第54話立った

 試合から数ヶ月後、未練は相変わらずプロ野球選手を続けていた。

 オフシーズン、キャンプを経て二シーズン目の開幕を迎えようとしている。


 オフシーズンの未練は忙しかった。

 未練は新人王、最高勝率のタイトルを獲得し取材やイベントに追われる日々を送らねばならなかった。

 本来未練はそういった類のものは不得意であるが、だからといって逃げてはいられない。

 未練は出来るだけ元気いっぱいに仕事をこなす。

 空回っている気もしなくはないが、そこは相手も大人。

 愛想笑い位は返してくれる。


 気の休まらない日々の中で野球連盟理事、太崎武房ふとざきたけふさの接触があった。

 ここにきての新キャラ登場。

 彼は連盟内の反、村勢力のまとめ役。

 村の求心力が落ちて以来、精力的に活動している。

 前シーズンに未練の一軍復帰を後押ししたのはどうやら太崎らしい。

 太崎は村に更なる追い討ちをかけるべく未練や神保を仲間に引き入れ、最終的に村のスキャンダルを手に入れようとしているのだろう。

 事を荒立てるつもりのない未練にとっては少し厄介だ。

 神保は一応まだ広報部に所属している。

 村は未だ現場復帰を果たしていないが、理事長職を辞している訳でもない。



 辞めてないといえば油もまだ現役を続けている。

 未練のお膳立てした花道はお気に召さなかったようだ。

 数ヶ月経っても尚、グチグチと文句を言い続けている。

 本人の意志を尊重したというのが未練の言い分だが、そんな事は頼んでいないと油。

 二人の意見は、 平行線である。


 あの日のビッグフット戦、勝利を手にしたのは東京野球団だ。

 一度は手からこぼれ落ちたボール、地面に叩き付けられた油のミットの先に転がった。

 油はこれをしれっと拾ったのだ。


 残った映像は角度が悪く、真実は闇の中。

 しかし誤審である事を未練は知っている。

 神も判定を誤るらしい。


 これで未練は十四勝目を上げ新人王に選ばれた。

 敗れたビッグフットはプレイオフ進出を逃した。

 気の毒であるが神の判定が覆る事はない。

 

 油は図太く居座っているがチームは少しの引退者、少しの新加入をもって再スタートを切った。

 大きな変化はないが少しずつ変わっている。


 まずは全体練習が増えた。

 これはチームのやる気の表れなのかもしれない。

 監督として新たに二年契約を結んだ安間は、前シーズン終盤の戦いに手応えがあったのか目標を優勝に定めた。

 チーム内で誰も優勝出来るなどと思っている者はいないが、安間だけは本気で狙っていそうな様子。

 安間に引っ張られプレイオフ位は行けるのでは、という雰囲気がチーム内にも出始めている。


 特に若手。

 美々は未練をライバル視して大ハッスルしているし、海鈴も怪我による調整遅れを取り戻そうと必死。

 二人ともオフシーズンに大学通学しながらの練習、忙しい中頑張っている。



 未練は未練で忙しい。

 異世界の扉が開かれたあの日以来、粋な馬市に行っていなかった。

 あの時は吹っ切れた気持ちでいた未練、しかし時間が経つとだんだん気になってくる。

 元の世界に帰るチャンスはある。


 忙しい以外に粋な馬市に行けない理由がもう一つ、オフシーズンで夏美が同市内にある力馬女子体育大学への通学を再開した事だ。

 今までの粋な馬お散歩もばれていたし、夏美の目を気にして控えている。

 未練は夏美の目を掻い潜り行動を起こす事を模索中。

 そんな矢先の開幕三日前、夏美に誘われた。


「大学に用があるんだけど……用が済んだら……良かったらでいいんだけど……一緒にお散歩しない?」


 何故?訝しんだがやはり街に行ってみたい。

 未練は話に乗った。






 夏美は大学周りのお店に詳しい。

 夏美のお気に入りのカフェでお茶し、お気に入りの雑貨屋で食器を選ぶ。

 それは普通にデートだった。

 拍子抜けしたがそれならそれで望む所、未練は遠慮なく楽しんだ。

 夏美も楽しめているのか?未練は気になって夏美の表情を窺う。

 同じタイミング、夏美も未練の表情をチェックする所だった。

 目があった二人は笑いあった。




 そろそろ日が暮れる時間帯、晩御飯どこで食べようかなんて話をしている時。


「その前に未練君のお家の方行ってみる?」


 ふいに夏美が提案した。

 正直、予測はしていたが未練は二秒ほど考える。


 夏美の目の前であの時のように異世界の扉が開いたら、果たして自分はどんな行動をとるだろう。

 すがる夏美を振り切って突入するだろうか、それとも格好つけて見過ごすのだろうか。

 どうなるか分からない故に少し怖かった。


 未練は断った。


「別にいいんだよ、遠慮しなくて。 行こうよ」


 夏美は最初から行くつもりのようだ。

 断固拒否するのも怪しい、未練は提案を受けた。


「あの日未練君をこの街に送り出した時、未練君がもう帰ってこない気がしたんだ、なんとなく」


 アパートまでの道すがら夏美が話す。

 未練は異世界の扉の話は誰にもしていない。

 しかし自分の行動が夏美にバレバレだった事もある。

 あの日の事を知っているのか、一瞬疑う。


「未練君は色々言い訳してたけど。ごめんね、私全然信用してなかった。今もしてないんだけど」


 夏美は悪戯っぽく微笑みかけてくる。


「でも未練君は帰ってきて、試合をして。その試合で未練君とっても楽しそうですごく安心した」


 徐々にアパートが近づく。


「でもね、今はまた不安。あの試合で満足して、思い残す事はないって消えてしまうんじゃないかって」


 幽霊かよ、未練は笑う。


「笑い事じゃないよ」


 夏美は口を尖らせた。


「もしも元の世界に帰れたとして、未練君も帰りたかったとして。それでも私、未練君の事止めていい?行かないでって言っていい?」


 アパートはもうすぐそこだ。

 未練はいいよと笑った。

 この言葉も信用されていないかもしれないが。


 アパートの目の前につく。

 そこにはいつも通りのコーポ馬骨台があった。

 異世界の扉が開くタイミング、規則性は現時点では解明されていない。






 で、三日後、開幕戦。

 未練はこの日の開幕投手に指名されている。

 鬼清は開幕二軍スタート、男子用のロッカールームは静かである。

 鬼清の子分、五村や八矢は鬼清がいないと途端に大人になり、ちょっかいもかけてこない。


 静かなのは望む所、試合に向けて集中力を高めることが出来る。

 他の選手にとってみても開幕試合とは特別なもので、この静けさはウインウインだ。


 二年目のジンクスという言葉がある。

 初めて結果を残した選手は、次の年に成績が低迷するというもの。

 未練はまさに二年目である。

 単なる慣用句と分かってはいるが、やはり少し気になる所。

 自分が緊張しているのが未練にははっきり分かった。

 肩を揺らし息を吐く。

 そろそろグラウンドに出る時間。


 只今ドキドキしている未練、その心臓の鼓動を心地よいと感じていた。


 野球は楽しい物。

 それはこの世界の真理の一つ。

 そしてそれを伝えるのが未練の仕事だ。


 表情の硬い友多が目に入った。

 この日スタメン、彼もまた緊張しているよう。

 未練は戯れに声をかけた。


「行こう、エンジョイベースボールだ」


 未練は薔薇の仮面をつけ、真紅のマントを翻し立ち上がった。

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プロ野球異世界人選手列伝~未練の章 @tori-makefumi

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