第34話強張った
九回表の攻撃が始まった時点で東京野球団の残り人数は四人、未練、美々、海鈴、鬼清であった。
美々は未練と海鈴、お気に入りの二人を残してご満悦である。
鬼清だけが場違いだが、美々が名前を呼ぶのを避けた為なんとなく残ってしまっていた。
只、投手捕手一塁手を残すのは定石で一応は理にかなっている。
効率よくアウトを取れば、それだけ相手の脱出するチャンスは少なくなる為だ。
この回に全員が脱出しなければならない。
しかし東京野球団には美々がいる。
未練達は完全に希望を取り戻していた。
九回頭、神の出題はこれだった。
(三つの孤島に罪人三人。これを解放する橋を架けよ)
美々は一瞬考えた後、みるみる険しい顔になっていく。
これを見て未練達の間に不安が広がる。
あの美々でも分からない問題なのか……。
海鈴が遠慮がちに美々に話しかける。
「大丈夫か……美々。まだ時間はあるからじっくり考えてな」
美々は首を横に振った。
「違うのっ海鈴っ。答えはもう分かってるのっ……」
え、それじゃあ……何でそんな顔してるんだ、海鈴は美々の顔を覗きこむ。
「答えは満塁ホームランっ。三つの孤島がベースでっ罪人がランナーっ。それを解放する橋はホームランっ。もう分かってるのっ」
おぉ……流石美々、と海鈴は感心し笑顔になった。
答えが分かればこっちのものじゃないか。
「違うのっ。問題は(架けよ)の部分っ。橋を架けなきゃいけないっ。つまり満塁ホームランを打たないといけないのっ」
四人の間に沈黙が流れる。
満塁ホームランなんて狙って打てる物ではない。
沈黙は一分程度続いた。
これからどうすべきか、答えが出てこない訳ではない。
とっくに結論は出ている。
このメンバーでホームランを打てそうなのは鬼清しかいない。
未練達に選択肢は残されていなかった。
海鈴が不信の目を鬼清に向ける。
ここまで東京野球団の打線は爆発しているが、鬼清は八打席立ってノーヒットといった結果。
未練はなるべく鬼清を刺激しないよう平静を装っているが、気持ちは海鈴と同じである。
美々にいたっては目も合わせない。
空気を察した鬼清が切り出した。
「スタンドにブチ込みゃいいんだろ。やってやるよ。それよりもお前らの方が心配だ。俺の前に満塁を作れるのかよ」
確かにその通りである。
海鈴ともかく未練と美々のバッティングは素人レベルだ。
果たして塁を埋める事が出来るのか。
未練と美々の顔が強張る。
「今相手はピッチャーとキャッチャーしかいない。前に転がしさえすればヒットになるから。バントでもいいから」
海鈴は折れかけている二人の気持ちを慌てて鼓舞した。
この回の先頭打者は運良く、海鈴から。
海鈴、未練、美々と出塁し鬼清に回ればスムーズに課題クリアとなる。
マウンドにはミステリーナイト抑えのエース、ドクターK。
ピッチャーとキャッチャーのみでアウトを取るには、三振が現実的な方法である。
故に相手もエース級投手を注ぎ込んでくる。
まずは海鈴、あっさりとバントを転がして見せた。
ノーアウト一塁。
問題はここからだ。
続く未練は終始表情が硬い。
ふらふらと打席に立ち、バントの構えに入る。
――転がせばいいだけ転がせばいいだけ
自分に言い聞かせる。
ドクターKのストレートは、未練の胸元を付近を抉った。
思わず仰け反る未練。
コンッ、ボールはバットの上部に当たり弱々しく打ち上がった。
――あぁん!打ち上げちゃダメなのに!
未練はベソをかきながら、一塁へ走った。
打球に反応したドクターK。
ポトリと落ちようとしているボールに頭から突っ込んだ。
ドクターKのダイビングキャッチは寸前で届かず、ボールはグラウンドを跳ねた。
未練はなんとか一塁にたどり着く。
ノーアウト一二塁。
次打者、美々の構えは最初から腰が引けていた。
本当にプロなのかと疑念が湧く構えである。
ドクターKの美々への初球はストレート。
スカッ、美々のバントは案の定空振りをする。
二球目フォーク、スカッ。
追い込まれる。
美々は目に涙を溜めて首を横に振った。
塁上で未練と海鈴が必死に励ます。
運命の三球目ストレート。
コントロールミス、ど真ん中に入る。
ボールは打者に一切妨害されることなく、ミットに到達した。
見逃し三振、ワンアウト一二塁。
美々の三振を見た鬼清は、ネクストバッターズサークルで思わず舌打ちをした。
それを聞きつけた美々は、悔しさで泣き呻き声を出す。
「謎一問もっ……分からなかったくせにっ……」
続く鬼清は打席で一度もバットを振らなかった。
見逃し三振、ツーアウト一二塁。
「ダメじゃんっ」
美々の言葉に反応し鬼清が睨む。
美々は一瞬ビクッとしたがそれでも、涙をポロポロ流しながら睨み返した。
未練と海鈴は出塁している為、美々が次の打席に向かわなければならない。
「なあ、二子川さんよ」
鬼清の声がけに美々は無言で睨み続けた。
「そんなに睨むなよ。こっちは別に敵意はない。目つきが悪いのは生まれつきだし、舌打ちは癖だ」
流石の鬼清も女子選手には一応気を使う。
チーム内では女子選手が多数派だからだ。
美々は睨むのを止めない。
「俺はバントなんてやらないから、良いアドバイスは出来んかもしれん。ただ一般的なアドバイスをな。ボールをよく見る。バットと目線の高さを合わせて体ごとバントする。初球で決める。これ意識してなんとか頑張ってくれよ」
美々は黙ったまま打席に向かう。
そして初球ストレートをバントで転がし、出塁した。
ツーアウト満塁。
さて鬼清である。
ドクターKの初球はフォーク。
鬼清は空振りした。
タイミングがまるで合っていない。
カウント0-1。
二球目もフォーク。
先程の空振りを見てもう一球フォークでいける、と鬼清の足許を見ての判断だ。
鬼清はフォークを捉えた。
落ちる球を掬い上げるように振り抜いた。
高く上がった打球は伸び、レフトスタンド最前列にぎりぎり到達した。
塁上の罪人と鬼清は一気に解放され全員脱出となる。
東京野球団のサヨナラ勝ちとなった。
試合終了
群馬0-30東京
「今日のヒーローインタビューは、謎解きに獅子奮迅の活躍を見せた二子川美々選手、そして本日復帰し見事サヨナラ満塁ホームランを放った鬼清勝選手です」
美々はヒーローインタビューが大好きだ。
得意満面で自らが解いた謎を解説してみせる。
「一番難しかったのはっ(渇きを癒す甘い甘い漆黒の飲み物。口にしたが最後、永遠の非難を受ける事となる)ですねっ。答えはコーラっ。怒られる時(こらっ)て言われるからですっ!」
「なるほど、ありがとうございます。ところでバントのシーン、打席に入る前に鬼清選手と何かお話をしていたようですが、アドバイスを受けておられたんですか」
「うーんっ。よく聞き取れなかったんですよねっ。鬼清さんの声が震えててっ(笑)」
鬼清の瞼ががピクッと反応する。
「なるほど、鬼清選手もかなり気持ちが入っていたんですね。最後に二子川選手、ファンの皆さん一言お願いします」
「はーいっ、それでは皆さん行きますよーっ。美々のお耳にーっ、ミーミミッミミーミミッミミミミミミーミっ」
美々のお決まりの挨拶である。
インタビューは鬼清に移る。
「鬼清選手、見事なサヨナラ満塁ホームランでした!率直な今のお気持ちを」
「感謝です。まずはファンの皆さん、感謝です。温かい言葉をかけてくださった方、厳しい言葉を頂いた方、全てに感謝です。俺を見捨てず起用してくれた監督、感謝です。苦しい時も支えてくれたスタッフの皆さん、感謝です。共に戦い切磋琢磨したチームメイト、感謝です。そしてやはり家族、感謝です。感謝しかありません」
鬼清の目にはうっすらと涙が浮かぶ。
試合開始当初は鬼清起用に懐疑的だった観客も、素直に拍手歓声を送った。
嘘じゃん、と未練は思っている。
未練だけではない。
チームメイトは散々、鬼清の裏の素顔を見ている。
隣に立つ美々も死んだ目で鬼清のインタビューを聞いていた。
とはいえ鬼清のヒーローインタビューは絵になる。
これがスターというものだろうか。
未練は少しだけジンときてしまった自分を認めたくはなかった。
「感謝です。この感謝これから返して行きます。ファンの皆さん、監督、スタッフ、チームメイト、家族、本当に感謝してます。必ず返します。野球で返します。打って打って打ちまくります!」
球場は大歓声に包まれた。
しかしプロの世界は甘くない。
この日のホームランでスランプ脱出とはならず、鬼清は再び長いトンネルに入る事になる。
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