32話「男湯の会話」



 車で1時間半ほどの温泉地。そこのホテルの駐車場に車を止めると、僕たちは荷物を持ってホテルに入って行った。


「みんなー、鍵受け取ってきたぞ。部屋は7階だそうだ」


 ホールで待っていると、鍵を持ったおじさんが日本の鍵を見せつけながら近づいてきた。


「こっちが3人部屋で、こっちが2人部屋ね」


 と、おばさんが捕捉する。

 となると、僕含めた男性陣が3人部屋で、女性陣が2人部屋になるのだろう。


 荷物を持ってエレベーターへ乗り、そのまま7階に上がって通路を右に曲がる。

 たしか……710号室と711号室だったはずだ。で、710号室の方が3人部屋だった。


「はい、鍵。綾人君に頼むわね」

「え? 僕ですか?」

「だってくるみに頼むのはなんか心配じゃない?」

「……もしかして、僕とくるみが2人部屋の方ですか?」

「あら、言ってなかったかしら?」

「「えー!?」」


 と、何故か僕とおじさんの声が被る。

 ……おじさんにも知らされてなかったのかよ。


「だってくるみはよく綾人君の家に泊まってるし、今更でしょ?」

「……たしかに」

「なら問題ないでしょ?

 荷物置いたら温泉の前に集合しましょう。せっかくの温泉なんだから楽しまないとね」


 などと言って、騒ぐおじさんを710号室に引き摺り込むおばさんと、それについて行く樹君。

 ……まぁいいか。


 色々諦めた僕は、受け取った鍵を使って部屋に入り、電気をつける。


 ホテルの部屋は洋風で、ベッドが二つ並べて置いてあった。

 それほど広いと言うわけではないが、清潔にされた部屋はいるだけで少し気が引き締まる気がした。


「わたしこっちのベッド使う」

「わかったから、部屋に入ってすぐ寝そべらないの。荷物置いたら出るよ?」


 ……すぐベッドに飛び込んだくるみのせいで、緊張感とかそういうのは無くなってしまった。

 まぁくるみらしいけど。


「あ、せっかく温泉来たんなら浴衣着ないとダメだよね」

「風呂上がったときに着たらいいんじゃない?」

「たしかに。じゃあ持ってく」

「僕もそうしようっと」


 そんな会話をしてから、浴衣とタオル、替えの下着を持って、2人揃って部屋を出たのだった。

 ……もちろん、鍵もちゃんと持っている。



◆ ◇ ◆



 かぽーん。


 漫画ならそんな擬音がつきそうな温泉で、僕は足先だけ温泉に浸かっていた。

 大浴場は平日なためか人がほとんどおらず、貸切のようなものだった。


「綾人兄ちゃん、肩まで浸からなくていいの?」

「すぐのぼせちゃうからね。堪能するためには足湯くらいがちょうどいいんだよ」


 と、そんな話を樹君としていると、体を洗い終わったおじさんが僕の隣に座った。


「綾人君、学校は楽しいかい?」

「楽しいですよ。友人もいますし」

「ならよかった。くるみとはどうだ? 仲良くしてるか? って、聞くまでもないか」

「そうですね。今まで通りですね」

「綾人兄ちゃんたち本当仲良いもんね」

「そう?」

「そうだよ。この前だって楽しそうに家で勉強会してたし」

「勉強会か……俺たちの頃もしたなぁ」

「父さんたちも?」

「ああ。華奈さんの頭の良さの恩恵を受けようと俺たち3人は必死だった」


 と、懐かしそうに語るおじさん。

 ……お母さん、本当に頭よかったんだな。知ってはいたけど、そういうエピソードを聞くと余計にそう感じる。


「あの頃はお互いに子どもができて、その子どもたちが仲良くなるなんて思いもしなかった……

 綾人君とうちの娘もそうなるのかもな」

「なりますかね……」

「というか、うちの娘貰ってくれよ。正直なところどうなんだ? 綾人君なら安心して任せられるんだが」

「どう、と言われても……本人の意見もありますし、まだ全然そういうのは想像できません」

「あははっ、だよなぁ。俺も高校生の頃はそうだったし」

「父さんは今も未来のことそんな考えてないでしょ……」

「いや、考えてるぞ。いつか生まれるであろう孫の顔とか」

「なんか違う気がする……」


 親子の微笑ましい会話を聞きつつ、僕は天井を見上げてぼんやり考える。


 「正直なところどうなんだ?」か……。

 どうなんだろう。付き合いたいのか、結婚したいのか。はたまたこのままで居たいのか。

 ……まぁ、ゆっくり考えればいいか。まだ高校一年生だし、時間はあるはずだ。

 『来年のことを言うと鬼が笑う』とも言うし、ゆっくり僕のペースで生きていくとしよう。


 ……それはそうとして、そろそろ風呂から出るか。

 一度もしっかり入らないのはもったいないから、一回肩までちゃんと浸かって出ることにしよう。

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