第37話決めた
神保の用件は八百長のお誘いだった。
未練の次の登板、九月二二日の兵庫ブッスキング戦において手心を加え負けて欲しいとの事。
ブッスキングは三六チームで争われるリーグ戦で現在八位。
ペナント終了後開催されるプレーオフには上位八チームが出場権を獲得する。
ブッスキングは当落線上にいる訳だ。
一方東京野球団は二五位、プレーオフ出場は絶望的で勝ちを譲った所で大した影響はない。
各異世界間では物品のやり取りは出来ない為、あまり利害関係が生まれず本来こうした取引が発生しにくいはず。
しかし異世界交流は野球だけで行われている訳ではない。
行政レベルで交流が行われる事もあれば、民間レベルで行われる事も。
野球以外のスポーツ交流もある。
異世界を通して間接的に、自分達の世界で影響力を行使する事も可能なのだ。
そしてもう一つ、悲しい事だがスポーツを対象とした非合法な賭け事は存在する。
そこに八百長を持ち込み、大金を得ようという思惑も当然存在する。
二五位の東京野球団と八位のブッスキング、本来なら東京野球団に高いオッズがつくはずだがこの試合、既に十二勝をあげて絶好調の岡本未練が先発予定だ。
オッズは逆転し、東京野球団が勝つと予想されていた。
このタイミングでこの誘い、ほぼ間違いなく村の差し金だろうと未練は察した。
前日に圧をかけるだけかけて地固めをし、本題は他人に任せリスクを背負わせる。
嫌なやり方だと未練は思った。
神保も神保で、一体どういうつもりなのだろう。
面倒臭いしがらみが嫌になり、自ら解任へ向け行動したのではないのか。
辞める前よりよっぽど面倒な事に足を突っ込んでいるようにしか見えない。
「どうだ岡本、ここで一試合負けた所でお前の評価はそこまで下がらん。手を貸してくれれば信頼を獲得出来る。この先の野球人生に必ずプラスになるよ」
一体誰の信頼なのか、神保は明言しない。
お互い分かっているだろ、という訳だ。
前夜の食事会で、大概の事は受け入れて生きていくと決心した未練。
八百長かあ……流石に決意が揺らぐ。
いや、決めたんだ。
未練は覚悟の目で神保を見据えた。
深く頷く神保。
「そうか、分かった。安心したよ。先方に伝えておく」
神保は用件が済むとさっさと帰っていった。
一人の部屋で未練は考え込む。
本当にこれで良かったのか、不味い事に巻き込まれているのではないか。
――折角の休みが台無し!
この日休養日の未練だったが、一日丸々憂鬱に過ごした。
九月二二日、東京野球団一行は
そのままチームバスに乗り込み試合会場、
チームバスではいつもの如く、美々がうるさい。
それがこの時の未練には有り難かった。
他人に気を使いがちな未練は人と話している時だけ、会話に気を取られて嫌な事を忘れられる。
未練は村との食事会、そして神保の訪問以来ストレスを感じながら過ごしてきた。
チームに帯同しても一人の瞬間ができると物思いに耽ってしまい、その度不安に押し潰されそうになる。
故におしゃべりな美々の近くに敢えているようにしていた。
「最近の未練君は甘えんぼさんだねぇっ。お~よちよちっ」
癪ではあったが、仕方ない。
今の未練は確かに美々に甘えている。
こんな時こそ蟹江に会って、話をしたかった。
しかし今週は会えていない。
看護師さんに止められてしまったからだ。
九月はまだまだ残暑酷しく、蟹江の体力も落ちているよう。
本来ならこの日、蟹江直伝のカープを実戦使用する予定だったがそれも流れた。
捕手の海鈴とも捕球練習、打合せをしっかりしてこの試合に挑めるはずだった。
やっぱりまだ実戦は早い、もう少し精度をあげたいと用意してきた言い訳を話す未練。
海鈴は不満げだった。
「お前が言うんならしょうがねえけどよ、私はいけると思うがな」
――ごめんなさい……
それでも未練は中止をゴリ押さなければならない。
東京野球競技部隊
1(遊)熱原夏美
2(左)八矢文人
3(二)五村圭介
4(一)鬼清勝
5(三)大谷川清香
6(捕)花毟海鈴
7(右)木屋田風花
8(中)久米村ぷりん
9(投)岡本未練
兵庫ブッスキング
1(三)
2(二)
3(右)ササロー
4(一)
5(中)
6(左)
7(遊)
8(投)
9(捕)
この日は残暑が和らぎ、空気がひんやりしている。
予報では小雨が降るそう。
季節の変わり目は体調を崩しやすいという。
蟹江が心配だが、未練も心配である。
未練は最近、神経過敏で寝不足、コンディションがいいとは言えない。
まあこの日は負けてもいい試合、あまり関係ないかもしれないが。
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