第51話悟った
「ねえ勝てるっ?勝てるかなっ?」
この日登板予定のない美々、試合展開に一喜一憂し、どっぷりと観戦に浸かっている。
いい客である。
美々は試合序盤から、大量リードに大興奮しベンチで大騒ぎしていた。
普段であれば大谷川辺りに怒鳴られる所であるが、あいにくこの日の出場選手達は美々に構っている余裕はない。
また美々の大騒ぎはベンチの盛り上げに一応、一役買ってはいるため今回限りはお目こぼしをうけている。
中盤以降、点差は徐々に詰まっている。
六回表、友多がスリーランホームランを放ち三点を追加した。
ゴロを狙いながらも打ち上げさせられた結果であり、友多にとっては不本意な打席だった。
その裏ビッグフットはトライとキックを一つずつ決め、更に一人ホームに生還し八点を加えた。
七回表の攻撃は三者凡退となる。
下位打線を寄せ付けず、エースピッチャーコ剛ドは吠えた。
広島38-52東京。
着実にビッグフットは迫ってきている。
美々はこの状況をハラハラし見守っている。
彼女の場合、黙って見守る事は不可能なため忙しなく周りに話しかけるのだ。
美々が興奮するのも無理はない。
美々が入団して以来、実際はその前からだが東京野球団は広島ビッグフットに勝てていない。
惜しい試合すらない。
対戦の度、チームは野戦病院と化し無力感に包まれる。
美々もビッグフット戦の登板経験はあった。
キャラに合わないかもしれないが美々もプロの端くれ、勝利を目指し立ち向かいフッ飛ばされ怪我を負った事も。
ビッグフットの強さは既に体感済み、この先勝てる事はないかもと思っていた矢先のこれ。
勝てるかもしれない、そう想像すると美々の胸は高鳴る。
「勝てるかどうかなんて分かんねーよ」
海鈴がぶっきらぼうに答える。
未練も首を捻って渋い顔をしている。
美々は彼らの本心は分かっていた。
ここまできたら勝ちたいに決まってる。
「勝とうねっ絶対っ」
七回裏の守備にナインを送り出した。
先頭ドブ厳をショートライナーに打ち取った後のコ剛ドの打席。
前打席と同様に高く高く打ち上げられた。
打球は外野にも届かない内野フライ。
その代わり高い高い当たり。
コ剛ドは打ち上げるのがとにかく上手い。
余裕で落下点に入ったゲゴ岳がトライ、気ジ力がキックをミスし五点。
広島43-52東京。
これで九点差、だ。
次の大ゴはコ剛ドと違い、打球が上がらず苦しんでいる。
ここでアウトを取りたい、未練は引き続き低めを丁寧に攻める。
スライダー、またも大ゴの打球は上がらなかったし当たりもイマイチだった。
しかし飛んだ位置が絶妙。
ゆるゆると転がった打球に牛島賀のグラブは僅かに届かない、ライト前に抜けていく。
球足が遅い故、ビッグフットの侵入する余裕が生まれた。
木屋田が捕球体勢に入った時にはゲゴ岳と怒デガ両者がチャージをかけている最中。
挟撃されパスコースも塞がれ、木屋田は引かざるを得なかった。
トライ、キック、生還、八点が入る。
広島51-52東京。
遂に一点差である。
巨ダは初球を捉えた、打球を上げる事には失敗する。
しかし強烈な当たりだった。
大谷川が反応しボールに飛び付く。
大谷川のグラブは打球に届いた、が捕球には到らない。
ボールはグラブに弾き弾かれ、二塁後方を転々と。
牛島賀がボールを確保に向かう、少々遅れてゲゴ岳も。
牛島賀の方が先にボールに到達出来るだろう、しかしそこから安全にボールを運べるかは別の話。
タイミングは微妙、牛島賀は迷った末に急転回しその場を離れた。
ゲゴ岳は牛島賀からタックルでボールを奪うつもりで動いていた。
突然牛島賀が消えボールだけが目の前に。
ゲゴ岳にミスが出る、自らの勢いを止められずボールを蹴飛ばしてしまう。
ボールは本塁方向へ、海鈴が近くにいたが、もうすぐそこには気ジ力が迫っていた。
ここまでだな、と未練は思った。
おそらく試合はひっくり返される、もう一度立て直さなければならない。
海鈴は未練の予測しない動きをする。
気ジ力が迫る中、海鈴はボール確保に向かった。
考えてもいない動き、未練は止めたかったが声が出なかった。
先にボールに触れたのは海鈴、ほぼ間を置かず気ジ力が突っ込む。
グシャッ、鈍い音を残し海鈴の体は吹っ飛び叩き付けられ転がった。
気ジ力のトライとキック、大ゴの生還と併せ八点が追加されビッグフットが逆転、この試合初めてリードを奪われる。
海鈴は自力で起き上がれず担架で運ばれる事に、どこか折れているのかもしれない。
胸の辺りを打ち付けた為か呼吸がしづらい様子、息が荒い。
「ごめ……ん。約束したのに……。怪我だけは……んぐっ……怪我だけはしないって……約束……したのに……。それなのに……ふっぐ……私は……私は!」
海鈴は泣いていた。
涙を止めようと歯を食いしばるがそれでも、海鈴の意思に反してボタボタとこぼれ落ちる。
未練も責める気にはならない。
もしも未練が同じ状況に置かれたら。
海鈴と同様のプレイをしないとは言い切れない。
未練とて勝ちたくて勝ちたくて仕方ないのだ。
チームメイトが集まって海鈴を囲むが、揃いも揃って何て声をかけていいものか分からない。
そこでベンチから側に駆けつけた美々が意を決して、言葉を発した。
「カッコよかったよっ……海鈴は……すごい勇気あったしっ、それにっいっぱいトライも決めたしっ、それにそれに――」
「どこが格好いいんだよ!……んがっ……ハア……んハア……」
海鈴は痛みで言葉が続かない。
美々は一瞬だけ鋭い目付きで海鈴を睨んだ。
しかしすぐに泣きそうな顔になり、何も言えなくなってしまう。
間もなく担架がきて海鈴は運ばれていった。
美々の言葉は少々邪心が混じってはいたが、紛れもない本心だった。
美々の目にはビッグフット戦を戦う選手が本当に眩しくみえた。
それこそ勝ちにこだわって失敗した海鈴の姿もだ。
だからこそ少しばかり疎外感を感じてしまっている。
ギリギリで戦う選手の中に自分が混ざれていない事が悔しい。
美々は海鈴を見送りながら奥歯を噛み締めた。
大谷川が美々の背中に言葉を投げる。
「そんな焦るなよ。そう遠くないうちにお前にも今日みたいに戦って貰わなきゃいけないんだから」
「はーいっ。分かってまーすっ」
美々は笑顔で返事をした。
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