第44話参加した

 村が本当に神と語らえるのか、訝しむ声は以前からあった。

 今まで村が唯一の神との交渉者として窓口になり、神の意志言葉を球界に下ろしてきた。

 故に村の意志は神の意志、村の言葉は神の言葉として扱われ、逆らう者はいなかった。


 しかしその割には村が球界にもたらした恩恵は僅かである。

 この世界にかかった弱肩の呪いを始め、東京野球団とっては不利に働くバランス調整ルール改正が行われる事がしばしばある。

 そうした際にも村は只、指を咥えているだけに見えた。

 神と交渉出来るはずの絶対権力者村だが、ロビー活動においては無力だったといえる。


 こうした事から村を疑う声はあったのだ。

 しかしかつて予言を的中させた実績、既に村が権力の土台を固めていた事からその声は表面化しなかった。

 今回の雷で、封じられていた声が表に出つつある。


 だからといって即時、村の解任に向け事が動くという訳ではない。

 村の築いた土台は強固であるし、そもそも彼は不幸にも雷に打たれただけである。

 別にそれが神の鉄槌である証明はない。

 故に村に対する罰則も糞もない訳だが、事実はどうあれ村が神の意志に反したと皆思っている。

 村の求心力はこの事をきっかけに下がっていた。

 現に村の入院中に未練は一軍復帰を果たした。

 神保も今の所まだ広報部に所属している。



 未練は八百長の事はだんまりを貫くと決めた。

 村と戦うのは割に合わないと判断したからだ。

 未練は自分の仕事さえ確保出来ればいいと考えている。

 黙っていれば未練も神保も野歩も、そして村も平穏に暮らせる。

 野次馬根性丸出しの美々に聞かれても、スクープの野心を隠せない空に聞かれても知らぬ存ぜぬを繰り返した。






 未練はまた全体練習に参加していた。

 指導にも少し慣れ内外野の連係も様になってきている。


 これは対広島ビックフット戦を想定した練習。

 未練の初戦、神の不興を買った試合の相手がビッグフットだ。

 ビックフット戦は東京野球団にとって鬼門である。

 試合の度に怪我人が続出する。

 せっかくチームが上向いてもビックフット戦を境に再び下降線を辿る、この繰り返し。

 怪我を避けながらあわよくば勝ちを拾えれば。

 未練なりに考えて安間に上申した結果、全体練習が実現した訳だ。



 内野の中心で夏美が元気に声を出し、チームを盛り上げる。

 指導役の未練にとっては助かる存在である。


「夏美ちゃんようやく元気出てきたな。蟹江さんが死んでから元気なかったんだよ。お前はチームから消えるしよ」


 油が未練に話しかける。

 この練習において油は戦力外のため、暢気に見学をしながらである。

 普段の連絡では特に感じなかったけどやはりそうだったか、と未練は思った。

 はつらつとしている夏美だがその実、繊細な所がある。

 繊細な振りをして図太い未練とは真逆だ。

 夏美にとって蟹江の死はそれなりにショックだったに違いない。


 こちらの世界に来て以来、夏美には世話になりっ放しだと未練は感じている。

 恩返しの一つでもしたいが、この瞬間も現在進行形で助けられている。

 未練は夏美に何をやってあげられるだろうか、悩ましい所だ。


「そういや蟹江さんの葬式はどうだったのよ」


 ここの所バタバタと慌ただしく落ち着いて話す機会がなかった。

 しかしこの時練習中、未練は油に手短に話すつもりだった。

 しかしいざ話し出すと堰を切ったように止まらなくなる。

 式進行や弔問客への不満に始まり、火葬直前の気持ち、火葬中に蟹江の友人と語らった事等、一気に油にぶつけた。

 油も蟹江には思い入れがある、そうかそうかと話に乗ってくれた。

 が、乗せすぎたようだ。

 油は油で蟹江への思いをしんみりと語り出す。

 それ位ならまだ良かったが既に何度も聞いた蟹江の引退エピソードを話し始めるに至り、未練は失敗したと頭をかく。


「俺もそろそろ引退だなあ」


 油が呟いた。

 遂に自分の話を始めたか、と身構える未練。

 まだいけますよ、形だけの心のない返答をする。


「いやもう無理だろ」


 確かに。

 油は最近出番を失っている。

 先発出場のほとんどを若手に譲り、ベンチを温める時間が増えた。

 この日の練習とて膝がボロボロで動きの悪い油は最初から構想外、お休みいただいている。


「俺、気持ち的には四十位で一度引退してんだよ、もう限界って。その時は引き留められて続けてさ、そのまま二十年。もう今は引き留めてくれる人はいない。でもやり残した感が凄いあるんだよ。二十年前はそれなりに達成感があったはずなのに。この二十年でどんどん体が動かなくなって、どんどんやれることが減っていってさ、試合で達成感が得られなくなったからかな」


 未練はおじいさんの話を我慢しながら聞いている。


「最後に大きな一仕事したいんだけど、さすがにこの体じゃなあ」


 油はポコンと出たお腹をさすった。






 全体練習は午前中で終わった。

 午後からは各自、個人練習となる。

 未練は練習を切り上げ、粋な馬市に向かうことにした。

 午後も練習をこなす夏美に勘付かれぬよう、こそっと男子用ロッカールームへ。

 こそこそ隠れてまで別に行きたい場所じゃない。

 しかし習慣になっている粋な馬市のお散歩を未練はやめられないでいる。

 


 着替えを終えロッカールームを出た未練を未だユニフォーム姿の夏美が待ち受けていた。


「今日もいつものお散歩行くの?粋な馬市」

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