第36話飲食した

「江藤、君は外で待っていなさい。君がいると岡本君が萎縮するんだよ。下がりなさい」


 加賀の命令で退室する江藤。

 心配そうな目線を未練に送った。

 

「彼は真面目なのはいいんだが、融通が利かんしうるさくてかなわんね」


 同意だ。

 未練はぎこちない笑顔で応える。


「そう硬くなるのはやめなさい。取って食ったりはしないから私達は」


 と福戸が険しい顔で言う。


「おいおい福戸君、顔怖いよ。これじゃ岡本君が益々硬くなっちゃうよふふふ」


 村が笑顔で福戸に注意する。

 福戸は慌てて表情を弛め、肩をすくめた。


「今日君を呼んだのはね、君と仲良くしたいから。僕は君の事、誤解してたみたい。そして君も僕の事、誤解してるねきっと。お互いすれ違っちゃってる訳」


 村と会うのは謝罪行脚以来だ。

 未練が引退しない事に機嫌を損ね、だんまりを決め込んで野歩を威圧していた時以来。

 未練にとって村のイメージは最悪である。

 まさに目の前にいる老人はにこやかで上機嫌だが、あの時の高圧的な村こそ本性だと未練は考えていた。

 福戸が言葉を付け加える。


「喜びなさい。村理事長は君のチームへの貢献を認めているんだよ。ご多忙なのに試合をきちんとチェックなさっているんだ。感謝しなさい。こちらの加賀理事長も同じ異世界人としてお喜びだし、もちろん私も同じ気持ちだ」


「僕達はもっといい関係が築けるはずだよね。すれ違ったままじゃ勿体ないもんねふふふ」


「村さん、その通りです。私達と岡本君にはより良い未来が待っている。異世界人組合としても岡本君を全面的にサポートするつもりでいるんだよ」



 この場を支配しているのは村だ。

 福戸は分かりやすく村の顔色を窺っているし、加賀も福戸程ではないが似たようなもの。

 異世界人で野球選手の未練は、絶望に近いものを感じていた。

 未練の生きる世界の王はこいつだと。

 この世界にいる以上、こいつからは逃げられないと。

 囚われの身、そんな気分だった。





 村は元選手である。

 通算四〇四本塁打を誇り本塁打王一度、打点王二度のタイトル経験のある強打の内野手。


 村のプレイはまるで神に魅入られたようだと評された。

 村が打席に立つと、思ったコースに思った球種がくる。

 守備でも、村があらかじめ構えた場所に打球が飛んでくる。

 野球の神と事前に打合せでもしているかのような村のプレイ。

 彼は(神と語らう子)と呼ばれた。


 あくまでも異名にすぎない、はずだった。

 しかし本当に神とコミュニケーションを取っていると、周りが信じざるをえない出来事が起きる。

 一九六二年、元旦以降に生まれた男児は弱肩の呪いを受けて生まれてくる。

 これを村は予言した。

 当初は誰しもが村を馬鹿にしたが、徐々にそれが真実であると分かるにつれ皆態度を変える。

 神と語らう子は、本当に神と語らう子だったと。

 村は神とコミュニケーションを取れる唯一の存在として引退後、出世街道を突き進み今に至る。




「僕は鬼清君とも仲良くさせてもらってるんだけどね。ふふふ……彼はもう駄目だね。打つしか能がないのにあれじゃあね。僕の時代は違ったよ。打撃も守備も両方こなしてこそプロの野手だよ。投手の立場からもそう思わない?」


 最近のチーム事情の話から鬼清の話題が出た。

 鬼清がディスられていい気味、という気持ちも5%程ある。

 あるにはあるが未練はこの意見には抵抗があった。

 神の制約を受けていない村と、受けている鬼清。

 プレイスタイルが違うのは当然だ。

 未練には村の意見が老害的発想にしか思えず、嫌悪感を覚えた。

 しかしそれを指摘する事は出来ない。 


 未練の頭に神保の顔が浮かぶ。

 神保もきっと、幾度となくこうした会合で神経をすり減らしてきたのだろう。

 で最後はヤケクソになってしまった。

 そのおかげで今の未練がある。


 仕方ない、と未練は思った。

 未練はこの世界で生きていくのだ。

 その為には、受け入れなければならない事もある。


 未練はにっこり笑顔で村の意見を肯定した。


「やっぱりそう思うよねえ。僕達気が合うかもね。鬼清君は……ふふふ、馬鹿だけどさ、君は賢そうだね。一度の失敗は仕方ないとして、同じ失敗はきっとしないんだろうね」


 柔らかい口調だがはっきりと圧を感じる。

 期待に添えるよう頑張ります、未練は元気に宣言した。


「はい、期待してますよ。ところで岡本君、まだ一口も食べてないんじゃないかい。遠慮せずどんどん食べなさい、美味しいよここのお肉は」


「その通り。わざわざ君の為に理事長が焼肉を選んでくださったんだ。若いんだから一杯食べなさい」


 はい!いただきます!

 未練は更に元気に返事をして肉を口に運ぶ。

 そこまで焼肉は好きではないが……美味い。

 流石は高級焼肉店だ。




 未練はそれなりに食べたつもりだった。

 しかし村は、凡人の未練とは内臓の性能が違った。

 御年八二、村は食欲で未練を圧倒した。


「最近の若い子は全然食べないんだねえ。駄目よそんなんじゃふふふ」


 未練は大袈裟にお腹をさすり、苦しそうな顔を作る。

 村は満足そうだ。


「もうお肉は無理そうだね。でもお酒は別腹だよ。お店を変えて飲み直そう。夜の店は行った事ないんだろう。僕が連れてってあげる」


 はい!ありがとうございます!

 一行は焼肉店を出た。

 江藤が外で深く頭を下げ、待っている。

 未練はなるべく視界に入れないように、その前を通り過ぎた。






 深夜の帰宅、玄関に入るや否や未練はズルズルと閉めた扉にもたれ沈み込んだ。


 ――疲れたよーもうやだよー


 一人の部屋に戻った安堵から、そのまま眠りにつきそうになる。

 その時スマホが鳴った。


 神保からの連絡だった。

 会って話したい事がある、明朝未練の部屋を訪ねたいとの事。

 神保が解任されて以来、連絡は取っていなかった。

 このタイミングの連絡に、未練は胸騒ぎを覚える。


 ――急!


 連絡は深夜、訪問は翌朝、確かに非常識である。

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