第48話曇った

 未練の考えるビッグフット戦における理想のアウトの取り方は三振だ。

 前に飛ばされさえしなければ、大柄なビッグフット相手にボールを奪い合う必要もなくなる。


 打席には二番巨ダ、カープを多目に配球し追い込む。

 決め球は外角に外したスライダー、巨ダのスイングがボールの下部をかすめた。


 ――ダメ~!打たないで!


 しまった、と未練は焦る。

 ボールはバックネットを越えた、ファール。


 未練としてはバットに当てられないであろうボールゾーンに投げたつもりだったが、対応された。

 未練は今一度気を引き締める。

 再度決め球、カープ。

 巨ダは今度はバットに当てる事が出来なかった。

 空振り三振、ツーアウト。


 続くド丼は以前の対戦では一軍にいなかった選手だ。

 彼は身長四メートル八センチ、体重約一.七トンの大型高卒ルーキーである。

 五月に一軍登録されると、ここまでで二四本のホームランを放った。

 十三勝をあげた未練と並び、新人王の有力候補とされている。

 未練のライバルともいえる存在。

 とはいえこれが初対戦だ。

 ライバル対決に球場は一際沸いた。


 初球カープ、ド丼のスイングは力強く荒々しかった。

 空振り。


 ド丼のバッティングにはまだまだ荒さが目立つ。

 現状カープに対応出来ないのでは、と未練には思えた。


 またカープ、先程のスイングの再現かと思える位、同じ空振り。

 じゃあもう一球カープ。

 ド丼は三球同じ事を繰り返し、三振に倒れた。


 ――どんなもんじゃい!


 スリーアウトチェンジ。

 攻撃に続き守備でも出だし好調である。




 二回表は久米村ヒットの後、未練倒れてワンアウト。

 夏美の二塁打の間に久米村生還し、更に向井原のトライとゴールキックが決まって八点。

 大谷川倒れてツーアウトの後、友多の三塁打で夏美生還、大谷川のトライとキックもあり八点。

 続く海鈴の内野安打の間に友多生還で一点。

 木屋田が二ゴロでスリーアウトチェンジとなったが、計一七点を追加した。



 二回裏、先頭打者のガ武が二球目のスライダーを引っかけた。

 ビッグフットの攻撃で初めてフェアグラウンドにボールが転がる。

 大谷川が落ち着いて処理し、ワンアウトとした。


 理想通りの三振が取れない時、次に未練が打たせたいのはゴロだ。

 理由は先述した通り、フライを争うのは分が悪いから。

 その為にはとにかく低め低めにボールを配球するしかない。

 高めは絶対に打たれないと確信がある時のみ。

 ガ武を打ち取ったスライダーも上手く低めにコントロールされている。


 未練は怒デガ、気ジ力をそれぞれ三振、遊ゴロに仕留め、この回も三人で終わらせた。

 広島0-42東京

 ここまでの得点だ。

 今の所、一方的な展開となっている。

 思った以上の成果が上がり、未練のテンションも上がる。


 ――オホー!


 ニヤけてしまう未練、弛みかける気持ちを引き締めなければならない。




 東京野球団にとっては消化試合であるこの一戦、ビッグフットにとっては違った。

 ビッグフットは現在八位、プレイオフ出場の当落線上にいる。

 シーズン最終戦であるこの試合に勝てば自力で出場を決められる所。

 ここ数年ビッグフットは東京野球団を圧倒しており、この試合にも意気揚々と乗り込んで来たはず。

 それが思わぬ展開となってしまっている。

 この後のビッグフットはなり振りは構わずくる事は容易に想像出来た。



 三回表、ビッグフット投手のブト腕ボは東京野球団の攻撃を三人で打ち切った。

 下位打線の向井原、宮本島、久米村は作戦通りのゴロ攻撃を遂行したが、ビッグフットの守備を破るに到らない。

 宮本島のゴロは会心の打撃で、三塁に強い当たりが飛んだ。

 サードの巨ダはこれを横っ飛びで止める。

 大きな体を急いで起こすと一塁に送球、間一髪のアウト。

 このプレイにライトスタンドの広島応援団は大歓声を上げた。

 スタンドの彼らも当然、試合を諦めてはいない。



 三回裏の先頭打者ゲゴ岳。

 未練は初球カープを見せる、低め見送ってボール。

 二球目ストレート、低めギリギリのストライク。

 三球目カープ、低めボール。

 四球目スライダー、低め見逃せばボール。

 四球目にゲゴ岳は手を出した。

 平凡なゴロ性の当たり、未練にとってはしてやったりだ。

 それでもゲゴ岳は全力で一塁に走った。

 捕球体勢に入るセカンド向井原、地響きを立て走るゲゴ岳に意識を取られたのかもしれない。


 打球は向井原の足の間を抜け外野に転がった。

 エラーである。

 転がった球をいち早く確保したのは、木屋田だった。

 この球をどこか塁に送って一度プレイを切りたい所だが。

 木屋田の目の端には迫りくる怒デガが映っている。

 木屋田は急いでボールを投げた。


 焦りは判断を鈍らせる。

 人もボールも動かして相手の裏をかきたい所、その為の練習もしてきたが木屋田の投げた先は素直すぎた。

 木屋田は夏美がカバーに入っている二塁にまっすぐ投げた。

 これでは相手もボールの行方を予測しやすい。

 二塁にはドブ厳がドスンドスンと向かっていた。

 このままでは二塁上での衝突は免れないだろう。


 ――危ないよー!逃げてー!


 危ないよー逃げてー、と未練は夏美に指示を出す。

 夏美は一瞬、逃げずにプレイを切る方法を模索したが、諦めて未練の指示に応じ二塁から退避した。

 ボールを確保したドブ厳は誰にも邪魔される事なくトライを決めた。

 気ジ力がゴールキックを決め、ビッグフットに待望の七点が入る。


 ライトスタンドはお祭り騒ぎだ。

 客一人一人の声が大きい上に鳴り物のサイズもデカく、耳が痛い。


 ――…………まあまあ!まだ三五点差!


 広島7-42東京

 まだまだリードはある。

 が、やはり不安なものは不安だ。

 未練の顔は曇った。

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