第46話登場した

 粋な馬市からの帰り道、未練は清々しい顔をしている。

 結局元の世界へは帰れなかった。

 でもこれで良かったんだ、未練は自分でもびっくりするほど結果に納得している。

 正直な所、スライディングのタイミングを間違えた感はある。

 あともう少し早く滑り込んでいれば、或いは間に合ったのかもしれない。

 もちろん未練は間に合うように全力を尽くしたつもりである。


 とはいえ未練にとって、今の生活は全て捨てるには惜し過ぎた。

 次のビッグフット戦だって一生懸命準備をしたのだ。

 直前になって判断が鈍ってしまったのではと、自分自身疑ってしまっている。

 それは結果として正解だったとも。

 薄情ではあるが未練の気持ちは すでに切り替わっている。



 異世界人組合と疎遠な未練は知らなかったが、元の世界に帰れるチャンスがある事は組合員の中で共有された情報である。

 この情報は公にされておらず組合員以外は知らない。

 元の世界へ帰りたい、この立場に立てば情報を公開し研究機関に協力を仰ぐ方が合理的である。

 しかし異世界人組合はその選択を取らなかった。

 異世界人組合はこの世界で異世界人がより良い生活を送ることを目的とした互助組織である。

 異世界人に有利に働く制度システムを維持する為には、彼らは常に可哀想な存在でなくてはならない。

 帰れる場所などあってはならないのだ。

 組織の方針に従いこの事実は隠された。






 広島行きの新幹線の中、未練はそわそわと落ち着かなかった。

 車窓を流れる景色を目で見てはいるが、頭には何も入ってこない。

 後ろの座席の美々のちょっかいも耳には入っているが、脳まで届いていない。

 未練はこの日行われるシーズン最終戦、広島ビッグフット戦の事で頭が一杯だった。

 未練が自分で考えて計画を立て、チームメイトに号令をかけて練習を指導したのもこの試合の為だ。

 計画の成功を想像し期待に胸膨らませると同時に、失敗を考えて不安にかられる。

 心ここに在らずといった状態。


 しかもこの日の先発投手は未練である。

 未練の投球の出来が作戦の成否に大きく関わる。

 またビッグフット戦で投球するのは神の雷で中止となったあの試合以来。

 因縁の相手との再戦に未練のアドレナリンはドバドバ出っ放し、目がイッてしまっている。

 その様子を隣の座席で夏美がニコニコと見守っていた。




 グラウンドに登場するまでの時間を未練は途轍もなく長く感じた。

 期待も不安も最高潮で、どちらにしろ早くその時が来てほしい。

 用もないのに廊下をウロウロウロウロして時間を潰した。

 そんな未練もいよいよ仲間と共にグラウンドに登場となる。

 東京野球団の面々はセリに到着した。

 舞台などで役者がせり上がってくる昇降装置、あのセリである。

 広島パワースタジアムでは選手は地面からせり上がって観客の前に登場するのがお決まりになっている。


「二号セリ作動させます」


 係員の指差し確認の後、天井部分がパカッと開いた。

 頭上の四角い穴からは、爽やかな秋晴れの空が見える。

 ここまで来ると観客の声がはっきりと聞こえている。

 選手のまもなくの登場を察した歓声は更に膨らんだ。


 ギリギリギリギリッキーッガタンッ


 不快な音を立てながらセリが上がる。

 ゆっくりゆっくりである。

 青空が徐々に近付いてくる。

 と同時に歓声も近付いてくる。

 未練は登場に向けて、キリリと表情を整えた。


 東京野球団の面々を乗せたセリは広島パワースタジアムグラウンド三塁側ベンチ前に登場した。

 同時に広島ビッグフットも一塁ベンチ前に姿を現している。


 神も空中で静止して待っている。

 神、広島、ビッグフットとくれば未練にとって不吉な組合せである。

 この試合でそれを払拭出来ればいいが……。

 神の顔は試合の度、既に何度も見ている。

 いつもと変わらないお馴染みの顔。

 いつも通りの何を考えているのか分からない微笑み。

 


広島ビッグフット

1(中)大ゴ

2(三)巨ダ

3(左)ドどん

4(一)ガ武

5(右)怒デガ

6(捕)気ジ力

7(二)ゲゴ岳

8(遊)ドブげん

9(投)ブトわん


東京野球競技部隊

1(遊)熱原夏美

2(三)大谷川清香

3(一)坊屋友多

4(捕)花毟海鈴

5(右)木屋田風花

6(二)向井原夢

7(左)宮本島美世

8(中)久米村ぷりん

9(投)岡本未練



「円陣を組みましょう」


 夏美が提案した。

 となれば作戦を主導した未練が音頭を取る事になる。

 怪我だけはしないように……全員無事で帰る……これだけは絶対に達成しましょう……未練のか細い音頭に応え円陣は咆哮を上げた。




  一回表東京野球団の攻撃、一番夏美がバッターボックスへ。

 一見溌剌としていてその実、繊細な面が見え隠れする女の子だが試合に挑むに当たってはそれを見せない。

 未練の作戦に華を添えたい、そう決意する夏美の顔はとても凛々しい。

 初球だった。

 目一杯振り抜かれた強烈なゴロが三塁線を襲った。

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