第41話出席した
近親者のいない蟹江の葬儀は、異世界人組合主導で行われた。
未練は葬儀中、ずっとイラついている。
異世界人組合員、球界関係者による弔辞で語られる蟹江の姿はその実像から大きくかけ離れているように思えた。
未練と蟹江の付き合いはわずか三ヶ月程。
当然未練の知らない蟹江も存在して然りな訳だが、未練は駄々っ子のようにそれを認めなかった。
違う、蟹江さんはそうじゃない、全然違う。
未練は蟹江の葬儀を取り仕切れない自分を呪った。
この時未練は既に一軍登録を抹消されていた。
表向きの理由は肩の故障、その実情は懲罰である。
「よお、未練。肩の方は大丈夫なのか」
江藤が未練に話しかける。
江藤は八百長の事を知らない。
うるさくうざい江藤だが彼は正義感が強い。
八百長の事を知ったらきっと、相手が組織のトップであっても食って掛かることだろう。
悪い人間ではないことは分かっていた、ただうるさくうざいだけ。
むしろ八百長を了承した未練の方が、一般常識から見れば悪である。
未練は江藤の質問を軽く流した。
江藤に本当のことを知られてしまえば間違いなくややこしい事になる。
火葬の場には本来、近親者が付き添う。
しかし近親者のいない蟹江の場合はそこが曖昧だ。
未練は志願して火葬場まで同行した。
何故か神保もついてきている。
生前親交があったのかもしれない、未練には知る由もないがおそらくは違う目的があるのだろう。
夏美と油は試合の為、この日は欠席だ。
二人の思いを背負ってきている訳だが、雑念で上手く悲しむ事が出来ない。
弔辞や神保江藤だけではなく、あらゆる事にイラついている。
例えば坊主のお経。
この日のお坊さんは高齢で、声が続かずよくお経がつっかえた。
そんな些細な事に一々引っ掛かってしまう。
このままささくれ立った気持ちで葬儀を終えてしまうのか、未練は焦っていた。
そして焦れば焦る程、感情は悲しみから遠ざかっていく。
もっと純粋に故人を見送りたかった……まもなく終わろうとしているセレモニー。
未練は遂に泣く事を諦めた。
いよいよ蟹江の棺が炉に入る直前だった。
突然足に力が入らなくなった。
動悸が激しくなり、全身が震える。
――蟹江さんが……死んじゃう……
立つのが困難になった未練は、江藤に支えられ棺が炉に吸い込まれるのを見送った。
雑念は吹き飛び、只々蟹江の事を考えていた。
火葬を待つ間、蟹江の思い出話に花を咲かせる弔問客達。
それは弔辞と違い、未練の思う蟹江の実像と近かった。
「君がカープ投げてるのテレビで見たよ。やっぱり蟹江ちゃんの弟子か」
派手に取り乱した事がきっかけで、生前蟹江と親交の深かった数人に話しかけられた未練。
未練は自分が人見知りな事も忘れて蟹江の話をした。
火葬を終え最寄りの駅までのマイクロバスに乗り込んだ未練。
隣には神保が座っている。
「この後時間あるか。話がある」
はい、と答える未練。
聞かれなくても自分から誘うつもりでいた。
「お前は賢かったよ。はいとも、いいえとも明言しなかった」
未練の部屋で出された茶を飲みながら神保は話した。
「お前は只、目だけで返事をした。本当ならはっきりと言葉で返事を貰わなければいけなかったんだが」
神保には裏切った未練を責める様子はない。
只々力のない目をしていた。
「こうなるかもしれないってのは、なんとなく予測はしていたんだ。でも実際に八百長に手を染めるかどうか、最終的な決断を全部お前に委ねてしまった。いい歳して情けない話なんだけどな」
確かに情けないとは思う。
しかし未練も八百長を了承した身である。
神保を責めるのはお門違いというものだ。
未練には疑問があった。
何故神保はこんなややこしい事に、足を踏み入れてしまったのだろう。
「確かに俺は一度、嫌気が差して全部投げ出したよ。それでもやっぱり現場復帰をちらつかされると気持ちが揺らいだんだ。何なんだろうなこれ」
神保はニヤリと笑った。
神保の目に少しだけ力が戻る。
「俺はもう現場に戻ることはないだろう。その資格もないしな。いずれ今の職も失うかもしれない。就職活動始めないとな」
神保はこの時点で、東京野球団広報部に所属している。
しかし二度にわたる失態で、その立場は危ういものとなっているのだろう。
村を告発し状況打開する事は出来ないものか、未練は考えた。
それを察した神保が言う。
「難しいんじゃないかな。俺は村に直接命令された訳じゃない。話を持ってきたのは野歩だ。一度裏切った俺をホイホイ信用する訳ないしな。野歩だって直接、村から命令は受けていないだろう。辿っていけば最終的に村に辿り着くんだろうが、ちょっと厳しいと思う」
未練は考え込んでしまった。
神保が立ち上がりながらお暇を告げる。
「それじゃ俺は帰るよ。後情けないついでで悪いんだが、告発するしないもお前に任せるよ。俺はどんな結果も受け入れるし、お前は八百長を了承しなかった。悪くない落とし所だろ」
神保は帰っていった。
未練は鯖味スタジアムにいた。
とある目的があっての事だ。
廊下を歩いているとその先に監督安間の姿が見えた。
安間は目が合うと気不味そうな顔をして、すぐ側の監督室に引っ込んでしまった。
安間は一体どこまで知っているのだろう。
未練は安間を追いかけ監督室の扉の前に立った。
干されていても出来る事はある。
未練は監督室の扉をノックした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます