第52話震えた

 海鈴の代わりには油が入った。

 この試合の油は当初構想外、しかし未練のカープを安定して捕れる控え捕手が彼しか用意出来なかった。

 準備期間も短い、仕方があるまい。


「俺で大丈夫なのかよ。不安しかないぞ」


 広島59-52東京

 逆転されたとはいえ緊迫した展開、油の顔は硬く青い。

 無理だけはしないように、未練は念を押しマウンドに戻った。

 頼りない油の存在が逆に未練を引き締めたのか、それとも油のリードが良かったのかブコ岩、ガ武を打ち取り苦しかった七回を終える。



 八回表の攻撃、打撃に何の期待も出来ない未練三振の後上位打線に回る。

 東京野球団としてはここらで点を返しておかないと厳しいかもしれない。


 夏美はコ剛ドの高めストレートを無理矢理に叩きつけた。

 思ったような打球にはならない。

 高くバウンドし、おそらく内野は抜けそうにない。

 でも一塁は間に合うか、夏美は走った。

 巨ダが捕って投げる、夏美は頭から滑り込む。

 セーフ!だけは辛うじ死守した夏美、悔しそうな顔。


 続く大谷川もまた強引に叩きつける。

 先程と似た打球、しかし飛んだ場所が良かった。

 打球は三遊間を弾みながらゆっくり抜ける。

 宮本島が飛び付いて打球を確保した。

 夏美、大谷川はランナーで出ている、油は戦力にならない、東京野球団は数的不利にある。

 手数はかけず、最短でトライを。

 宮本島は本塁方向へボールを投げつけた。

 走り込んだのは未練。

 ここまでボールの奪い合いにおいてチームメイトに頼っていたがそうも言っておれない、未練とて練習はしてきた。

 付近に気ジ力、間近で見るとやはりデカい。

 それでも間に合う、と未練は判断した。

 未練は気ジ力を遠ざけるように回り込んで本塁に滑り込む。

 未練の初のトライは成功し、五点が入る。


 立ち上がろうとした未練、ガクッと膝を突く。

 足が震えていた。

 迫り寄る一トンの巨漢選手、並大抵の恐怖ではない。

 試合も終盤だというにようやく実感した次第である。

 ここまでギリギリの奪い合いを演じたチームメイトには頭が下がる思い。


 未練にはまだ一つ仕事がある、チームメイトの頑張りに応えねば。

 震える足に喝を入れ、未練はゴールキックを決めた。

 合わせて七点追加、59-59。

 同点である。



 さてランナーは二三塁、打席には友多。

 ビッグフットバッテリーは敬遠を選択する、当然といえば当然の策だ。

 友多も覚悟はしていた、黙って受け入れ一塁へ。


 ここでビッグフットは投手交代、コ剛ドに代わりセットアッパーさんごうへ。

 山ボ豪も例に倣い、ストレートが売りの投手。

 山ボ豪はその速球を活かし、油を三振に取る、これでツーアウト。



 東京野球団のベンチが動く。

 木屋田に代わり代打、五村圭介。

 今シーズン三割四分八厘、三四本、九二打点の主砲。

 この試合の作戦上スタメンを外れていただいたが、この一打席の為に準備をしてきた。

 待ちに待った出番にもクールを装い、強打者の空気をまといながら打席へゆっくりと歩いていく。


 山ボ豪とてやる事は一つ、後一人アウトを取る事。

 打席に入った五村に向け高めのストレートを投げ込んだ。

 五村のスイングはそれを読んでしっかりとボールを捉える。


 バッティングにおいてパワーは強みだ。

 何も遠くへボールを飛ばすだけではない。

 例え打ち損じても振り切る力があれば強い打球を打てる。

 或いは力をセーブしながらある程度、狙った場所へボールを飛ばす事も。

 勿論それだけの対応力があれば、の話だが。


 五村の打球はフェアゾーンに突入した牛島賀の元へドンピシャで届いた。

 理想的な場所で理想的な捕球、初動でアドバンテージを得た東京野球団。

 数的不利をポジョニングで補いながら、最後は牛島賀がトライを決めた。

 この間に三者生還、キックも成功させ計十点を計上。

 ここで再度リードを奪う。



 続く牛島賀にも代打、八矢文人。

 ネクストバッターズサークルには既に鬼清が。

 代打攻勢という訳だ。

 八矢も期待に応え、強烈なゴロで内野を抜く。

 夏美のトライ、五村の生還、未練のキックで更に八点。


 そして宮本島に代打、鬼清。

 鬼清は初球を打ち上げショートフライ、スリーアウトチェンジとなった。



 広島59-77東京

 東京野球団の奥の手はここで終了。

 五村、八矢、鬼清は守備交代し控え野手も使い切った。

 後はこれまで通り戦い、耐え抜かねばならない。


「大丈夫なのかよ。不安しかないぞ」


 油が青い顔で言う。

 そんな油を見て、当然未練も不安しかない。

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