第42話苦笑いした

 未練は練習の為、鯖味スタジアムに向かっている。

 未練の肩はいたって健康だが、異常があったらあったで下半身の強化等やれることはいくらでもある。

 干されるのはこれで二回目。

 前回に比べれば随分と気楽だ。

 今回の表向きの理由は怪我である。

 怪我は次第に治っていくもので、いつまでも干し続ける理由には出来ない。

 いずれまた出番は来るはずだ、との算段が未練にはある。


 そして前回は連絡を取れるチームメイトが夏美しかいなかった、しかし今回それなりにいる。

 特に体の異常もないまま怪我を理由に突然干された未練に、またこいつ何かやらかしたんだなとチームメイトは察している。

 前回は遠巻きに好奇の目を向けるのみだった面々も、今回は無遠慮に何をやらかしたのか聞いてくる。


 特に美々はしつこい。

 時に強引に時に情に訴え、未練の抱える秘密を暴こうとする。

 未練はその度ヘラヘラとはぐらかすが、美々はまだ諦めてはいない。


「美々は一生っ、追及し続けますからっ」


 と高らかに宣言するのである。





 未練が球場の入り口に着くと入り待ちの子供がいた。

 野球少年と思しきその彼。

 この日は平日である。

 学校はどうしたんだ、と疑問を投げかけると創立記念日ですと少年は答えた。

 まあ嘘であろう。


 話をするとどうやら少年は、未練の初登板で神の雷を受けた一人であったらしい。

 そこを突かれると負い目のある未練は強く追求は出来ない。


 この出会いに未練は素直に驚いた。

 あの時の被害者と会うのは初めてである。

 未練は頭を下げた。

 少年は恐縮したが、そんな彼をを困らせるほどに謝った。

 自分勝手ではあるがほんの少しだけ肩の荷が下りる。

 あの時の怪我人は二三三人。

 これで残り二三二人だ。


 少年は未練の怪我の具合を心配しているようだ。

 未練が練習に来る事を聞きつけ、いてもたってもいられずスタジアムに駆け付けたとの事。


 大丈夫、心配しないで、と未練は少年に伝えた。

 今日の練習見ててね、とも。



 


 グラウンドに降り立った未練は客席を見渡した。

 試合もない平日、当然ガラガラだがそれでもポツポツと人がいる。

 平日の二軍の練習を見に来るような、熱心で特殊なお客さん達である。

 見た目から異彩を放つエリート揃いだ。


 未練はウォーミングアップ肩慣らしをじっくりと行なった。

 試合の日と変わらぬ丁寧さでじっくりと。

 未練の肩は万全に仕上がっていく。

 目ざとい客はこの様子に既に違和感を覚えているようだ。



 未練は屋外のブルペンでキャッチャーを座らせる。

 ここで深呼吸。

 未練は渾身のストレートを投げ込んだ。


 パァンッ、キャッチャーのミットから快音が鳴る。

 球場がざわざわとし始めた。

 選び抜かれたエリート達である。

 当然未練が怪我を理由に登録を抹消された事も知っている。


 パァンッ、二球目もストレート。

 パァンッ、三球目もストレート。

 この日の未練は調子が良い。

 球もよく走っている。


 パァンッ、四球目スピードガンが一三五を記録した。

 自己最速更新である。


 よりにもよってこんな時更新しなくても。

 未練は苦笑いした。

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