようよ」

「はぁ。じゃあこのキャラ使う」

「おい、僕のキャラ見て相性いいやつ選びやがったな」

「知らなーい」


 しらばっくれるくるみの額を指先で軽く突いてから、試合を開始するボタンを押す。

 そう、これくらい軽いノリでいいんだよ。

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