第43話言った
試合のない十月四日、秋晴れの鯖味スタジアムで東京野球団の面々が全体練習を行っている。
個人練習が主な東京野球団では珍しい光景だ。
内外野合わせた守備の連携練習で、ボールも野手も忙しなく移動を繰り返している。
その中心に未練がいた。
未練は頻繁にタイムをかけては監督安間とヒソヒソ話したり、内外野に指示をだしたり、全体を見渡して首を捻ったり精力的に動いている。
未練主導でなにやら始まるようである。
人を指導する事に慣れていない未練。
その指示っぷりは決してスムーズとはいえない。
「何がやりたいんだお前は?お前の言う事はまわりくどい。簡潔に説明しろ」
海鈴からの要望。
「あ?なんて言った?聞こえないよ。声は大きくはっきりと」
大谷川からのアドバイス。
「おいっトロトロすんなっ未練っ。はよせんと更に干すぞっ」
美々からの叱咤激励。
現場は総じて和やかであった。
とそんな和やかな練習に一気に緊張感が走る。
野球連盟理事長、村がお出ましである。
村は取り巻きを引き連れ不機嫌そうに現れた。
付き従う球団社長福戸や職員野歩は恐縮しきりである。
村の目的は未練だ。
肩の故障で抹消された未練が元気一杯投球練習をしている、この事は一部でジワジワと話題になり始めていた。
未練が登録抹消された本当の理由はなにか。
未練と野球連盟が揉めたから、未練が不正に手を染めた懲罰、逆に未練が野球連盟の不正を暴こうとした故の見せしめ等々、現在様々な説がある。
これを抑えようとまず未練の元に遣わされたのは野歩だった。
しれっと練習を続ける未練に注意をする。
「岡本さんはお怪我をされているのですから練習は控えるべきですよ。周りもそれを望んでいます」
未練はこれを軽く無視した。
すると今度は編成部長が来る。
未練はこれも無視する。
専務、球団社長、連盟理事、連盟副理事長、やってくるメンツはどんどん出世していったが、未練は止めなかった。
その過程で鯖味スタジアムを使用禁止になるが、自費でグラウンドを借りトレーナーをつけて練習を続けた。
この日は全体練習指導の名目で数日振りに鯖味スタジアムを訪れている。
で、いよいよ村が登場という訳である。
未練は初め、練習中を理由に村と話をするのを拒んだ。
流石にそれは不味い、と安間が説得する。
安間としばし揉めた後、未練は渋々話し合いに応じる事に。
未練の背中に視線が突き刺さる。
夏美は心配そうに見ているし、美々は興味津々でニヤニヤしている。
秋晴れの球場に少し影が差す。
雲が出てきているようだ。
「無理はよくないよ君。怪我してるんだろ」
村は未練に強い口調で気遣いの言葉を投げた。
「理事長直々にこんなお言葉いただける事なんてないぞ。大人しく休みなさい」
福戸が村に続く。
未練は不思議そうな顔を作って村に向けた。
村が眉をひそめたのを確認して、右腕をグルグル回すとニッコリ微笑む。
「大丈夫!絶好調です!」
村は般若のような顔で福戸を睨む。
福戸はその場をなんとか収めようと、声を荒げて未練に詰め寄った。
「そうじゃない!分かるだろ君」
未練はもう一度不思議そうな顔を作った。
村が大きな溜め息をつく。
「君はもう少し賢いと思ってたんだけどね。そんなんじゃ長く野球を続けるのは無理だろうね」
「いえ頑張ります!応援よろしくお願いします!」
未練の噛み合わない返答に、村は険しい顔で喋らなくなった。
福戸は慌て、更に語気を強めて未練を説得する。
未練はそれに合わせて困り顔を作った。
「神保さんは切り捨てるんで?」
やや唐突に、福戸を一旦無視して村に問いかけた。
「何の話?」
球場の温度が下がる。
厚い雲が太陽を遮っていた。
「貴方が計画した八百長の話です」
「知らないけど。どういう事?」
村は冷たい目で未練を見た。
未練も冷たい目で村を見る。
福戸は苦々しい顔、神保に直接指示を出してしまった野歩は可哀想に青くなっている。
未練、神保の出方次第では次に責任を取らされるのは野歩だ。
「誤解をしてるみたいだね君、ふふふ。私は何も知らないよ。君は馬鹿なだけじゃなく随分無礼なようだね。東京野球団は神の意思で作られた神聖なもの。君は相応しくないなあ」
「八百長の話は後で聞こう。まずは理事長に謝りなさい。君の発言は球団社長として見過ごす事は出来ない」
未練は平静を装ってはいるが一杯一杯である。
職を失う恐怖と戦いながら言葉を絞り出している。
「……謝りません。僕と
噛みかけた……がまだ言葉を続ける。
球場の空を黒雲が急激に覆い尽くし、一段と暗くなる。
「辞めませんよ僕は。結果を出して居座り続けます。貴方が……老いて身を引くのか、ボロが出て失脚するのか分からないけど、貴方が落ちぶれていく姿を僕はここで見届けます」
言ってやった、いや言ってしまったのか。
未練の明らかな敵意に村は一気に激昂した。
普段は平静を装っているが、元々は激情的な性格なのだろう。
村の顔がみるみる赤黒く染まっていく。
あ、怒った、やべ、言い過ぎたか、未練は調子に乗った事をちょっぴり後悔した。
「ここから出ていけ無礼者が!お前は野球界に必要ない!これは神の意思だ!」
その瞬間である。
ピカッ閃光、ドドガガシャンッ雷鳴、ビリビリビリビリッ地鳴り。
プスプスと音を発しながら、ビクンと痙攣しながら村の体はグラウンドに横たわっていた。
雷は村の脳天に直撃した。
未練は呆気にとられている。
福戸も同様。
野歩はショックで気を失った。
キューキューシャー、キューキューシャーという声が背後から聞こえていた。
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