第53話待った
八回裏、ビッグフットは二トライを決めて計一六点を計上した。
決めたのは怒デガ、ブコ岩の外野手二人。
ビッグフットのトライパターンは一人の選手がフライボールを捕球し、そのまま決める物が多い。
八回裏もゲゴ岳、ドブ厳がフライを打ち上げた際にトライが生まれた。
フライを打ち上げた段階でライトスタンドに陣取るビッグフット応援団はトライを確信し歓声を上げる。
その後の展開はあっさりしたもので、ビッグフット側が点を加えるのを東京野球側が見守る図式。
広島75-77東京
この二トライでまた差が詰まっていく。
一方東京野球団のトライは激しい攻防、複数のパス回しの末に決まる事がほとんど。
九回表、久米村のヒットの間に一つトライが生まれた。
九回から登板した抑えのエース
この得意球に久米村は食らい付いた。
レフト前にぬるっと抜けた打球を大谷川がまず確保したがすぐにはトライに結び付かない。
内外野を忙しなくパスで繋ぎ、チャンスを伺う。
この攻防にレフトスタンドの東京野球団応援団は、声を張り上げた。
開始当初は東京野球団にとって消化試合と思われたこの試合、そうではないとスタンドもとうに分かっている。
吉岡崎が内野のスペースに気付きボールを送る。
黒沢畑はワンタッチでボールをトス、その先には夏美がいた。
夏美のトライ、未練のキックで七点。
広島75-84東京
東京野球団が逃げる。
「ルーズベルトゲーム……」
誰かが呟いた。
ルーズベルトゲームとは野球において八十点台-七十点台で決着する試合の事。
この言葉は元アメリカ大統領フランクリンルーズベルトが、このスコアの試合が最も面白いと記者への手紙で語った事から生まれたとされる。
この試合、このまま決着すればルーズベルトゲームだ。
確かにスタンドは大いに盛り上がっている。
しかし果たして語り手が試合の面白さを伝えきれているのかどうか、不安の残る所だ。
九回裏、未練はマウンドへ。
ここまで思い通りに運んだ事もそうでない事もあるがなんとか、勝ちが拾える所までこぎ着けた。
未練は先頭打者巨ダに向かう。
初球スライダー、空振り。
二球目ストレート、ストライク。
三球目カープ、見逃し三振。
――あら
あまりにあっさりと一人片付ける。
頭を抱えしばらく動けない巨ダ。
試合は大詰め、緊張で体が動かない事もあるのだろう。
とりあえずワンアウト目、幸先はいい。
次はブコ岩、初球スライダー。
パコン、あ。
今度はあっさりと打ち上げられる。
内野の深い位置でゲゴ岳が捕球し、トライ&キックで七点。
広島82-84東京
ワンアウト一塁。
ルーズベルトゲーム終了、まあこんなものである。
切り替えねばならない、打席にはガ武。
初球カープ、空振り。
二球目ストレート、ボール。
三球目ストレート、ボール。
四球目スライダー、ファール。
五球目カープ、ファール。
六球目カープ、ボール。
七球目スライダー、ファール。
八球目ストレート、ファール。
九球目ストレート、ファール。
――しつこい!
十球目スライダー、力む。
指に引っ掛かりすぎ下に叩きつけるような投球に。
見逃せばボール、四球になる球。
この球を目の前にガ武も力む。
低め大外れのボールに手を出し三振となった。
ツーアウト、いよいよ後一人。
次は怒デガ、こいつで最後にしたい、初球ストレート。
カキンッ、はぁ……。
強い当たりが三遊間を抜ける、シンプルにヒットだ。
ランナー、一二塁。
はい次、気ジ力。
初球カープ、空振り。
二球目スライダー、ボール。
三球目、ストレートを気ジ力は捉えた。
スイングは遅れている、それでも目一杯振り切った。
ゆるゆると上がった打球は黒沢畑の頭上を越え、ライト前に落ちた。
吉岡崎が捕球、大ゴが迫っている。
吉岡崎は咄嗟に二塁へ送球した、これはミス。
あまりに素直に二塁へ投げた為に相手に読まれる。
すでにドブ厳が二塁目掛けて走っている。
ボールを確保されればトライを奪われ、サヨナラ負けとなる。
二塁のカバーに夏美、そういえば三回裏にも似たような場面が。
その時はボールを手放した。
未練は負けを覚悟する、夏美が怪我をする位ならその方がいい。
夏美は動いた。
ボールを待つのではなく迎えに走った。
夏美の動きを察知したドブ厳だが何しろ巨体、勢いのついた体は簡単には止められない。
ドブ厳は誰もいない二塁へ突っ込んだ。
夏美は思い切りジャンプ、精一杯グラブを、体を伸ばす。
グラブの先ギリギリ、ボールはパフッと収まった。
着地した夏美、勢い余って二塁を通り過ぎたドブ厳を確認し送球。
黒沢畑がボールを二塁に収めた。
トライは阻止、まだ試合は続く。
ツーアウト満塁。
「満塁は守りやすい。どこに投げてもアウトが取れるからな。ただしホームには絶対に投げるな」
マウンドまで来た油が青い顔で言う。
自分は、自分だけは怪我したくないという事だろう。
ハイハイ、と未練は適当にあしらい油を追っ払う。
打席にはゲゴ岳。
初球カープ、ボール。
二球目ストレート、だった。
低めの球を振り抜いた、ボールは上がらない。
強烈な打球が三塁大谷川の正面を襲った。
大谷川は捕球し切れず、セカンド寄りにボールを弾く。
その先には夏美、グラブを伸ばす。
しかし焦って球が手につかない、夏美のグラブからボールがこぼれコロコロと転がる。
そこに突っ込んできたのは巨ダ、猪突猛進一心不乱に走る。
巨ダもまたボールを確保出来ない。
勢いがつき過ぎた巨ダはボールに触れる事すら出来ず走り抜け、転倒した。
黒沢畑が捕球に走る途中、ドブ厳がボールへ向かってくるのが目に入る。
黒沢畑は一瞬迷い、ブレーキをかけてしまった。
迷いなく走れば或いは間に合ったかもしれない、だがもう遅い。
ドブ厳が目の前に迫る、黒沢畑は諦めるしかない。
ドブ厳はボールを掬い上げる……事が出来なかった。
掴み切れなかったボールはポーンとマウンド付近へ飛んだ。
未練がボールを掴む。
バタバタする間に三塁ランナーが生還し既に一点差、同点のランナーも本塁に向かっている。
一塁付近は敵がいない、ここへボールを送れば安全にプレイを切る事が出来る、ただし同点は覚悟しなければならない。
もう一つの選択肢、本塁へ投げて同点を阻止する。
その際はタッチプレイになり、怪我のリスクが高い。
本塁を守るのは大ベテラン油、一つの怪我が選手生命に関わる五九歳。
そもそも怪我をしない、させないのがこの試合の第一目標だ。
未練は本塁へチラッと目をやる。
ホーム手前で油がミットを構えて待っていた。
その目は俺に投げろと言っている。
ま、いっか油だし、未練はあっさり方針転換、一切の躊躇なく本塁へボールを投げた。
どうせ遠くないうちに引退する男、そう言えば最後に大仕事したいとか言ってたし、これを花道にするのもよかろう。
未練の送球はやや逸れたが油は問題なく捕球、キャッチングは上手い。
本塁に突入する怒デガ、迎え撃つ油。
油のタッチ、タイミングはアウトだった。
しかし怒デガのチャージにタッチは弾き飛ばされ、そのまま体ごと持っていかれた油は宙を舞う。
空中でキュルキュルスピンした後、グシャッと着地した。
油が寝ている間に一塁ランナー、気ジ力までホームイン。
もしセーフならビッグフットの逆転サヨナラとなる。
油のミットにボールがしっかり収まっていればアウト、東京野球団の勝利。
ボールをこぼしていればビッグフットの勝利だ。
果たして油はボールを守れているのか……球場全体が判定を待つ。
未練には結末が見えていた。
油のミットからボールがこぼれ落ちるのをしっかり確認している。
――負けた……
油は白目を剥いて動かない。
未練は静かに神から下される裁定を待った。
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