第7話 試合開始
「言ってくれるぜ、クソガキ。こいつら、俺らに勝つつもりらしいぜ、兄弟」
ドットたちの真後ろ。
振り向けば、緑、赤、黄色のトカゲの姿をした、二足歩行の魔族がいた。
成人男性くらいの大きさで、子供のドットたちからすれば、上からの威圧感がある。
腰に納めた剣の鞘の形が奇妙だった。根元が細く、先っぽが太い。三人とも同じ剣を持っている――、抜くのではなく、横へ振れば、そのまま取り出せるようになっているようだ。
「まあまあ兄貴。勝つという夢を見るのは自由なんだしさ。そう怒るなっての」
「噛ませ犬は吠えてこそだから」
緑色のリーダー格のトカゲ男に続いて、赤と黄色が答えた。
赤は二刀流。黄色は緑と同じく、一刀のみ。
胸と腰を守る黒いプレートと、剣以外に纏う物はない。
現時点では、彼らは剣士なのだろう、と判断した。
緑、赤、黄色。ドットはあれを連想する。
「……パプリカ兄弟だ」
「誰がパプリカだ! 見りゃ分かるだろうが、信号だ信号!」
あー、と手をぽんっと打つドット。
印象から連想した一つの例えの定着が良過ぎて、他の物に連想させる余裕がなかった。
確かに、信号に見える。
ただその理屈でいくと、青=緑のリーダー格のトカゲ男が、一番安全だろうという暗示になってしまうが。
「緑が安全っつう先入観って、怖えよな」
くっくっく、と笑いながら、緑のトカゲ男が言う。
互いのチーム同士が睨み合っていると、受け付け担当のイタチが、手をぱんぱんっと叩く。
「試合前から白熱すんのはいいが、あんまり熱中し過ぎるな。
ここでドンパチされても困るからよ。続きはさっさと試合でやっちまおうぜ」
今のところ、試合はおこなわれていないので、ステージが空いている。
手続きを完了させたイタチが、机からぴょんと跳ねて飛び降り、すたたた、と会場の真ん中に設営されてあるリングへ駆け寄った。そして、全員を片手で招く。
慣れているパプリカ三兄弟の後に続いて、ドットたちもリングの中へ入っていった。
上のディスプレイには、ドットたちとパプリカ三兄弟の情報が出ているのだろう。
その情報を元に、観客はどちらが勝つか、賭けるのだ。
今回が初対戦であるドットたちの倍率は、パプリカ兄弟よりも十倍以上――。
イタチはドットの言葉を全て疑っていたわけではない様子だったが、やはり信じられない一面もある。だからこそ、倍率が高い。
無名、初対戦。
金をドブに捨てるようなものなので、大半の観客はパプリカ兄弟に賭けるが、分かっている者は、ドットたちに賭ける。無名初対戦はつまり、未知数なのだ。
そう、化ける可能性がある。
一瞬だけ輝く強者の高倍率が出現する、稀なケースの可能性もあり、一部の観客は金をドブに捨てるが……。しかし認識としては、夢を買ったのであって、捨てたわけではない。
結局は気持ち次第。
形無き物にお金をかけて、それに価値を見出せるのか。
そこが楽園と地獄の分かれ道でもある。
「この倍率がそのまま実力差なんだよ、クソガキ共」
緑のトカゲ男が挑発してくる。
言い返したいルルウォンの口を羽交い絞めにして、押さえるテトラ。
この場でルルウォンに暴れられても困るのだ。
これから戦うステージまでいくのだから、それまでがまんしていてほしい。
ニヤニヤ笑うパプリカ三兄弟へ、ドットが少しむっとしながら言う。
「実力差は、やってみればすぐに分かる」
ぶちり、と相手チームの血管が切れたような音がしたが、ドットは放っておく。
指示されたサークル型のワープ装置の上に乗った。テトラとルルウォンも、後に続く。
行き先はランダムらしいので、まばたきをしている内に変わった景色が、今回の勝負のステージらしい……、そして出現する場所も、それぞれがランダム。
つまり三人ばらばらになってしまうので、まずは合流することが課題だった。
「いいか、ルルウォン。騒ぎを立てず、一刻も早く合流するぞ。
勘でなんとなく、それぞれの居場所なんて分かるだろ」
「いやいや、それには同意できないよ、ドット」
「テトラは一番有利なんじゃないのー?」
そんなやり取りをしていると、トカゲ男がびしっと指差し、叫ぶ。
「クソガキ共ぉ! これは洗礼だ、誰かが怪我をしたとしても、命を落としたとしても文句は言うんじゃねえぞ? これは、ガキ共が軽々しく茶化しにきていい場所じゃねえ。
大人の汚ねえスタンダードの戦いを、存分に味わわせてやる――ッ」
殺意が乗った目が向けられた。
その目にびくりと少し気圧されたドットよりも前に出て、受け止めたルルウォンが叫び返す。
「やってみろ、べーっ、だ!」
舌を出して子供らしく挑発したその後すぐ、サークル内が白く光り、両チームがワープした。
ランダムに選ばれた戦闘エリアは――廃墟の街並み。
上位者と初心者の今後の明暗が分かれる、重大な試合が開始された。
―――
――
―
ルルウォンの攻撃によって空の彼方まで吹き飛ばされたトカゲのパプリカ兄弟。
エリア外まで吹き飛んだために、戦闘続行不能になったのか、それとも攻撃によって気絶し、戦闘不能になったのかは分からないが――高い電子声と共に、ドットの視界が白く光る。
まばたきをする間もなく景色が変わり、さっきの、観客席が階段のようになっている広場に戻ってきていた。真上のディスプレイにはドットたちが勝者だという旨が表示されている。
宙を舞う札束が、桜吹雪のようだ。
近くの札束を拾おうとしているルルウォンの脇腹の、少ない贅肉をつまんで引っ張る。
「いたいいたいッ!? そこは女の子のデリケートなところだよ!?」
「注目されているところですんな。するなら端っこの方で拾っとけ」
「ここの汚いお金を拾わないでよね!」
拾うこと自体を否定しなかったことに、テトラが気づき、注意する。
言われても結局、見えないところで拾ってしまえばそれまでなのだが、視力が良いテトラの目を誤魔化すのは、至難の業かもしれない。
不意を突くならまだしも、警戒されたところに突っ込むのは得策ではないだろう。
「お、お前ら、意外とやるんだな……」
イタチが、ぽかんとした顔で言う。
「だから最初から言ってんじゃん。
身の丈に合った相手を用意するなら、たぶんここにはいないよって」
「なにもしていないはずのドットが、どうして威張っているのかな……?」
狙っていないとは言え、結果的にルルウォンだけが活躍をした結果だ。
観客は今の試合を見て、ルルウォンだけが強い、ワンマンチームだと思っているのだろう。
評価されていないドットとテトラは、金魚のフンのようにくっついているおまけの認識だ。
「ふむ……、ちと待ってな。ちょいと主催者側に連絡を取ってみる。
……強者がいつまでもこのフロアで
こっちも商売なんだ。価値のある商品は、別の部署に回すのがセオリーなんだよ」
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