第50話確信した

 ガ武に対する初球はカープ、低めボール。

 二球目ストレート、空振り。

 追い込まれればカープに対応するのは厳しい、ガ武は狙いをストレートスライダーに絞り積極的に振ってくる。

 三球目カープ、出しかけたバットを止める、ボール。

 四球目スライダー、引っ掛ける。


 球界指折りのパワーは伊達ではない、当たり損ねのガ武の打球はそれでも一二塁間を抜けライト前に転がった。

 ライト木屋田は迫る怒デガを横目で捉えながら、二塁付近へ送球。

 ボールを手放すか、キープするか難しい判断であったが落ち着いて処理する。

 ボールを受けた向井原もすぐに決断を迫られた。

 走り寄るゲゴ岳、それに対し向井原はパスの出し所を見つけられない。

 キープ、勇気のある決断を向井原は下す。

 ゲゴ岳の圧を感じながら、自らのポジションを変え走った。

 視線をキョロキョロさせ、敵を警戒しつつパスの出し所を探す。

 パス出来るスペースは何処だ、スペーススペーススペーススペース……。

 一塁付近にぽっかり、そこに走り込もうとする友多と目が合う。

 向井原はギリギリのタイミングでボールを投げた。

 向井原の送球を受けた友多は一塁に滑り込み、プレイを切る事に成功する。

 ワンアウトランナー、一三塁。

 依然、ピンチであるがトライは阻止した。

 

 次は怒デガ、これも強打者。

 初球カープ、ストライク。

 二球目、外角ストレート外し気味。

 怒デガは踏み込んでこれを捉えた。

 打球を上げたい怒デガと、上げさせたくない未練。

 二人の思惑がぶつかった結果、強烈なライナーが二遊間に飛ぶ。

 いい当たりであったがこれは抜けなかった。

 向井原が横っ飛びで好捕し、ツーアウト目。

 二連続で助けられた未練は、向井原に感謝のジェスチャーを送る。


 続く右打者気ジ力へは内角ストレートから入る、右へファール。

 気ジ力からは右方向へ打つ意識が感じられる。


 攻撃側のビッグフットの選手達はファールゾーンで待機中。

 打球が飛ぶと同時にフェアゾーンに突入すべく構えている。

 両サイドで並ぶ味方がボールを確保し易いよう、打者は左右いずれかに決め打ちするのがこの試合の定石だ。


 気ジ力が右へ打ち難い球を投げたい、内角へストレートをもう一球。

 ボール、気ジ力は腰を引く。

 もう一球内角ストレート、窮屈そうなスイングでファール。

 追い込んだ、ならば迷いなく三振狙い。

 未練は仕上げのカープを投げ、気ジ力を空振り三振に取った。




 五回表の攻撃は三人で終わった。

 あっさり終わったと言ってしまうのは、三人の打者に失礼かもしれない。

 向井原、宮本島、久米村と各々試行錯誤して打席に挑んでいた。

 三者とも転がすのが難しいズ蛮バから、ゴロを打つ事には成功。

 しかし全てビッグフット内野陣に阻まれスリーアウトチェンジとなった。



 五回裏、ゲゴ岳ピッチャーライナーの後、ドブ厳センター前ヒット。

 ワンアウトランナー、一塁。

 ここでズ蛮バに代打が告げられる。

 出てきたのはコ剛ド、バッティングも優れたエースピッチャーだ。

 コ剛ドは先発投手のため本来こういった場面で登場する事はない。

 おそらくこの後マウンドにも立つのであろう、ビッグフットは総力戦の構えである。


 コ剛ドはチームの期待を受け、高く高くボールを打ち上げた。

 打球は中々落ちてこない。

 この間にブコ岩が悠々と落下点に入った。

 ブコ岩のトライ、気ジ力のゴールキック、ドブ厳の生還で合わせて八点の追加。

 いまだワンアウトランナー、三塁。


 続く大ゴは初球スライダーに手を出す。

 中途半端なバッティング、止めたバットにボールが当たった。

 弱々しい打球が転がる。

 弱々しすぎる故に向井原は捕球に手間取る。

 捕球後、急いで一塁を振り返る、大ゴをアウトに取れるかタイミングは際どい。

 付近にガ武が走り込む姿も確認、向井原はアウトを諦める。


 この場面、本塁付近に敵はおらずホームに球を預ければ安全に次のプレイに移れた。

 しかし向井原は判断を誤る。

 外野にスペースを見つけそこに向けボールを投げた。

 もう一つミスが重なる。

 スペース近くのブコ岩が目に入っていなかった。

 遅れて気付いた向井原は、あっと声を上げるがもう遅い。

 ブコ岩は敵からのパスをまんまと受ける。

 そのままドスンドスンと本塁に向かいトライを決めた。

 コ剛ドの生還、気ジ力のゴールキックで八点。



 広島30-49東京

 ジリジリと追い上げられている。

 未練の表情は険しい。

 また胸がざわついた。

 自分のものとも他人のものとも感じられる感情の揺れ。

 そして未練はこのざわつきの正体に気付いていた。



 神だ。

 神が焦っている。

 そして怒っている。

 焦り、不安、怒り、ドクンドクンとした脈動がそのまま未練の中に流れ込んできていた。

 その感情の理由もなんとなく分かっている。


 自分自身が変えられる事への恐れ。

 未練達が持ち込んだ作戦で野球が変わるかもしれない、神は察知している。

 変化に対するフルフルと震えるような恐怖の念も、変化を持ち込んだ未練達への怒りも、変化が眼前に迫ってくる焦燥感も未練には手に取るように分かった、そして。


 同時に強い強いワクワクも。

 新しく生まれ変わる事への期待が、もう一段進化する事への喜びが、ドキドキがワクワクがダイレクトに伝わってくる。

 神の表情はいつもと変わらない。

 うっすらと微笑みをたたえているが……。


 この時の未練もまた試合展開に対する焦り、対戦相手への恐れと同時にワクワクドキドキ感を抱えていた。

 期待と不安で膝が震えている。

 ある意味神とシンクロしている訳である。


 試合は簡単にはいかない、ミスもある。

 せっかく立てた作戦も全てが全て上手くいく訳ではない。

 相手がいるのだから当然といえば当然。

 だから面白いともいえる。


 未練は(神と語らう子)村を思う。

 只のイカサマインチキジジイと思っていたが、現役時代は或いは本当に神と語らっていたのかもしれない。

 野球の神とは野球を通してのみ語らう事が出来る、未練は確信していた。


 もっと神を焦らせたい、未練は思った。

 この先それが出来るとも。

 この試合中のいくつもの失敗、改善の余地がある。

 人もボールも動く野球はサッカーラグビーバスケ等、パスを多用する競技をヒントに考案した。

 これらの競技は一見するとシンプルに見えるかもしれない。

 しかしその戦術は奥深い。

 未練達が取り入れているのはその表層も表層のにわか戦術。

 まだヨチヨチ歩き出したばかりのバブちゃんだ。

 試合後の反省会、作戦会議が楽しみで険しい目付きのままちょっぴり口角が上がる。

 おっと、その前に目先の試合に全力を投じなければならない。




 ここで向井原は交代、お役御免となる。

 向井原のミスの原因はおそらく疲労だ。

 人もボールも動く野球、従来の野球に比べ運動量が桁違いに上がっている。

 向井原はここまで献身的に走り、疲労が激しい。

 こうした事態は想定の範囲内。

 控えの選手はいつ出番が来てもいいように準備をしている。

 向井原に代わり、牛島賀圭子が二塁の守備に向かった。



 巨ダへの初球、二球目、三球目とカープを続ける。

 巨ダはスイングせず見送る。

 ワンボールとツーストライク。

 ここまで低めを丁寧に攻めていたバッテリーは決め球に高めの速球を選んだ。

 低めを掬い上げる準備をしていた巨ダは裏をかかれる。

 バットは空を切り、三振。

 次のブコ岩も三振に取り五回裏を終えた。

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