第29話へこんだ

「未練君、蟹江さんに弟子入りしたんだってね」


 埼玉県上等市花束区さいたまけんじょうとうしはなたばく二三-三〇にある上等エレガント球場内のブルペン、雨上がりの澄んだ空気の中この日の先発投手美修院が未練に話を振る。


「あの人、面白い人だよね。未練君はあっち方面のキャラを目指すのかな」


 本日の美修院は公式試合仕様だ。

 化粧は普段の数倍濃く、アイメイクの色もどぎつい。

 ラメラメのユニフォームの胸元は大胆に開き、襟と袖にフリルがあしらわれている。


「あの人は天然だからね、未練君にはお勧めしないよ」


 未練は別に、蟹江のキャラまで学ぶつもりはない。



 美修院と未練は隣に並び、共に軽い投球練習をしながらの会話である。

 前日に先発登板予定だった未練だが、残念ながら雨で試合が流れてしまった。

 その為この日、もしくは次の日に調整を兼ねてリリーフ登板させる旨、安間から伝えられていた。

 安間はとにかく未練を投げさせたくてしかたないようだ。


 美修院は一つ一つの動作を噛み締めるようにじっくりと投球練習を行いながら、未練に優しい口調で語りかけた。


「最近とてもいい投球をしているね。喜ばしい事だ」


 未練は褒められたと思い照れる準備をしたが美修院は、だけどねと言葉を繋げる。


「結構無茶な使われ方をしているね。今は試合に出れるだけで満足かもしれないけど後々、君自身が苦しくなってこないかい」


 確かに。

 その事は未練の頭にも微かにあった事だ。

 只、今は試合に出て結果を出す充実感が勝ってしまっている。


「こんな事を言うのはまだまだ気が早いかもしれない。でも君はそう遠くないうちにエース、この言葉を背負う事になる。チームの現状を考えればどうしたってね」


 自分がエースに。

 他人の口からこんな話が飛び出し未練は少しだけ驚いた、ほんの少しだけ。

 この時点で未練はチームの勝ち頭、二ヶ月の空白期間があると考えれば結構な働きだ。

 チーム内外の期待が高まっている事も感じていたし、未練自身もこの事が全く頭になかったと言えば嘘になる。

 今まで鬼清一派からふざけ半分でそう呼ばれる事はあった。

 只、他人の口から初めて真面目にエースという言葉をぶつけられ戸惑ってしまった訳だ。


 未練はなるべくこの言葉を意識しないようにしていた節がある。

 この言葉が浮かびそうになる度、違う事を考えて思考を上書きし頭の片隅に追いやっていた。

 エースと呼ばれる覚悟がない訳である。

 今の便利屋のポジションは勤続疲労の元となり、先を見据えればあまり望ましくないのかもしれない。

 しかし未練は現状に満足し、その役割に逃げ込んでいる所が見受けられる。


「君はエースと呼ぶにはあまりに意気地無しだし、自己主張が下手過ぎる。エースっていうのはもっと我儘で高飛車でもいいのだと僕は思う」


 最後はダメ出しで終わった。

 この日登板があるかもしれない未練だが、試合前からへこんでしまう。

 一方、美修院は最終調整に熱が入る。

 全身が映る位置に姿見を設置し、投球フォームから立ち姿、顔の表情まで事細かにチェックを始めた。




埼玉ショウタイム

1(右)あまやかなる名残香なごりが

2(中)運命を背負いしベースボール王子

3(三)戦場に咲く一輪の花

4(一)バッターボックスの芸術家

5(左)金色こんじきに輝く麗しき獅子

6(捕)マスクの下の叡知

7(二)天空を舞う気高き鷹

8(遊)グラブを着けたダンサー

9(投)マウンドの哲学者


東京野球競技部隊

1(遊)熱原夏美

2(左)八矢文人

3(二)五村圭介

4(一)鬼清勝

5(三)大谷川清香

6(捕)花毟海鈴

7(右)木屋田風花

8(中)久米村ぷりん

9(投)美修院益造



 埼玉ショウタイム戦は通常の野球の得点と合わせ、神による採点で争われる。

 プレイの技術、プレイの美しさ、表現力、野球への理解、構成を〇.二五点刻みで採点。

 試合終了後に加点され合計得点の高いチームが勝利となる。

 採点の上限はない。

 全ては神の公正な判断と気分に委ねられている。



 実際のプレイを追いながら、ざっくりとだが採点の様子を追ってみよう。

 一回表先頭打者の夏美がセンター方向にライナー性の打球を放った。

 センター前に落ちると思われた打球はしかし、二塁後方で阻まれる。

 セカンド天空を舞う気高き鷹がまるで宙を歩くような華麗な大ジャンプを見せこれを捕球、見事アウトに取ってみせた。

 このようなスーパープレイには大きな加点がされる。


 二番八矢文人はショート正面の平凡なゴロ。

 簡単な打球故に派手なプレイを演出するのは難しい。

 ショートのグラブを着けたダンサーは柔らかい膝使いで打球を掬い上げる、しかしすぐには送球しない。

 一拍、二拍、溜めを作った後シュッと一塁へボールを送る。

 送球は綺麗な軌道を描き、パンッと心地よい音を立てファーストミットに収まった。

 このプレイは捕球から送球までの美しさを評価され、きっと加点を得る事だろう。


 五村のヒットでツーアウト一塁、四番鬼清が放った打球は弱かった。

 しかし弱すぎる打球は捕球に手間取る事が多々ある。

 グラブを着けたダンサーが前にチャージをかけ捕球、ヒラリと身を翻して一塁に送球するがそのタイミングは際どかった。

 ファーストのバッターボックスの芸術家と鬼清の体が一塁上で交錯し衝突、両者吹っ飛びグラウンドを転がる。


 バッターボックスの芸術家は素早く起き上がると倒れた鬼清の元へ駆け寄った。

 鬼清の身を心配し手を差し出す。

 これはフェアプレイでの加点が期待出来る。


 鬼清はバッターボックスの芸術家に一睨みを入れる。

 差し出された手をスルーし、起き上がって唾を吐いた。

 勿論これは減点である。


 判定はアウト、この回スリーアウトチェンジとなった。



 美修院も負けてはいない。

 一回裏のマウンドに登ると快刀乱麻の投球を見せた。

 美修院が一球投げる度にその長い髪が扇状に拡がる。

 この日の為に毛先をカラフルに染めており、その様はまるで孔雀の羽根である。


 美修院の一挙手一投足に黄色い歓声が飛ぶ。

 美修院はショウタイムファンからも人気があり、マウンドの貴公子と呼ばれている。

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