第4話 胃の中はコロシアム
「どうしよう……、全然起きないんだけど」
「こいつ、あのぎゅうぎゅう詰めの中で身動き取れないのを良いことに、寝に入ったのか……?」
器用なやつだ、とドットとテトラは感心しながらも呆れた。
このまま寝かせておく方が平和に過ごせると思うが、ただ、アリジゴクに飲み込まれたその先――、未知の世界が広がるこの場所で、図太い神経を持っているルルウォンを連れていかないのは不安だった。
たとえ迷惑しかかけない彼女にだって、使い道はあるのだ。
「起きないなら仕方ない。えーっと、確か、荷台にロープがあったような……」
「これか?」
「ん、それちょうど良い長さだな。これをルルウォンの足に巻き付けて……、両足一緒にな。
勝手に歩かれても困るし」
「マスター、締めが甘い気がする。片方を引っ張ってくれ。私も片方を引っ張る」
せーのっ、と掛け声を合わせて同時に引っ張り――、ルルウォンの両足が縛られた。
「よし、完成! これでルルウォンを引きずって連れていけるな」
「私が持つから、貸してくれマスター」
「これ……私たちにとってはいつもの光景だけど、いじめにしか見えないわよね?」
淡々と進んでいくドットとターミナルのやり取りをじっと見ていたテトラが、ぼそりと呟いた。それでも一部始終を全て見届けるあたり、メンバー同様に頭のネジが数本、はずれている。
「いいって。ターミナルには無理させられないし」
「マスター……!」
感動したような、敬意の目をドットに向けるターミナル。
……ターミナルに任せていたら、いくら頑丈なルルウォンでも女の子らしくない姿になりそうだったから、任せられなかった、とは言えなくなった。
慕ってくれるのは嬉しいが、ターミナルの従順さは、時に恐くなる。
狂気的な一面が見え隠れしているのだ。
今のままにしておくと、後々、必要以上に絡んできそうなのは目に見えているが、ルルウォンを天秤に乗せたら、もちろん、ルルウォンの方が大切だった。
ターミナルの視線を全て受け止めながら、再び車内に顔を覗かせる。
「リドスは……連れていけないよな」
ぐったりと、さっきよりも体調が悪そうだった。
今の落下の衝撃が、症状を悪化させてしまったのだろう。
仕方ないとは言え、ドットの注意不足だ。
「だがマスター、さすがにここに置いておく方が危険だと思うぞ?」
それには、テトラも同意していた。こくんと頷く。
「私が背負って連れていく。いざって時に動けるのは、ターミナルの方がいいし」
機動力、攻撃力、防御力、戦闘に関して言えば、ターミナルのスペックがメンバーの中で一番高い。ドット、テトラ、ルルウォン、リドス、それぞれが突出している特技があるのに比べ、ターミナルは全てが平均的に高いのだ。
テトラの意見に、ドットと、本人であるターミナルも、一拍で頷く。
「テトラ、大丈夫か? リドスは一応、俺たちの中では一番の大人なんだけど」
確か……二十歳だ、そう言っていた。
リドス自身が言っていただけなので、確証はないのだが。肉体の弾力、肌の質感。ぱっと見てもじっくり見ても、ドットの目には、リドスはもう少し若いのではないか、と思ってしまう。
確証はなくとも、自分自身でそう思うと、そうとしか思えない。
大丈夫、と言いながら、テトラがリドスを背負う。
ぐったりしているので全体重がかかる。そのため、平常時のリドスよりいくらか重く感じる。
足取りがふらふらしているテトラが心配になって見ていると、むぎゅう! と、リドスの大きく膨らんだ胸が、テトラの背中に押し付けられていた。テトラも気づき、足が止まる。
そのまま膝が折れて、地面に両手をついた。分かりやすく落ち込んだポーズだ……。
「……ドットに、胸を揉まれたのにもかかわらず、気づかれず、その後には巨乳を肌で感じさせられるこの扱い……、なんなの?」
「だからぁ! 十五歳と二十歳じゃ、肉体の成長が違うのは当たり前だろうがぁ!」
ドットの正論は聞き入れられなかった。
ターミナルもリドスを見て、むむむ、と自分の胸に手を当てながら、嫉妬していた。
……どうしてこうも比べたがる。
俺はしゅっとしているテトラみたいな体型が好きだよ、という同情の言葉は、悪い方向にしか転がらないだろう……同情の言葉ではあるが、嘘ではないのだけど。
こんな時にルルウォンが起きてくれていれば。
ルルウォンは、本当に使い勝手が悪い。
歩く度にいちいち落ち込むテトラのせいで、なかなか進まないので、ドットがリドスを背負うことになった。
十歳の少年が二十歳の女性を背負うことに心配はあったが、杞憂だった。
多少、リドスの足を地面に引きずってしまうが、問題はない。
あるとすれば、背中に押し付けられているその大きな胸。歩く度に、むぎゅう、と感触が伝わり、ゆさゆさとバウンドする。十歳の少年とは言え、なんとも思わないドットではない。
「マスター、その邪魔な胸を一刀両断してしまおうか?」
「やめて。冗談に聞こえないから」
足をうずうずさせているターミナル。
その後ろからは、ロープを両手で引っ張るテトラの姿があった。
仰向けで引きずられているルルゥオンは、まだぐーすかといびきを立て、はなちょうちんを作っていた。さっきよりも本格的に睡眠が深い……、起きる気配がまったくなかった。
苦労して運んでいるのに、その対象が気持ち良さそうに寝ているだなんて……、
テトラがイライラしているのが目に見えて分かる。
「……なにか聞こえない?」
はっと気づいたテトラが言う。
ドットとターミナルは顔を合わせるが、テトラの言葉に同意できなかった。
首を傾げ――いや? と。
「私の勘違いかな?」
「でも、テトラって耳が良いじゃないか」
耳だけではなく目も良い。嗅覚も味覚も。
つまり五感が人よりも優れており、中でも聴覚が一番だった。
ドットとターミナルは気づけなかったが、テトラが気づくことは稀でなく、あるのだ。
「なにが聞こえたんだ?」
「えーと……騒ぎ、声?」
合戦の雄叫びでなければいいが。
歩きながら会話をしているので、音の方向に近づいていっていることになる。
テトラは、音の正体が分かってきたようだ。
「これは……、人気歌手のライブの盛り上がりに近い。大勢の声が、一致してる」
「なるほど、確かに聞こえてきた」
ターミナルにも届いたということは……、ドットの耳にも、やがて伝わってきた。
「この先に、大勢の人間がいるのか……?」
アリジゴクに飲み込まれ、いきついた先がライブ会場だとでも言うのか。
先にあるのが胃で、消化液の消化の音だった、よりは全然マシであるが。
ドットたちが着地した場所からここまで、なんの変哲もない、ただの洞窟だった。
道幅は車が二台、通れるほどに広い。
等間隔に設置されている燭台のおかげで、視界の不自由はなかった。
この時点で人の手が加わっている。
ライブ会場でなくとも、人がいる空間が広がっているのは、なんとなく分かる。
そんな洞窟も途中で途切れ、外観が一気に変わった。
道幅は変わらないが、燭台がなくなった。代わりに、洞窟の外壁を流れる、マグマのように赤い、蜘蛛の巣に似た太いライン。それがさっきよりも洞窟を明るく照らしていた。
本当にマグマなのかは触ってみないと分からないが、触る勇気はない。
もしも本当にマグマだった場合は、一瞬で触れた部位が溶け崩れる。
運に任せて手を出すほど、メリットにデメリットが見合わない。
「声が近づいてきた。そろそろルルウォンを起こしておいた方がいいと思うぞ」
「結構、雑に運んでるんだけど、
これでも起きないってことはなにをしても起きないと思う」
テトラの言う通り、ターミナルがつま先立ちでルルウォンのお腹の上に飛び乗っても、ぴくりともしなかった。
マイペースに寝息を立てて、むにゃむにゃとのん気に良い夢でも見ているのだろう。
「どうしたらいいと思う?」
「ルルウォンは、もうそのままでいいよ……。
このままバトルシーンに突入しても、たぶん起きないんじゃないかな……?」
いくらなんでも……、と否定できないところが恐い。
色々な意味で、ルルウォンはただのお荷物になっている。
一人は役立たず、一人は病人の状態で、大勢の声が響いている部屋の前まで辿り着く。
目の前には、巨大な鉄の扉が立っている。
一人で押しても絶対に開かないような、見た目、頑丈そうな扉だ。
「これだけ中で騒いでいたら、ノックをしても気づかないだろうなあ」
「私が切り落としてしまおうか?」
「中にいる大勢を一気に敵に回す気か、お前は」
もしそうなっても、ターミナルは一人で全てを無効化できる自信があるらしい。
そうできる実力があることも、もちろん知っている。任せられる信頼はあるが、ただ、できることならば穏便に済ませたいというのが、一ギルドのマスターとしての意見だった。
マスターの意見は絶対、と決めているターミナルは、ドットに素直に従った。
上げかけた足を下ろして、単純に扉を手で押してみる。
すると、予想外にも、あっさりと扉が外側に開いた。
「……まったく力を入れていないんだが」
「ま、まあ、開いたのなら、結果オーライだろ」
そのまま見掛け倒しだった扉の、微かに開いた隙間を通って、メンバーが中に入る。
そこは最上階だった。
下へ視線を移すと、段差が一段ずつ下がっていっている。
そこには大勢の人が立っており、ぐるりと一周していた。
人に囲まれている中心地点には、プロレスのリングのようなスペースがあり、
その真上には、巨大なディスプレイがある。
東西南北に設置されており、それぞれが湾曲しているので、繋がっている。
ただ、映されるのはパノラマではなく、個々の映像なので、それぞれの方角の人のためのディスプレイなのだろう。
湾曲し、繋がっている境界線が曖昧なため、繋ぎ目の部分の映像はなんとなく分かりづらい。
「ライブ会場も間違っていなかったな」
注目されているのは歌手ではない。かと言って、有名人というわけでもない。
画面に映し出されているのは、素人だろう。
エンターテイメントの心などなく、ただの欲望のままに動く、自分勝手なエゴイズム。
映像は佳境を迎えていた。
会場の盛り上がりも最高潮になる。
最上階にいるので目の前の観客がどれだけ騒ごうとも、視界の邪魔にはならない。
ディスプレイに映し出されている、どこかの状況をじっくりと観察する。
「賭博だな……どう見ても」
「三対三のサバイバルバトル、って感じね」
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