第6話 三人の戦士
はあ、と溜息を吐いたテトラは、覚悟を決めた。
挑む気満々のターミナルとドットの後をついていこうとして――がしッ、と腕が掴まれた。
カエル顔の男と同じ風貌をしている者が多い中で、腕を掴まれたという事実が恐怖を生む。
ばっと後ろを振り向いたテトラが見たのは、さっきまでぐーすか眠っていた赤髪の少女――ルルウォンだった。
彼女は寝起きの顔をごしごしと強く拭ったのか、目をきらきらと輝かせて、甘えを訴えた表情をしていた……言いたいことが、言われる前に分かった。
「ねえねえ! わたしもそれやりたい!」
「ル、ルルウォン……? いつから起きてたの……?」
「ばっちりいま起きたけど、眠りながら話は全て聞かせてもらった!」
自信満々なルルウォンに疑いの視線を向けるが、ルルウォンはこれまでの話の概要を一から十まで説明し、しかも全て正解だった。
「……興味あるものはきちんと記憶するのね。都合の良い脳みそだこと」
「人を馬鹿の子みたいに言わないでくれるかな!?」
「あ、ルルウォンが目を覚ましたぞ」
盛り上がる会場の中でもひと際目立つルルウォンの起床に気づいたドット。
ターミナルも足を止めた。テトラは内心で助かった、とガッツポーズをして、自分と選手交代をするため、ルルウォンと居場所を入れ替えようとしたが、
「あれ……ちょっと待って?」
テトラが戦いに参加しなければ当然、この場に残ることになる。
ルルウォンが起きてもまだリドスは病人のままなのだ。留守番人は絶対に必要だ。
別にどうしても戦いに出たいわけではないが、ただ、ルルウォンとドットを一緒にして、目を離すことは、できればしたくない。
二人の監視役としてターミナルがいるが、今のターミナルは一番、冷静さがなかった。
問題児の三人が手元を離れて、このアリジゴクの一番の権力者が仕切るゲームへ参加しようとしている……。
嫌な予感がした。
ストッパー役がいなければ、必ず厄介な事態になる!
「……ルルウォン、悪いけど、私もゲームに参加する理由ができた」
「譲るつもりはない……と?」
目元を暗くしながら、好戦的な目で向き合う二人。
ゲームが始まっていないのに、しかも仲間同士で戦いが起ころうとしていた。
危険な匂いを通り越して、会場が滅茶苦茶になる幻覚が鮮明に見えたドットが止める。
ルルウォンの両目を両手で塞ぐ。
「どうして一直線にわたしにくるの!? 位置的にテトラの方が近いよね!?」
「止めるならまずはお前だ!」
その様子を見たテトラが、冷静さを取り戻す。ドットが止めた人物が逆だった場合、片方がまだ加熱中の可能性が高いので、その判断は正解だったわけだ。
メンバーの中で一番の常識人であるテトラも、我を忘れる時がある。
「ここで力で勝負しても迷惑だろうし、かと言って言葉で解決もしないだろうし。
……ここは公平に、じゃんけんで決めようか」
「いや、別に俺は無理して出なくても――」
言いかけたドットの辞退の言葉を、ターミナルが止める。
「マスターをこんな魔族だらけの場所に置いていけるわけがないだろう。
マスターが残るのならば、私もこの場に残る」
そうなると参加者が二人に減ってしまって出場できなくなる。
きっかけはターミナルの遊びたい欲求だったが、脱出するためという目的ができてしまった今、出場しない選択肢は存在しない。
「じゃあ全員参加で、じゃんけんだ」
ドットがそう言い、全員が頷く。
小さく円陣を組むように集まった四人が向き合って、片手を前に出した。
「小細工はなしだからね!」
「したら分かると思うぞ。視力が良いやつに、勘が鋭いやつがいるんだから」
「勝つための小細工をするのなんて、あんたぐらいしかいないでしょう?」
「負けるための小細工には文句はないんだな……、さっさとやってしまおう」
平均すれば中学生くらいの体格の男女が集まり、じゃんけんをしている。
これから始まるのは休み時間の健康的な遊びがイメージされるが、平穏とは真逆の戦いへ彼らは臨もうとしているのだ。
命懸けの戦いだ。
子供だからと言って手加減などされない。容赦なく、相手は全力で倒しにかかってくる。
お金が絡んでいる、と言われると、闇が見え隠れする汚いやり口に見えてしまうが、正確に言えば、生きるための戦いなのだ。
正当性の主張は出来上がっている。
年齢の差など、無いに等しい。
「…………」
「ま、まあ、最初は見てるだけってのもまた、楽しみ方としてはいいんじゃねえか?」
むすっとする少女の隣で、カエル顔の男が慌てながら
必死に言葉を紡ぐが、結果は芳しくない。
少女は、中央の湾曲ディスプレイをじっと見つめている。
組んだ腕の指先が、とんとんと一定の間隔で動いていた。
「脱出するためにはこれから何度も戦わなくちゃいけないんだ。
お嬢ちゃんの出番なんてすぐに回ってくる。だから元気出せって、な?」
「私が落ち込んでいるとでも思っているのか? 慣れ慣れしく話しかけるな、変態め」
「お、おう。……妙に威圧感があるな。ま、まあ元気があるなら良かったよ」
食うか? と、一口サイズの栄養補給クッキーを差し出された。
ターミナルはそれを受け取り、リスのように細かく噛んで食べる。
視線はじっと、ディスプレイから離さずに――。
見逃さないように。
ターミナルが唯一慕う、マスターの晴れ舞台だ。
一番下の階に到達したじゃんけんの勝者……ドット、ルルウォン、テトラ。
分かりやすく見つかる受付があると言われたが、長方形の机が端の方に一つだけあり、そこが目的地だった。いや、なかなか見つけるのに苦労した。
先頭に立つテトラが、目的地になる机の上で、横になり、自分の財布の中身をチェックしている太ももサイズのイタチの魔族に話しかける。
「お、らっしゃい……なんだ、ガキじゃねえか。ここはガキが遊んでいい場所じゃねえぞ」
「えっ? もしかして年齢制限があったりします?」
「いや、別にそういうのは設けてはいねえが……」
本当に参加者だとは思わなかったらしい。
売店か、連絡所かなにかと間違えたのかと思っていたマスコットキャラクターのようなイタチの男が、頬をぽりぽりと掻く。
「くる者は拒まず……いいぜ、ガキだろうが参加を認めようじゃねえか。お前ら、強いのか?」
「そりゃもう強いよー!」
「おっ、威勢が良いな。じゃあちょっくら、強めのやつとマッチングでもするか?」
「一番強いのはどいつ?」
ドットがそう言うと、イタチの男が目を見開いた。
前に出ていたルルウォンとテトラよりも年齢が下のドットが言ったのだ。
冗談だと笑うよりも先に、驚愕が占めた。
「おいおい坊主。このお姉ちゃんたちに良いところを見せたいのは分かるが、身の丈に合った勝負をしねえとな。華々しく散っても、負けは負けで、格好悪いぜ」
「じゃあいいんだよ。身の丈に合っている相手なら、一番強いやつだ」
ひゅうっ、と口笛を吹くイタチの男が、参加者リストなのだろう、紙の束をめくる。
束の方がイタチの男よりも大きいのでめくりづらそうだが、慣れているのかスムーズだった。
「フロアリーダーは無理だが、配当金の倍率が低いやつ……すぐに戦闘可能なチームが一つあるな。あそこまで言い切ったその自信、目を見れば分かるが、冗談じゃねえな。
しねえとは思うが、これに決めて、後悔はしねえな?」
「しないしない。たぶん、あんたの出した相手じゃ足らないくらいだから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます