第3話 アリジゴク遭遇
ターミナルが砂漠の地を、スキップするように跳ねながら、ルルウォンの元へ急ぐ。
ドットは咄嗟に、
「リドスは!?」
「私が車を動かす! 射程内から出るくらい、無免許でもできると思う!」
停めていた車の扉に手をかけたテトラの足が、がくんと沈む。
今まで気づけなかったが、ドットが立っていたその地面も、徐々にずれていた。
「う、そだろ……?」
砂漠の地面が急斜面になっていた。
ルルウォンがいた場所が中心地点となり、そこへ向かって、ドットたちは下がっている。
原因となったルルウォンは、腰まで既に埋まっていた。
「助けて――っっ! ドット、テトラ、ターミナルぅうううっっ!」
「うるさいぞ! お前は完全に私任せじゃないか! ばんざいして待機をするな!」
ルルウォン救出に、ターミナルが手間取っていた。
危険極まりないのだが、ルルウォンはいつも通りだった。
案外、彼女の中では余裕があるのかもしれない。
「ルルウォンに構っている場合じゃない……!」
ドットとテトラ、そしてリドスを乗せた車は、中心地点から離れているが、この調子だとすぐに中心地点へ辿りついてしまうだろう。
ドットは四つん這いになって、斜面を駆け登っていく。
足が埋まってしまって動けないテトラの元へ、辿り着いた。足を引き抜こうとするが、足場が動き、しかも踏めば踏むほどに沈んでしまうために、なかなか力が入らない。
「テトラ、俺の首に両手を回してしがみつくんだ!」
「分かった! ……それは意味があるの?」
「つべこべ言わずに!」
ドットの言葉の勢いに流されたテトラが、言われた通りにドットの首に両手を伸ばした。
顔と顔がくっつくくらいの距離でしがみつく。
平静を装っているが、きちんと照れているテトラを見ながら、引き抜こうと力を入れるが――、しかし、さっきの二の舞だ。
「くそ! 引き抜けない!」
「そりゃそうでしょうよ! やりにくくなっただけじゃないの!?」
言うが、首に回した手をどかさないあたり、もしかしてこの体勢が気に入っているのかもしれない。体格差のせいで、ドットの負担は大きいのだが、相手が美少女のテトラなので、そんなデメリットなど視界に入らない。
「マスター、遊んでいないでさっさと出るぞ」
首根っこを掴まれ、体が宙に浮く。一緒にテトラも引き抜かれた。
「きゃっ」と、小さな悲鳴と同時に、テトラがぎゅっとドットを抱きしめる。
それがターミナルからしたら気分が良くなかったのだろう。
車の扉を乱暴に開け、中に二人を投げ込んだ。
「ちょ、ターミナルっ、なに怒ってんだ!?」
「すまんマスター。ルルウォンへの苛立ちが小さく爆発した」
「え!? さっきまでそんな仕草、なかったのに!?」
同じように首根っこを掴まれていたルルウォンが指摘したと同時、
ルルウォンも車内へ投げ込まれた。
後部座席にはリドスがいるため、ターミナルも入れて四人が、運転席と助手席に詰まっている形になる。
三人が美少女とは言え、砂漠の暑さで流れる汗と密集したこの空間は、不快でしかなかった。
窓に、びたんっ、と顔を押し付けられるルルウォン。
テトラは遠慮しながら、ドットとターミナルに席を譲る。
気遣いに感謝しながらも、悪いと思って、ドットはテトラを膝の上に乗せようとした。
「いや、逆じゃないの……?」
「じゃあ、テトラの膝の上に座るぞ」
「マスター。私の前であんまりそういうことをしていると、切り刻みたくなるんだが」
運転席に座り、ハンドルを握るターミナルが物騒なことを言う。
冗談ではなく、本気でやる性格だと知っているのが、さらに恐怖を生んでいる。
スペースがないから仕方ない、と言い訳をして、とりあえずテトラの膝の上に座るドット。
ドットが十歳で、テトラが十五歳なので、この体勢に違和感はなかった。
体重が軽いために、テトラへの負担も少ない。
「抜けられるのか?」
「分からないな。全力で魔力を注ぎ込んではみるが……、
ここでは平坦な道でもタイヤが空回るんだ。
斜面で、しかも下に流されている今、ほぼ飲み込まれると言ってもいい――」
冷静に状況を分析したターミナルの予測は、はずれない。
ただ、これは死刑宣告ではなく、覚悟をしておけ、というメッセージだ。
アリジゴクに飲み込まれたとしても、まだ抜け出すための手があるのだ。
ルルウォン、テトラ、ターミナル。
出合い頭の不意打ち一発でやられるほどに、弱いメンバーではない。
一癖あるが、実力者でもある。
いくぞ、という一言と共に、アクセルを踏むターミナル。
しかし予想通りに、前へはまったく進まない。
進んではいるが、下に流されている速度の方が速いのだ。
くそっ、と吐き捨てたターミナルと、予想通りだが、がっかりしてしまった一同の視界が上向きになっていく。
妙な浮遊感が一瞬――、
その後、車内でシェイクされるように、視界がぐるぐると回る。
「な、なんだぁ!?」
「斜面を、車体が転がっているんだ!」
「ドット、危ない!」
「ううう、気持ち悪い……ッ」
不穏なワードを放ったルルウォンのことは気にしない……。
テトラは、ぎゅっとドットを抱き寄せ、
ドットとターミナルは、なんとか状況を把握しようとする。
だが、視界は未だにぐるぐると回っており、見えるのは黄土色だけだ。
たとえアリジゴクに巻き込まれていなくとも、黄土色が支配している世界なのだが。
そして、車体が回転を止める。それを意味することを、ターミナルが一瞬で把握する。
飲み込まれる。
そう思った時には、もう既に遅かった。
もしも、いればの話だが。
傍観者は地中に吸い込まれる車体を、じっくりと観察しているだろう。
―――
――
―
ヘッドライトが割れる音がした。
車体は正面から地面に突撃し、やがてタイヤを下にして着地をした。
逆さまにならなかったのは、運が良かった。
「い、てててて……ッ」
ドットが声を漏らす。
落下する直前に見つけた緑色のものがあったのだが、それをメンバーに報告する前に、忘れてしまった。忘れたということも忘れているので、ただなんとなく、漠然と違和感があるだけの、気持ちの悪い状態だ。
そんな中、運転席でルルウォン、テトラ、ターミナルと、もみくちゃになる。
ツイスターゲームで難易度の高い体勢をしているような、複雑な絡み方だ。
ドットの手の中に納まる小さな膨らみ。
衝撃のせいで一瞬気絶していたドットは、手の中に収まるそれの存在を予想できなかった。
揉んで、揉み続けて。ドットが気づくよりも先に、テトラがドットの手を取った。
「な、なにをしているのかな……?」
「発展途上のくせに、意外とあるじゃん」
赤面しながら無言で拳を握るテトラ。
その赤面は恥ずかしさからなのか、怒りのせいなのか、判断できない。
もっと分かりやすく反応してほしかった……。
ぷるぷると震えるテトラの拳をぎゅっと抑える手が、隣から伸びる。
ターミナルがテトラを押しのけ、ついでにドットの手も、テトラの胸からはずさせる。
文句は言わなかったが、気に入らない気持ちがあったらしい。行動に出たのがその証拠だ。
「マスター、遊んでいないで外に出るぞ。
アリジゴクの口の中でないのは助かったが、同時に別問題が浮上しているのだからな」
「遊んでいたわけではないんだけど……」
本当に偶然だ。二、三回、揉んだのも、不可抗力にしてほしい。
薄っすらとした意識のまま、手の中に柔らかいものがあったら、そりゃ揉んでしまうだろう。
肉体的接触の多いターミナルの胸の大きさは、体感で知っているので比較すると、当然と言うべきか、テトラの方が成長していた。とは言え、リドスには敵わないが。
絡まっていた体を捻ったりしながら解き、車の外に出る。
そんなこんなしていたら、抱いていた違和感など吹き飛んでいた。
すると、そこでターミナルが、
「おいマスター……今、不愉快な順列のつけ方をされた気がするんだが?」
「してないしてない気にすんな」
手を振って話題を流す。どうして心の中を読めたのかは置いておき、たとえ胸の小ささがメンバーの中で最下位だとしても気にするな、という意味と、小さくても劣っているわけではないのだから気にするな、という二つの意味がある。
疑いの視線を向けていたが、思考をすぐに切り替えたターミナル。
車内では、テトラが気絶しているルルウォン(いや? ぐーすか寝ているだけじゃないか?)を起こしている最中だった。
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