第38話刺さった
ブッスキングの面々は頭頂部に八十センチ程の鋭利な突起物を持っている。
要は頭に針が生えている。
これが彼らのバットの代わりとなる。
頭の針をボールに突き刺せばヒット。
刺さり具合によって単打、二塁打、三塁打、本塁打と結果が変わる。
よりボールの中心に、より深く突き刺されば長打と判定される訳だ。
先頭打者の尖利は未練の初球ストレートをプスっと突き刺したかに見えた。
しかしその刺さりバッティングはボールの芯を外している。
刺さりきらずポロリと落ちたボールはフェアグラウンドに転がった。
未練はそれを捕球しファーストに投げる。
尖利は一塁へ、ヘッドスライディング。
際どいタイミング、セーフ。
ボールよりも僅かに早く、尖利の頭が一塁ベースに突き刺さった。
ノーアウト一塁。
続く二番、御突がきっちり初球で刺さりバントを決める。
これでワンアウト二塁。
そして三番ササロー、打率三割六分九厘、首位打者争いのトップに立つ一流打者だ。
打席のササローは独特の雰囲気がある。
目を閉じ体を脱力させ、頭の針をゆらりゆらりと一定のリズムで揺らす。
一回、二回、三回、四回。
四回揺れた所で頭の針はピタリと静止する。
ササローのルーティンワークだ。
この時点でササローの目はマウンド上の未練をしっかりと見据えている。
未練は身震いした。
今までの打者とは、纏う空気が違う。
ここまで未練はランナーを背負っているが、それは手心を加えたからではない。
初回は様子を見るつもりで普通に投げている。
相手の選手も八百長の事は知らず、細かい打合せがある訳ではない。
ある程度は未練に任されている。
ならば……。
ここは、ここだけは真剣に勝負をしよう、未練はそう決めた。
この一打席だけ、目の前の一流打者と勝負したかった。
まずはストレートを外に、どういう反応をするか見たい。
……未練は息を呑んだ。
未練の投げ込んだ球、見逃せばボールだっただろうか。
ササローの頭の針は、その球の中心に音も無く吸い込まれていった。
投手の球は通常高速回転をしている。
本来なら回転の力と針がぶつかり、ある程度の反発が起きるはずだ。
その反発は鋭く長い頭の針をしならせ、嫌な摩擦音を立てる事だろう。
しかしササローの刺さりバッティングはそれを微塵も感じさせない。
まるでシルクのような滑らかさで、滑り込むように突き刺さる。
最後は真上に突き立てた針の根元でパンッと気持ちのよい音を立て、ボールは止まった。
文句なし、先制のツーラン刺さりホームラン。
ササローはきびきびと、それでいて優雅にダイヤモンドを一周した。
未練は只、見惚れている。
刺さりバッティングについては素人の未練だが、ササローが凄い打者なのは充分過ぎるほど伝わった。
こんな状況ではあるが、清々しい気分だ。
ついでに気も楽になる。
このままいけば、特に手心を加えずとも普通に負ける事が出来るかもしれない。
ほっと一息ついた未練はバックネット裏観客席を見る。
――え……
見知った顔がある。
蟹江、内野席最前列に、東京にいるはずなのに。
ハラハラした顔で心配そうにマウンドを見つめている。
何故いる?何故……。
――なんで?
一度は楽になりかけた気持ちが、再びざわつき始めていた。
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