第5話 脱出方法は?

 テトラとターミナルがいち早く会場の目的に気づく。

 よく見れば画面の横には、それぞれの配当金の倍率が出ている。


 画面の中は一方的な試合展開だった。

 押している方の倍率は少なく設定されている。逆に、片方の倍率はワンコインで大金持ちになれるくらいのものだった。倍率の差が、実力の差をはっきりとさせている。


「あ、番狂わせはなく終わったか……」


 会場に飛び交う悲鳴はなかった。どうやら、これだけ倍率が高くとも、いま負けた方に賭けた者は少ないらしい。いま映っている勝者のチームが、それだけ強いということなのだろうか。


「倍率には下限があるからな。一定の強さを持ってしまえば、全員が同じ基準のレベルに留まってしまう。私から見たら、今のチームは別に大したことはない」

「そりゃまあ、ターミナルからしたらそうだろうけど」



「おお、案外、大口を叩くじゃねえか、お嬢ちゃん」


 すると、一段下に立っていた男が振り向いた。

 ターミナルのその言葉が、喧嘩を売っていると取られたのだろうか。

 しかし、喧嘩を買ったような敵意は、目の前の男にはない。

 なんだか、この場所特有の歓迎をしているような親しみやすさがあった。


 カエル顔の男は、くわえていた煙管きせるを指二本ではずす。

 ふう、と白い息を吐きながら、


「この場所に辿り着いちまったのか。なら、楽しむにしても出るにしても、勝ち続けるしかねえぜ? 嬢ちゃんのその大口が、どこまで続くのか楽しみだ」


「……どういう意味だ?」


 目を細めて警戒するターミナルとは真逆に、カエル顔の男は楽しそうに。


「敗者は屍となり、勝者は全てを手に入れる。

 傍観者としても、プレイヤーとしてもな。ここはそういう【地獄の楽園】なんだよ」


 相反する意味の言葉が連なっている呼び名だが、これ以上ないくらいに、的を射ている呼び名だった。


 ある者からすれば地獄になり、ある者からすれば楽園にもなる。

 勝者と敗者が一瞬で逆転するこのシステムの鍵となるのは、強さなのだ。

 その強さとは腕力の強さではない。魔力量の多さでも個人の固有魔法『詠唱破棄』でもない。


 もちろん、いま挙げた要素が欠けていれば、それはそれで地獄を見ることになるが……、

 ただ、この場所で重要視されるのは、『運』である。


 常に通常営業している賭博。

 画面に映し出されている戦闘ライブ映像。

 隅の方では分かりやすい、ルーレットやスロット、トランプなど……、

 小さな賭博もきちんと設備があった。


「オレは『上』で失敗した負け組なのさ」


 カエル顔の男が地上を指差して言う。


「魔力が多いわけでもチームを組むためのコミュニティがあるわけでも、腕っぷしが強いわけでもないから画面の中にいくこともできねえし、勇気もねえ。

 けど、そんなオレでも『運』に頼れば、絶体絶命から脱出することはできるんだ」


『運』――。


 人が持つ、変動するステータス。ゼロの時があれば百の時もある。

 負けっ放しの人生だったからこそ、これから先の人生、良いことばかりが待っているのではないか? そんな希望に頼って、賭博をしている者が大半だろう。


 そんな心理状態を上手いこと操って、賭けさせて、最終的には全てを搾り取るのが、運営側のやり方であると思うのだが。典型的な、全財産を一瞬で失くすパターンになりそうな男を見て、


「うわぁ……」


 テトラが声を漏らすが、熱弁していたカエル顔の男の耳には届いていない。


「……ワンコインでも大金持ちになれるのなら……」

「ドット、ここでは一銭も使わせないからね」


 ギルドの財布を握るテトラに言われてしまえば、どうしようもない。

 ドットは、ちぇ、と子供らしく拗ねていた。

 ドットと、ついでに面白いほど術中にはまるルルウォンには、絶対にギャンブルをさせてはいけないと、テトラが心の中で誓っていた時――、


 不機嫌さをさっきから消していなかったターミナルが、カエル顔の男の肩に、色黒の細い足を乗せた。ターミナルを知っているギルドのメンバーは、ひやりとする。


「私の質問に答えていないが? 私の大口が、なぜ、どこまで続くのが楽しみなんだ?」


「なんだよ、丈の短い服装のまま、そんなに股を広げて。

 誘っているとしても、悪いが子供に興奮はしねえぞ?」


「黙れ両生類。口と体がちぐはぐだぞ」


 カエル顔の男は舌打ちをした。どうやら言葉とは逆に、体はターミナルのその格好を見て反応していたらしい。

 ターミナルとテトラが不快感を示す中、それでも言い訳も逃げもせずに話しを続けたカエル顔の男に、ドットは少しの称賛を抱く。


「まあ、運の話しをされてもあんたらには関係ねえか。あんたらはちまちま賭けごとをして金を稼ぐよりも、戦って勝って稼ぐ方が性に合っているだろうし、効率も良い。

 嬢ちゃん、あんたは良い線いくとは思うが……」


 言葉の続きを言わせず、ターミナルはカエル顔の男から足を下ろした。


「別に、金なんぞいらないが、少々遊んでも良さそうだな」

「ねえ、ターミナル。……もしかしてスイッチ入ってる?」


「なぜ? まさか一言、挑発されたくらいでムカついて見返してやりたいとか、そんなことは思っていないが?」


「うん、じゃあそういうことにしておこうか!」


 どうやらカエル顔の男の何気ない一言が、地味にターミナルの心にちくちく刺さっていたらしい。大人びた雰囲気を出しているが、ドットを除けば一番の年下だ。

 ドットはあまり見せない、子供らしい一面が意外と数多くターミナルからはみ出している。


 本音を言えば、すぐにでもここから脱出するべきだと思っているテトラだったが、脱出方法が分からない以上は、ターミナルと一緒にギャンブルに手を出しそうなドットも巻き込んでしまった方がいいだろう。


 二人が楽しんでいる内に、テトラはテトラで情報を集めるつもりでいた。

 だが、


「本当に参加するのか? なら、一番下の階にいけば分かりやすく見える受付がある。

 そこで登録をすればいい……、一応、三対三だからな。三人必要だが、大丈夫か?」


「参加するとしたら、俺と、ターミナルと……テトラでいいか?」


 あれ? とテトラが人数に入れられていることに驚いた。

 考えれば分かることだった。

 ルルウォンは眠り、リドスは病人で、ぐったりと気を失っている……、五人中、二人が参加できないとなれば、テトラは出たくなくとも、強制的に参加せざるを得ない。


「ちょ、ちょっと待って!? 私、出る気なんてないよ!?」

「だが、三人いないと参加できないらしいんだが」


 ターミナルとドットが、じっとテトラを見つめた。

 その視線に、うぐ、と断れなくなるテトラ。はっと気づいたテトラが、問題を提示する。


「ほら、これ! ルルウォンとリドスはどうするの!? 置いてはいけないでしょう?」


「この両生類に預ければいいだろう」

「おっさん、別にいいだろ?」


「オレは別に構わないぞ」

「構うに決まってんでしょうがッ!」


 初対面のおっさんに年頃の無防備な女の子を二人も預けるとは、どんなチャレンジャーだ。

 ターミナルに欲情しているところを見ると、テトラと同い年のルルウォンの危険性もぐんと跳ね上がる。テトラの良心が、二人を預ける許可を絶対に出さない。


「……悪いけど、私は反対。ひとまずは、脱出方法を探して――」

「ん? 脱出方法? 嬢ちゃんたち、ここから出たいのか?」


 と、カエル顔の男が言うので、テトラがずいっと顔を近づけ、両肩を掴み前後に揺する。


「知ってるの!? 教えなさい! 早く!」

「わ、分かった! 言うからやめてくれ揺するな脳がっっ!」


 カエル顔の男が吐き気を催した青い顔で、なんとか言葉を絞り出す。


「た、単純な話で……、勝ち続けていればいい。

 とりあえずは、このフロアで一番の成績を出せば、脱出できるだろうぜ」


「なるほど、分かりやすいシステムだ」


 いや、脱出くらいは戦わずにさせてほしいものだが。

 戦って勝たないと脱出できないということは、戦闘能力をほぼ持たない者は、一生、このアリジゴクに閉じ込められたままなのではないか……。


 カエル顔の男は、それを知っていてものん気な様子だった。


「オレにとっては、ここでちまちま勝っては稼いで、娯楽につぎ込み生活している方が楽しいんだ。まあ、人によりけりってところか。オレにとっては楽園だが――」


 脱出したいけど戦えない者からすれば、永遠の地獄だろう。


 まだ戦えるだけ、テトラたちは運が良い。なるほど、もうこの時点で運が絡んでいるのか。

 脱出したくても戦闘能力を持たない者は、その時点で運がない。

 このアリジゴクが、そのまま地獄と化す。


 カエル顔の男のように、一生出られなくとも、幸せを見つけることができれば、それはその人物の運であり、彼の中ではこの世界が楽園となる――。


 満足と不満が半々存在している以上、一方的な非道なシステムではないのだろう。


 これが人によって作られたものなのならば、相当な策士だ。


 性格が悪いのは、なんとなく分かる。


「脱出するためにも、テトラ、出なきゃダメらしいぞ」

「……分かったわよ」

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